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112、アマゾネスの危機

「ローズ様〜! た、大変ですぅ」


 私がいつものように、朝練を終えた後、寮に戻ってシャワーを浴びていると、管理人室から来客の知らせが入った。

 部屋に通す許可をすると、ミューが慌てた顔をして駆け込んできたのだ。


「ミュー、どうしたの? ランチのお誘いかしら?」


「違いますよー。今日は新店のオープンはないですぅ」


(相変わらず完璧に、お得情報は把握しているのね)


「じゃあ、何? そんなに慌てて」


「アマゾネスが、攻撃を受けています〜」


「また、呪術士だらけの隣国とケンカしているの?」


「違いますぅ。今回はケンカじゃないんです。国境の周りに魔導兵器がズラリと並んでるんですー。魔導兵器に取り囲まれてるんですぅ」


「えっ? 先月、女神様の軍隊が、魔導兵器は没収したはずじゃないの? あっ! まさか、カバンが言ってた量産……」



 私は、探偵事務所の応接室でのカバンの話を思い出した。それと同時に、胸がズキンと痛んだ。


 あれから、もう1ヵ月以上になるが、彼とは会っていない。アルフレッドによると、所長は長期の仕事で街を離れているという。

 でも、学生や冒険者は、相変わらずカバンの噂話をしていた。だから、彼はこの街に出入りしている。きっと、私と出会わないようにしているのね。


 探偵事務所からの帰り際に、所長は、もう会うことはないと言っていた。彼が私を避けているなら、私はもう、一生、彼とは会うことができないだろう。


 私は、なぜこんなに寂しいのか、時間とともに少しずつ自分の心がわかってきた。おそらく、所長とカバンが同一人物だということが、少しずつ私の中で事実として認識できるようになってきたのだろう。


 二人が同一人物だということを私の心が理解すると、私は彼を傷つけたことを後悔し始めた。そして過去のことだと整理をしようとしても、切り替えられずにいた。


 彼の行動によって、私は命も救われた。あのときの私は、ストーカーだと、彼を罵ったわ。本来なら、助けてくれてありがとうと、心から感謝すべきだった。


(何を思い出しても、私は最低だわ)


 それに、今では、彼が街で普通に暮らすために変装をしていることの意味も、理解できるようになっていた。


 この街に一人で来る観光客の女性の目的は、彼らのような魔人や、この街にいる有力な神族や魔族と知り合いになることなのだ。彼らの子供が欲しいからだと聞いた。


 その中でも、特に、カバンの人気は高かった。マリーという娘の存在が、より一層、人気を加速させているのかもしれない。

 マリーは、彼女が成長した数百年後には、大魔王になるのが確実だと言われている。それにとてもかわいい。将来とんでもなく美人になるだろう。


 だから、優秀な子供を欲しいと考える女性は、カバンの子供が欲しいのだ。マリーには父親が何人もいるという特殊な事情は、あまり知られていない。


(まるで、種馬のような扱いね……)


 カバンに近づく女性の多くは、彼を精子バンクのようにしか見ていないような気がする。


 それから、彼を連れて歩きたいという女性も多い。彼を見た目の良いアクセサリーのように思っているのだろう。


(アマゾネスの男も、服やアクセサリー扱いだけど)


 一方、ほとんどの男は、彼に嫉妬の目を向けるか、もしくは魔人という彼の存在自体を怖れ、まるで腫れ物に触るかのような扱いをしているらしい。


(誰も、彼に感情があるなんて考えたこともないのね)



「ローズ様〜、ローズ様ってば〜」


「えっ? あ、ミュー、何?」


「もう、何を考え込んでたんですかぁ。ミューの話、聞いてましたぁ?」


「えっと、魔導兵器が国境の周りにズラリでしょ」


「そこまでしか聞いてないんですかー。女王陛下に降伏しろっていう、めちゃくちゃ強い使者が来たんですよぉ」


「えっ……」


「女王陛下も、その使者に敵わなくて……。明日夜までに降伏しないなら、国を攻め滅ぼして、女性はすべて捕らえて奴らのものにするって言ってるそうです」


「なんですって? お母様は無事なの?」


「はいー。ミューが持っていた街長のポーションで毒も消えました。女王陛下が、ローズ様に、リュックさんにアマゾネスの防衛を頼んでもらうようにって伝言ですぅ」


「カバンに? それはできないわ」


「どうしてですかー。ローズ様の伴侶候補ですよ」


「それはお母様が勝手に決めただけよ。私はもう彼と会うことはないわ」


「意地を張ってる場合じゃないです〜」


「ミュー、もう遅いのよ。私は彼を傷つけてしまったわ。もう1ヵ月以上、会っていないわ。彼は私を避けているから、会おうとしても……会えないわ」


「ええっ!? そんなぁ〜」

 


 私は、アマゾネスが攻撃を受けているからといって、カバンを頼るわけにはいかない。あのとき、彼を突き放したのに……あんな顔をさせたのに、都合のいい道具のように扱えるわけがない。

 それに、そうしたくても、もう手遅れだ。彼はもう、一生、私と会うつもりなんてないのだから。


(残る方法はひとつ。でも、間に合うかしら)



 私はある方法を思いつき、部屋を飛び出した。


「ミュー、ちょっと街長のところに行ってくるわ。留守番していてちょうだい」


「えっえっ、ミューも行きますぅ」




 私は、ミューと共に、マスターの店にやってきた。広場の虹色ガス灯は黄色、ちょうどランチ時間だ。


(マスターはいないわよね)


 カランカラン


「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ〜」


 今はカフェ時間だから、やはりマスターの姿はなかった。マスターは、いつも夕方からしか店には来ない。


「マスターに至急の用事があるのだけど、どうすれば連絡がとれるかしら」


 私はおそらく必死の形相だったのだろう。カフェの店員さんは少し驚きながらも、少し待つようにと言われた。


「ローズ様〜、待ってる間にランチにしましょうよぉ」


「そうね」


 私達は、日替わりランチを注文した。この街の定番の、パン、スープ、サラダ、日替わり肉料理のプレートランチだ。


「今日は、肉玉炒めですぅ。この店のはたくさん肉が入っているからお得ですねー」


 ミューのお得の基準は、私にはよくわからない。でも、機嫌よく食べ始めたミューの姿に、私は少し安心していた。


 アマゾネスが危機的な状況でも、しっかり食事を食べることは必要なことだ。私は、切り替えができず、すぐに食べられなくなる。この図太さは、ミューを見習わなければならないわね。



「お客様、マスターは今、女神様の城にいるそうです。もう少ししたら戻るのでお待ちくださいとのことです」


「わかったわ。ありがとう」


 ランチを食べるというミューの選択は正しかったわね。食べられるときに食べておかなければ。



 カランカラン


 私達がちょうどランチを食べ終わり、食後の紅茶を飲んでいるときに、マスターがやってきた。


「お待たせしてすみません。どうされました?」


「突然ごめんなさい。あの、今夜、闇の放出をしてもらえないかしら」


「えっ? 予定では明日なんですけど、今夜じゃないとダメなのかな?」


「はい、明日の夜が期限なんです」


 マスターは、しばらく私を思案顔で見ていた。いや、もしかすると、念話をしているのかもしれない。予定が変わると、マスターの闇を必要とする人達は困るものね。


「何か事情がありそうですね。わかりました。他の準備は整っているのですか?」


「いえ、まずマスターにお願いしてからと思ったので……」


「あの彼に、何かを依頼すべき急用ができたのですね」


(マスターにはお見通しね)


「ええ、アマゾネスが攻撃されているの」


 すると、マスターは私の話を制した。念話が入ったようだ。驚いた顔をしたり、呆れた顔をしたり……マスターは百面相をしている。


「ローズさん、中断させてすみません。ちょうど僕が頼まれている仕事に関連付けられそうなので、便乗させてもらってもいいですか」


「ええ、構わないけど……?」


「では、彼への依頼が終わったら、この店に来てください。少し打ち合わせをしましょう」


「わかったわ」


(便乗って、どういうことかしら?)




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[一言] …彼…ですか…( ̄▽ ̄;)
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