107、中年男タイガの乱入
マリーは、いま入ってきた男性数人の客の方へ視線を移した。私は、そのうちの一人には見覚えがあった。
私がまだこの街に来て間もない頃、あのマスターの店でカバンと一緒にいた中年の男だ。
「何? なんか文句でもあるのかしらぁ?」
「珍しいやんけ。いつもロンリーなくせに、まさか友達でもできたんか? それとも下僕か?」
「あたしにも友達くらいいるわよぉ。そっちこそ、女連れじゃないなんて、珍しいじゃないの」
「仕事や。納品のついでにメシ食うけどな」
中年男以外は、わりと若い。連れてきた人達を席に座らせて、店の奥の方へと入っていった。
「マリー、あの中年男って、カバ……じゃなくて、リュックさんと一緒にいたのを見たことあるわ」
「あー、パパと仲良しみたいなんだよねぇ。アイツの仕入れにパパが付いていくうちに、どんどん変な所が似てきたって、マスターが言ってたわよぉ」
「あの中年男、日本人だったのね。だから、この店には味噌があるんだわ。彼が納品しているのね」
「ローズ様、前にあの店でケンカしそうになってましたよね、あの人と……」
「あら、あのとき、ミューも居たんだったかしら。あの男、とても女性に対して失礼だったから。あの頃は、私はまだ前世の記憶が戻っていなかったしね」
「へぇ、ローズって、短気なとこあるわよねぇ」
「そうかしら? あ、ミュー、そういえば封印の話が出なかったけど、お母様に報告したの?」
「まだ、言ってませんよー。言うと、ローズ様の留学期間が短くなるかもしれませんしー」
ミューは、ケロッとした顔でそんなことを言った。隠し事が多いわよね。こんな調子だから、母は、ミューの言うことを半分疑っているのね。そのせいで、あんな真偽の魔道具まで使って……。
(あっ、あの魔道具で……)
私は食事をしていて忘れていたけど、カバンにあんな告白をされたんだったわ。いや、忘れていたわけじゃないわね。頭の隅に追いやっていた。
(所長が、カバンだったなんて……)
「ねぇ、ローズ、その話なんだけどぉ」
「ちょっとマリー! また覗いたわね。覗き魔マリーって呼ぶわよ」
「幼気な少女に、そんなエロいあだ名はダメよぉ〜」
「んん? 何の話ですかぁ? ミューにも教えてくださいー」
ミューは、食べすぎて苦しそうなお腹をさすりながら、身を乗り出してきた。お腹が苦しいなら、そんな無理な姿勢をしなければいいのに。
「さっきのパパのことよぉ。ローズがバッサリ断ってたけど、次期女王として、冷静さが足りないわぁ」
「わかってるわよ。でも、嫌なのよ。あんな計算高いやり方って。それに、どーしてくれるんだよって言われても、そんなの知らないわ」
「ふーむ。ローズが前世の記憶を思い出す前なら、きっとあれで上手くいってたわよねぇ。国益で判断すれば、断る理由なんてないもの〜」
「ミューも、なぜローズ様が断るのかがわからないですぅ。リュックさんは、めちゃくちゃイケメンなのにー」
「でも、性格は、まるで子供じゃない」
「んん? ミューの知り合いで、リュックさんと大人の関係な人がいますけど、とても色っぽいとかカッコいいって言ってましたよー」
(大人の関係? 見た目どおり、チャラいわね)
「うん、パパはカッコいいわよぉ。ローズと出会ってからは、ウジウジしてるけどぉ。でも、それも可愛いからいいの〜」
「かわいくないわよ。失礼なことばっかり言うし」
「それ、おかしいのよ。パパは、女性に失礼なことなんて、言わないわぁ。相手の心を読めるから、いつも相手が望む言葉を囁いているみたいよぉ」
(何それ、サイテー男じゃない)
「じゃあ、なぜ私には……」
「だから〜、幼い恋心だってばー。うふふっ、楽しー」
「はぁ、楽しくないわよ」
マリーは、楽しそうにお鍋の残りをあさっていた。ほんとによく食べるわね。私の十倍は食べているような気がする。
「ローズ様は、リュックさんを伴侶にしないのですかぁ? 女王陛下のお許しも出たのに〜」
「私が、アイツに恋するなんて、ありえないわよ」
「んん? 恋しないといけないのですかぁ? あ、前世の記憶が戻って、そんな厄介な性格になっちゃったんですかぁ」
「ちょっと、ミュー!」
「ひゃ! もう、すぐに怒る〜」
(怒らせるようなことを言うからでしょ)
ふと、マリーの箸が止まった。マリーの隣、私の目の前に、あの中年男が座ったのだ。
「ちょっと失礼するでー」
「女子会に乱入するなんて、どういう神経してるのかしらぁ? 死にたいの? タイガさん」
「おいおい、おまえの親の顔が見たいわ。飯の席で殺気を振りまくんは、マナー違反やで。どんな教育されとんねん」
「乱入する方がおかしいでしょ。それに、この二人はアマゾネスよ? あたしが代わりに、無礼打ちで斬り捨ててあげてもいいわよぉ」
マリーが物騒なことを言っていても、タイガと呼ばれた男は、全く動じるそぶりを見せない。
「ふーん、で? どっちがローズや?」
「初対面で女性を呼び捨て? あ、タイガさん、会ってるらしいじゃないの。わからないのぉ? これだから、脳筋はダメねぇ」
「ガキは黙ってろ。会ったことあるんけ? んー」
中年男は、私とミューをジッと見ている。思考を読む能力はないのだろう。頭をポリポリかきながら、思い出そうとしているようだ。
「あかん、わからんわ。降参や」
マリーは、またお鍋に手をのばしていた。ミューは、オドオドしている。
「私がローズよ。タイガさん? マスターの店で一度、話したことあるわ。リュックさんと一緒だったわよね」
「あー? せやせや、リュックを振った姉ちゃんやんか。ってことは、おまえがアマゾネスの次期女王か」
「ええ、そうよ」
「なんでマリーなんかとつるんでるんや? コイツは、ドラゴン族の魔王の娘やで。人族なんて、コイツの機嫌損ねたら簡単に殺されてまうで」
「アナタ、神族よね?」
「はぁ? せやけど、なんや?」
「私と同郷よね? だからこの店には味噌がある。マリーも……」
「なんや、日本人繋がりかいな。じゃあマリーに殺される心配はないわ。コイツは理解者を求めとるからな」
「そう。そもそも、そんな心配はしていないわ」
すると、彼は少し驚いた顔をしていた。何か、驚かせるようなことを言ったかしら。
「もしかして、リュックのことも、一度も怖いと思ったことないとか言うんちゃうやろな」
「ないわ。なぜ、私が怖がらなければならないのよ」
「へぇ。おまえ、マリーと同じ境遇か? 地球の神が転生させた封印持ちか。あ、封印は……おまえ、地球に行ったか?」
「ええ、行ったわ」
「そうか、なるほどな……やっと話が繋がったで。どこまで知っとるんかわからんけど、おまえのせいで、リュックがウジウジしとるんや。なんとかせーや」
「そんなの、知らないわよ」
「アイツ、さっきも、街長の店で溶けとったで」
「溶けていた?」
「カウンターに、べちょっとくっついとった。一瞬スライムちゃうかと思ったわ。外堀を埋めたのに失敗したとかなんとか言うとったけど……。どうせ、また、おまえに振られたんやろ?」
(外堀を埋めた?)
「あー、まぁ、断ったわね」
「ははは! おまえ、やるやないけ。めっちゃおもろいわ。リュックがあんな風になるんは初めてなんや、ぶはは」
「そう」
「そういうことか、アイツを怖れへん女、ライトと似た価値観を持っとる女。まぁ、リュックは、マザコンってかファザコンやからな」
「何を言っているか意味がわからないわ」
「ふっ、まさかと思ってたんや。アイツ、ほんまにおまえに惚れたらしいな。おまえに振られたら、親に捨てられたような不安定な状態になるんや。ぶははっ、おもろすぎるわ〜」
「私は彼の親じゃないわよ」
「もう、タイガさん、どっか行って。ウザいし」
お鍋をすっかり食べ終えたマリーは、彼に向かって、シッシと手を振っていた。
「はいはい。おっさんは退散しますわ〜。でもな、ローズ、アイツは本気や。真面目に考えたってくれ」
そう言うと、中年男は、連れの席へと移動していった。
(何なのよ……一体……)




