108、ローズ、イライラの原因に気づく
『おっはよ〜、朝ですよー。良い子のみんなー、起きなさ〜い』
直接頭に響く元気すぎる声が聞こえた。今朝の管理人は、マリーね。
昨夜はあのあと、すぐにお会計をして店を出た。一番食べたからとマリーがおごってくれた。お得好きなミューは、タダで食い倒れができたと大喜びだったわね。
店の前で別れ、私はまっすぐに寮へと戻ってきた。廊下でばったり会った寮長に、国は大丈夫なのかと心配された。私の帰国は、学園の掲示板に貼り出されていたらしい。
(アマゾネスのこと、みんなに話すべきなのかしら……)
昨夜は疲れていたこともあり、部屋に戻るとすぐに眠ってしまった。
でも、夢の中で、謁見の間でのことやタイガという中年男に言われた言葉を、ぐるぐると考えていたような気がする。長い時間眠ったはずなのに、眠りが浅かったようで、身体が重い。
私はシャワーをして着替えを済ませて、いつものように食堂へと向かった。
今朝は、ズラリとパンが並んでいた。スープと紅茶はあるが、いつものバイキングがなかった。たまに、こんな日がある。朝食を食べる人が少ない日だ。
(今日は、何かあるのかしら?)
とりあえず簡単に朝食を済ませ、学園へ向かおうとすると、マリーに呼び止められた。
「ローズ、おはよう。いまちょっとヒマだよねぇ?」
「マリー、おはよう。学園に行こうとしているんだけど? あ、昨日はごちそうさま」
「ん? ローズ、昨夜もごちそうさまって言ってたわよぉ。忘れたの?」
「普通、次に会ったときも、こないだはありがとうって言うでしょ」
「うーん、それは人族の挨拶なのねぇ。覚えておくわぁ」
(日本人の挨拶だと思うけど……)
「何の用事?」
「あー、うん。パパのことで確認なの」
「リュックさんのこと?」
「うん。パパは探偵のことは、つい最近まであたしにも秘密にしていたの。だから……」
「他言無用ということね。そのあたりはわかっているわ、安心して」
そう答えると、マリーはホッとした顔をしていた。マリーは、ほんとにパパのことが好きなのね。
カバンの性格からして、私に口止めするなら彼は自分で直接言っただろう。これは、マリー自身の配慮なのね。
「ローズ、それから、もう一つ確認するけど、女に二言はないのよねぇ?」
「当たり前でしょ。あっ……」
「うふふっ、よかったぁ。じゃあねぇ〜、いってらっしゃい」
マリーは、なんだか逃げるように寮の中へと戻っていった。
(私に反論させないつもりね)
私は、マリーに……所長の素性がわかっても、気持ちは変わらないと断言していたわ。
確かに、所長のことは好きだし、城に来てくれたときは嬉しかった。それに、母に私との交際を許してほしいと、礼を尽くしていた姿にも好感がもてた。
あの一瞬、私は最高に幸せだと感じていた。
(どこからだろう……)
私は、彼が、告白の途中で眼鏡を外して、素顔を見せたことにも、とても驚いたが、その行為自体は誠実だと思った。
偽った姿のまま、私と付き合うこともできたのに……。
彼は、偽っていることが辛くなってきたと言っていた。彼の根本的な部分は、見かけほどチャラチャラしているわけではない。それは、私にもわかっている。でも、モヤモヤする。素直に、受け入れようという気にはなれない。
(こんなに私をイラつかせる男は、カバンだけね)
あの中年男が言っていたことも気になった。カバンが、ウジウジと悩んでいる? 外堀を埋めたってことは、昨日、母に交際の承諾をもらいに来たことか。それに失敗して、スライムのようにカウンターに、べっちょりとくっついている?
あんな失礼な態度ばかりの男が、そんなことでウジウジするかしら。マリーも、彼がウジウジしていると言っていたけど、それは、そういう作戦なんじゃないの?
(でも、なぜそんなに……)
なぜ、カバンが私にこだわるのかわからない。
そこまでしなくても、言い寄ってくる女はたくさんいるだろう。私は小国の王女にすぎない。彼のような神族が、私にこだわるメリットなんてないに等しいわ。
(幼い恋心?)
子供の頃の、好きな子にわざとケンカをふっかけるような、そんな感情が彼に芽生えたから? それが私のせいだと言っていたけど、そんなマリーのような娘まで作っていて、今さら、そんな純情な……。
私は考えれば考えるほど、わからなくなってきた。
これは、カバンの……自分に言い寄らない私を落とすためのゲームなのかもしれない。そう考えると、納得できる。そして、私はそんな手には乗らない。
(そっか……私は、アイツを信用していないのね)
そうだわ。いま、自分のイライラの原因がわかった。ちぐはぐなピースが、ストンと、はまったようにスッキリとした。
これは欺かれていたイライラじゃない。私は、信じられないのだ。
魔人の能力は私には想像もつかない。神に並ぶほどのチカラがある。そんな、種族も価値観も負っている責任も……何もかもが違いすぎて、私は戸惑っているんだわ。
(はぁ、情けないわね)
でも、やはり、私には時間が必要だわ。簡単に整理できるようなことではない。
私が好きだった所長リュウは、カバンが演じていた架空の人物だったのだ。リュウさんを失ったような喪失感が、私から判断能力を奪っている。きっと、私はそれに怒りを感じている。
(でも、姿を変えても、剣は欺けない)
私が所長を好きだと感じた根本的な部分は、いくら姿を変えても偽ることなどできない。
私は……彼の剣が、私と似た、寂しさや孤独を抱えているところに共感した。そして、何より楽しかった。どこに打ち込んでも受け止めてくれる安心感があった。
いや、でも、本当にそうなのかしら。魔人の能力は計り知れない。あれも、偽りの姿だったのかもしれない。
(はぁ、らしくないわね)
なんだか、私の方が、ウジウジと考えているんじゃないかしら。今頃アイツは、こんな私の様子をどこかから見て、ゲラゲラ笑っているかもしれないのに。
「おーい! ローズってば〜、大丈夫か?」
「えっ? あら、アルフレッド、おはよう」
「何度も呼んだのに、どうしたんだよ。そんなに国が大変なのか? 女神様の軍隊が調査に入ってるらしいぞ」
「あー、そうね……」
私はあれこれ考えながら歩いていたから、学園に着いたことにも気付いていなかった。
そういえば、何度か呼ばれたような気もする。
「今日は、入学試験の日だから授業はないぜ。入学試験の手伝いミッションを受注するなら、ギルドの出張所が座学の教室にできてるけど、行くか?」
「入学試験? もう、次の新入生が入ってくるのね」
「今回は、臨時入学らしい。どこかの星から大量に移住者が来たらしいぜ」
「そう。他の星からの……」
「あ、悪い。旧帝都に入り込んでる奴らとは違うぜ。中立の黄色い太陽系に属する星の一つが、他の星系に移るらしいんだ。だから、それに反対する中立を好む住人を、この街で受け入れるんだって」
「へぇ、大変ねぇ」
アルフレッドは、誰かを見つけて手を振っている。私は、授業がないなら、寮に帰ろうかしら。
「アルフレッド、私は寮に戻るわ。ちょっと考えたいことがあるから」
「国で何かあったのか?」
「ええ、まぁ、いろいろね」
「所長に相談したらいいんじゃないか? 確か、今日は事務所で所員会議があるから、事務所に居るはずだぜ? えっ? ローズ……どうしたんだよ」
アルフレッドは、焦ったような顔をしている。
(あっ……どうして)
私は、自分の意思ではどうにもできなかった。涙が一気に溢れてきていた。私はアマゾネスなのに、男の前で涙を流すなんて、最低だわ。
「なんでもないわ、気にしないで」
「ちょ、ただごとじゃないだろ。そんなに深刻な……」
「大丈夫よ、帰るわ」
私は、アルフレッドに背を向け、駆け出した。どこをどう走ったかは覚えていない。気がついたときには、寮の自室のベッドに突っ伏していた。なぜか涙が止まらない。
(なぜ? どうして?)




