113、タピオカミルクティゼリー
私は、ミューをバーに残して、横の銅貨1枚ショップへと移動した。そして、レジにいる店員さんに話しかけた。
「あのオブジェと同じ花が欲しいの。湖底の花屋さんを呼んでもらえるかしら?」
レジの奥の壁には、可愛らしいオブジェが飾ってある。白い帽子を被った少女が大きな花束を抱きかかえているような壁掛けタイプのオブジェだ。七色のひとつ、水色の宝石のような花が、氷の魔石の花だ。
「もしかして、二度目ですか?」
「ええ」
すると、店員さんが驚きの発言をした。
「自分で湖底に花を摘みに行ってください。それが無理なら、料金は金貨1枚です」
「えっ? 前は銀貨1枚だったわ」
「一部の特殊な人が、気軽に利用しないためのルールです」
湖底に探しに行っていては、間に合わないわ。
「時間がないの。金貨1枚で構わないわ」
「大丈夫ですよ。闇夜は明日です」
「今日にしてもらったのよ。急ぐ事情があって……」
「えっ!? そうですか、少しお待ちください」
店員さんは、ジッとどこかを見つめていた。おそらく、念話だろう。私は待っている間に、銅貨1枚ショップをウロウロした。
(えっ? タピオカミルクティゼリー?)
新製品コーナーで、不思議なものを見つけた。タピオカミルクティゼリーという名のゼリーだ。底にはタピオカっぽい黒い粒がちらほらみえる、ミルクティ味のゼリーのようだ。
(怪盗と買い物したのを思い出したわ)
あのときは楽しかった。でも、あの後は、怪盗に拒絶されているような気がした。きっと、彼に言い寄る依頼者が多いのだろう。
(私の前に、再び現れるのかしら)
怪盗を呼ぶ条件を揃えても、怪盗が必ずそれに応じるのかはわからなかった。誰にも選ぶ権利がある。彼が私の記憶を消さなかったから、必ず呼べると思い込んでいたけど、今、彼がこの街にいるかもわからない。
もし、依頼で街を離れていたら、私は今夜、依頼ができない。もう、明日では手遅れになる。
こんなことになるなら、カバンをあんな風に突き放さなければよかった……そんな考えが一瞬、私の頭をよぎった。
(私は最低ね)
彼を道具のように見る人達を軽蔑していたのに、いざとなると自分も同じことを考えるなんて……。
私は、冷蔵ケースの中から、タピオカミルクティゼリーを2個手に取った。そして、レジへと戻り、銅貨2枚を支払った。
花屋の件を対応してくれた人に、もう少し時間がかかると言われた。
「じゃあ、横のバーで待っているわ」
「かしこまりました。花屋さんに伝えておきますね」
私がバーに戻ると、ミューは、ホットケーキを食べていた。よくそんなに食べて太らないわね。
「ミュー、こんなのを見つけたわ。ひとつ食べる?」
「わっ! ローズ様の分のホットケーキは頼んでないですぅ」
「別にそれをくれと言っているわけじゃないわ」
私は、ミューの前に、タピオカミルクティゼリーを置いた。
「なんですか? これ……。底に黒い変なものが……」
ミューがゼリー容器をひっくり返して睨んでいると、カフェの店員さんが、お皿とスプーンを出してくれた。ここで食べてもいいってことね。
私が、店員さんに聞こうと彼に目を向けると、勘違いさせてしまったらしい。
「あっ、こちらでお皿に入れますね」
「いえ、銅貨1枚ショップで買ったものだけど、ここで食べても構わないのかと聞こうと思ったんだけど」
「あー、そうだったんですね。はい、持ち込みも大丈夫ですよ。それに、銅貨1枚ショップも、マスターの店ですから」
「そうだったわね。じゃあ、お願いするわ」
私は、タピオカミルクティゼリーを渡すと、店員さんが、お皿に入れてくれた。皿に移すと、底のタピオカが上になった。
ミルクティゼリーに黒い粒がトッピングされているような感じだ。悪くはないけど、見た目がイマイチかしら。こういう魔物、水辺にいそうだものね。
「うぎゃ〜、ローズ様、魔物ですぅ」
(やはり……ミューが叫ぶと思ったわ)
「魔物じゃないわ。黒いのはタピオカよ。もちもちした小さな団子みたいなものよ。私の故郷で流行ってる飲み物をゼリーにしたデザートよ」
「へぇ〜、ローズ様、先に食べてみてください〜」
(私に毒味をしろってことね……)
ミューは、ジトっと、何かと戦うような目で、タピオカミルクティゼリーを睨んでいる。
私は、黒い粒をスプーンですくった。そして口にパクッといれて、なんだかイメージを裏切られた。
私が変な顔をしたのか、ミューが、やはりという顔をしている。
「ローズ様、やっぱり魔物ですよね?」
「違うわよ。ミルクティゼリーよ。タピオカが、もちもちしていないのよね。これは、ただの黒いゼリーかしら?」
ミューも、こわごわとゼリーを一口食べた。
「わわっ! ミルクティゼリーだ! 美味しいですぅ。隣で売ってるんですよね? これで銅貨1枚なんて、お得すぎますぅ」
ミューは、買って帰ると心に決めたらしい。
カランカラン
私達がタピオカミルクティゼリーを食べていると、マスターが店に戻ってきた。マスターの仕事時間には少し早いような気がするけど。
「ローズさん、僕の準備は整いました。後は、店の段取りを少しすれば大丈夫です。ローズさんは、準備は完了ですか」
「いえ、いま、花屋さんを待っているのよ」
「そうでしたか。あっ! 僕の新作、食べてくれてるんですね」
マスターは、私達の皿を見て、嬉しそうにしていた。そっか、これはマスターが作ったのね。
「マスター、すっごく美味しいですぅ。魔物ゼリーなんて斬新ですぅ」
「えっ? あ、皿に入れると水辺の魔物に似ているんですね……。だから、あまり売れないのかぁ」
「マスター、タピオカミルクティゼリーって書いてあるけど、タピオカは、もちもちしているわよ? グミほどじゃないけど、グミと団子の中間くらいかしら」
「ええっ? そうなんですか。僕、タピオカミルクティってあんまり知らなくて……」
「じゃあ、なぜこれを? それに、タピオカは黒糖で炊いてあるから、黒糖の香りがするのよ」
「へぇ! なるほど。それは美味しそうですね。じゃあ、こんにゃく芋に近い植物から、作ろうかな。弾力が出ますし。森側の橋付近に増えすぎて困っていたんですよね」
「あー、あのラッパ花の魔物?」
「ええ、見た目も気持ち悪い花ですし、触れると服が溶けるんで、定期的に駆除していたんですけど」
「そうね、こんにゃく芋でも代用できそうだわ」
「黒糖は、うーん、リュックくんに日本で買ってきてもらおうかな。やっぱり、提案者に責任を持ってもらわないと」
「えっ? このタピオカミルクティゼリーの提案者って、カバ……リュックさんなの?」
「ええ、そうですよ。最初は、タピオカミルクティを店で出せと言っていたんですけど、僕はカフェ時間はいないし、タピオカを作る手間もかかるし……。特殊なストローも必要だと言うから、結局ゼリーになったんですよ」
「へぇ。あ、そっか、リュックさんは仕入れに昭和の日本に行っているのだったわね」
「はい、月イチ以上は行ってもらってますよ」
私は美優の頃の記憶を思い出していた。そういえば、テレビで、第三次タピオカブームとか言っていたわね。昭和の時代から、タピオカミルクティってあったのかしら? 私はなんだか、少し違和感を感じていた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン
低い鐘の音が鳴り響いた。マスターが闇を放出する合図の音だ。まだ、花屋さんは来ていない。
「僕、ちょっと行ってきますね」
「ありがとう、でも花屋さんがまだなのよ」
「闇は、数時間は消えないから、大丈夫ですよ」
そう言うと、マスターは奥の階段を上がって行った。
(花屋さん、遅いわね)
私が、湖底に取りに行くべきなのかもしれない。
カランカラン
「まいどー、湖底の花屋を呼んだお客さんは、いらっしゃいますかー」
元気な白い髪の女性が店に入ってきた。確か、ミカさんだったかしら?
(よかった、間に合ったわ)