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110/124

110、リュックのココロ

 所長は、ソファから立ち上がり、応接室の外にいる所員に声をかけた。


「ちょっと機密事項の話をするから、音の結界を張るよ。請求書は、結界を解除してから持ってきてください」


 彼は応接室の扉を閉めた。すると、フヮンと何かが作動したような音が聞こえた。さらに彼は何かをした。


「扉を閉めたときのは魔道具の音結界、今のは俺の認識阻害の結界。誰かが突然、入ってくるかもしれないからな」


 そう言うと、彼は眼鏡を外した。黒髪がさっと銀髪に変わった。やはり所長は架空の人物なのだと、私は落胆せずにはいられなかった。



「なぜ、眼鏡を外すのよ」


「ふっ、疲れるんだよなー。無理して良い子を演じ続けてると、頭痛くなってくるじゃねーか」


「じゃあ、その姿で、仕事すればいいじゃない」


「はぁ? 眼鏡は必須だろーが。この姿だと信用ねーんだよ。それに、魔道具で変装すれば、オレだとは見抜かれねーからな」


「信用ないのは自業自得なんじゃないのかしら。そんなんだから、素性を隠すはめになるのよ」


「ちげーよ。さっき、変な女に会っただろ? あーゆーのが、ウロウロしてんだよ」


「下級神って言っていた女性?」


「あぁ、特にオレは狙われてんだよな。モテて困るぜ」


 私は思わず、カバンを睨みつけていた。なんなの? 自慢? 意味不明だわ。


 すると、カバンは、ニヤッと笑った。


「なに笑ってるのよ」


「ふっ、ローズがかわいいなーと思って。なんで百面相してんだ?」


「は? バカにしているの? それに、私に嫌われるのが怖いからって、会わないように避けていたんでしょ? なぜ、出てくるのよ」


 私がそう言うと、彼からニヤニヤした笑顔が消えた。


「タイガから、聞いたんだろ? オレがウジウジしてるって。それ、昨日で終わりだからな。もー、これ以上ないってくらい落ちてるから、あとは上がるだけだって〜」


「あの人がそんなこと言ったの?」


「いや、タイガは、スライムの真似して楽しいんか? って笑ってたぜ。あのおっさん、基本ひでーからな。ライトが、もう今はどん底だから、これ以上嫌われることもないって教えてくれたんだ」


「マスターが……」


「それに、おまえもオレのこと、たくさん考えてるだろ? おまえがオレのことを信用してねーから、オレの言葉が届かねーってことがわかったから」


「ちょっと! 私の思考を勝手に覗き見しないでよ!」


「あ? マリーが言ってたんだぜ? オレは覗いてねー。そんなこと、怖くてできねー。オレのこと、とんでもなく嫌ってたらって考えると……」


(何? 小心者なの?)



 カバンは、私の顔をジッと見ている。その目は、まっすぐに私を見ている。私には、嘘などついていない正直な目に見えた。

 でも、それも彼の能力なのかもしれないわね。正直に見せかけて、腹の中では笑っているかもしれないわ。



「オレ、ミッションで来てる子が、おまえの子供の頃を知っているとわかって……殺意がわいた」


「は? 何言ってるのよ。殺意? そんなことで? バカじゃないの」


「オレ、殺意って、知らなかったんだ。誰かがうらやましくて殺したくなるってことなんだな」


「えっ? ちょっと……」


「おまえは一体なんなんだよ。なぜ、オレをこんなにおかしくさせるんだ。こんなことを話したいわけじゃないのに」


「そんなの、知らないわよ」


「はぁ……くそっ!」


 カバンは、私の向かいのソファにどかっと座り、頭を抱えている。なんだか、ワナワナと震えている? 



 沈黙の時間が流れた。



 そして、彼は、うつむいたまま、小さな声で呟いた。


「オレは、どーすれば、おまえの心を手に入れることができるんだ? ローズ、教えてくれよ。もうオレには、全くわからねー」


 そう言うとカバンは、ゆっくりと顔を上げた。


 私は、どう返事すればいいかわからなかった。目の前にいるカバンは、あまりにもいつもとは様子が違う。なんだか叱られた子供のように、力なくしょんぼりとしていた。


(そんなの、私にだってわからないわよ)


「なぁ、オレを信用できねーのは、どこが悪いんだ? 何を直せば信用してくれるんだ? どーすれば、オレを頼ってくれる?」


 彼の瞳は揺れていた。まさかカバンが、こんな懇願するような言葉を口にするなんて、私は思ってもみなかったことだ。


 あーこれか。中年男が不安定だと言っていたのは……。

 今の彼には、突き放すと壊れてしまいそうな危うさがある。


(はぁ、ほんとにもう!)



「じゃあ、逆に聞くけど、いつから、私の何が、気に入っているわけ?」


「ん? 最初に見たときから、イラついてた」


「は?」


「気になったのかもしれねー。たぶん、あの頃のオレは、モヤモヤの意味がわからなかった。見ただけでイラつく女なんて、女神しかいねーからな」


「イラついたのに、キスしたの?」


「あれは、なんだか、おまえに吸い寄せられたんだよ」


「は?」


「なぁ、おまえ。その、は? ってのやめろよ。女神みてーじゃねーか。イラつく」


「そんなの知らないわよ。呆れるようなことばかり言うからでしょ。それに、私のことを気に入っているわけでもなさそうじゃない」


「ちげーよ。最初はイラついたけど、その後もずっとモヤモヤしてたんだよ。だから、学校に行ったんだろーが」


「学校に? 何をしに行ったわけ?」


「はぁ? おまえ、忘れたのかよ。模擬剣で、手合わせしたじゃねーか。そしたら、おまえが楽しそうで、オレも楽しくなってきて……それで、モヤモヤが、ふわふわ楽しい気分に変わったんだ」


「それは、所長のリュウさんでしょ」


「眼鏡は、あってもなくても、オレはオレなんだよ。見た目と、言葉遣いが変わるだけで、中身は何も変わらねーんだからな」


「そう」


「あの後から、姿を変えているのがなんだか、おまえを騙しているよーな気になってきたんだ。だから、言おうとしたけど、おまえは思念がだだ漏れだから、他の奴らにもバレるかと考えると言えなかった。眼鏡をかけてるときは、魔人だと騒がれねーから……身内にしか言ってなかったし」


「そう」


「でも、狩りの授業の手伝いに行ったときから、オレ、怖くなってきたんだ。おまえが探偵のリュウは好きだけど、オレを嫌っているってわかったし。探偵がオレだとバレると、おまえは、笑顔を向けてくれなくなる……」


「えっ? お菓子の家で、抱きついてきたじゃないの」


「あのとき、おまえの頭の中を覗いたんだ。探偵のリュウじゃなくて、オレに目を向けさせようとしたのに、何をやっても、おまえはオレを見てくれない」


「いつも、失礼な言動ばかりだからでしょ」


「それがオレなんだ。飾りたくねー。あのとき、探偵はオレだと言っていれば、こんなことにならなかったかもしれねー。買い物もすげー楽しかったし、おまえと毎日あんな風に過ごせたら最高だと思って……」


「買い物? 所長と買い物なんてしたかしら。他の女と間違えてるんじゃないの?」


「あっ! あぁ……。はぁ……」


 すると、彼はまた、頭を抱えて、うつむいた。


(もう! なんなのよ。ウジウジして)



「なぁ、アマゾネスの防衛の話、どーするんだよ」


「まだ考えていないわよ」


「そんなに時間はねーぞ。魔導兵器は、コピーされて量産されてるんだ。国境にズラリと並べられたら、降伏するしかなくなるぜ」


「えっ!? 量産……」


「オレに任せろよ」


「なんで、あんたに任せなきゃならないのよ」


「オレを伴侶にしたいんじゃねーのか? 伴侶に選べば、オレにはアマゾネスを防衛する理由ができるぜ」


「私はそんな利用するような目的で、伴侶選びなんてしないわ。あれは、お母様の考えよ」


 すると、彼は、ハッと何かに気づいたような顔をした。そして、ニヤッと笑った。


「何よ、何がおかしいのよ」


「わかったぜ。オレがどーして、おまえのことを気に入ってるのか……さっきのおまえの質問の答えがわかったんだぜ」


 そう言うと、彼は自慢げな顔をしている。


(なんなのよ、コロコロと機嫌が変わりすぎでしょ)



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[一言] 迂闊な事を…(´ー`).。*・゜゜ ……さん…
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