102、ローズ、私室で事情を聞く
コンコン
「お茶をお持ちしました」
「どうぞ」
「失礼いたします」
爺は、ワゴンにティーセットを三人分用意してきた。急いだためか、お菓子は、ホールのままのアップルケーキ、そして数種のクッキーが小さなバスケットに入れられていた。
アップルケーキを切り分けようとしたが、私がそれを制した。食いしん坊ふたりに、小さなカットは不要だわ。
「爺、切り分けは不要よ。私がやるわ」
「ええっ? ローズ様がそのようなことまで……」
「それくらい、私にもできるわよ。彼女達の好みのサイズは爺にはわからないでしょ」
「なんと! ローズ様がご友人の好みに気を配られるなんて、爺は驚きました。なんて素晴らしい……うっうっ」
なぜか、こんなことで爺は声をつまらせていた。
「ふふっ、ローズが成長したから嬉しいんだよねぇ。貴方、爺っていうほどの年齢じゃないわよね」
「は、はい。ですが、ローズ様は、言葉を発せられるようになったときに、私を、ジイと呼んでくださいまして」
「なるほどねぇ。ローズってば、愛されてるじゃない」
「爺は、お母様……いえ女王陛下の弟なのよ。アマゾネスは女尊男卑だから、男は女性に仕えるのが当たり前のことよ」
「ふぅん、いいわね、アマゾネス。あたし、気に入っちゃったわ〜。あたしも、この国に生まれたかったわぁ」
爺は、私達の様子を目を潤ませながら見ていた。ほんとに爺は、心配性だし、つまらないことにも感激するわね。
爺は、丁寧にお辞儀をして部屋から出て行った。
(さて、話を聞こうかしら)
私はアップルケーキを切り分け、彼女達の前に置いた。アップルケーキの半分はマリーに、残りの半分の一部を私がもらって、あとはミューに渡した。
「うふっ、あたしのが一番大きいわぁ」
「ミューのも大きいですぅ」
「食いしん坊さんには、それでも足りないんじゃないかしら? 私はそんなに食べないもの」
「やっぱ、ローズはエスパーになったわね。あたし、半分くらいは食べたいなと思ったのよぉ」
「マリーの胃袋がとんでもないことは学習済みよ。ミューも食い倒れるまで食べるし」
「そ、それは、あの街にいるミューですぅ。ここでは品良く……」
「言い訳は不要よ。食べながらでいいから、なぜ私が一時帰国をしなきゃならなかったのか、説明してよね」
ミューは、私が怒っていると感じたのか、目が泳いでいた。だが、しっかりアップルケーキは食べている。
このアップルケーキは、幼少期から食べているからか、とても安心するような懐かしい味がする。そういえば、誰が作っているのか聞いたこともなかったわね。
私に美優の頃の記憶が戻ったことで、やはり価値観は少し変化したようだ。でも、きっと悪いことではないわね。
「ローズ様、あの〜、女王陛下はローズ様には心配をかけないようにと口止めされていたのですけど」
「うふっ、じゃあ、あたしがミューに術をかけたことにしておこうかしらぁ? 悪魔族が操る魅了も、あたしは使えるのよぉ」
「マリー、それって悪魔族にもお父さんがいるということかしら?」
「たぶん違うわぁ。幻術士よぉ。あまり能力は受け継いでいないの。悪魔族が使う程度のことしかできないわ〜」
(まさか、あの幻術士?)
私は一瞬、聞き出そうかと思ったが、話が逸れてしまう。お母様から声がかかると、謁見の間に行かなければならない。あまり無駄な時間はないわ。
「じゃあ、ミュー、説明してちょうだい。マリーは部外者だけど、どうせ、頭の中を覗いて知っているんでしょ」
マリーの方を見ると、ペロッと小さく舌を出した。うん、知っているわね。ミューは、私とマリーを見比べていたが、やっと口を開いた。
「は、はい。西の国境付近で、しょっちゅう戦乱が起こっているんですぅ。ローズ様をハロイ島に留学させるのを、女王陛下が急がれたのも、そのためなのです」
「えっ? 私がここにいるときから?」
「はい。もしものことを考えて、ローズ様は王国側の大陸へ避難させておこうと、近衛兵の方々と話をされていました。そのタイミングで、ローズ様に封印があることがわかり、国から出す良い理由ができたのですー」
「そう……。私がそれを知ると国を出ないから、秘密にしたのね。その戦乱は、旧帝都がらみかしら」
「はいー。女神様の城兵がいま調査に来ているので、一時的に戦乱は休戦状態です。だから、今のうちにローズ様に、この事情を説明しておこうと女王陛下が考えられました」
「私を避難させたのに、今さら事情の説明?」
「えっえっ、怒らないでください〜」
「ミューに怒ってるわけじゃないわよ。ということは、状況が悪化したのね」
「はい。それまでは戦乱の飛び火だったんですが、最近なぜかアマゾネスが狙われているようなんです〜。それで、国境の警備も、城の警備も、すんごく厳しくなっています」
(探偵事務所の調査どおりね)
「そう。マリーが一緒にいるだけで、とてもしつこかったものね」
「はい。ミューも入国の時は、しつこく調べられますぅ。サーチをして、ミューのデータと一致するかを調べるみたいです」
「化けることができるのね、アマゾネスを狙う者達は……」
「そうみたいですぅ。あ、あの、女王陛下からは、ローズ様に理由を聞かれたら、伴侶候補のことで一時帰国させるということにしておくように言われているので、あの〜」
ミューは心配そうな顔で、私とマリーを交互に見ている。
(あー、そうだったわ、伴侶候補……)
私が依頼した探偵事務所から、年配の探偵が護衛を連れてアマゾネスに入国したんだったわね。その入国のために、ミューが、その調査団の中に私の伴侶候補がいると、嘘をついたんだった。
お母様の性格からして、その人物を自分の目で見ないと、私の伴侶候補として認めない。ミューはすぐにごまかすから、それが事実なのかを、私に確かめるはずだわ。
(困ったわね)
「ねぇ、ローズ。探偵事務所の所長、えっと、リュウさんだっけ? 一応確認するけど、好きなのよね?」
「えっ? ええ、そうね」
すると、ミューがクッキーのバスケットに手をのばしたまま、固まった。その顔は、驚きで目を見開いている。
「でも、ローズ。所長が何者か、わかってないでしょ。どんな素性でも気持ちは変わらないのかしらぁ?」
「私は、彼とは剣を交わしたことがあるわ。剣は偽らない。彼は私と似ているのよ」
「うふっ、それを聞いて安心したわぁ。女に二言はないわよね?」
「マリー、しつこいわよ。リュウさんが別にどんな過去を隠していても、かまわないわよ」
「ふぅん、リュウさんねー、あたしが生まれる前のことだけど、女神様を怒らせて投獄されていたみたいよー」
「ええっ? 温厚そうなのに……そう。別に気にしないわ」
「ふふっ」
「なんだかマリー、楽しそうね。それに、なぜ私が所長のことが好きだと安心するのよ」
「だって、所長さんも、あたしのパパだったのー。最近知ったの。うふふ」
「ええ〜っ?」
「あれ? 嫌いになった?」
「ならないわよ。彼は真面目そうだから、驚いただけよ」
「まぁ、根っこは真面目かもねぇ。ウジウジ悩んだりするもの」
「そ、そう。ウジウジするようには見えないけど」
「ふふっ。嫌いになった?」
「ならないわよ」
「あははっ、よかったぁ〜。パパもローズのこと、好きみたいだよぉ」
「へっ!?」
マリーが急に妙なことを言うから、私は顔が熱くなった。所長さんが……。でも、マリーもこれで、私をカバンとくっつけようとはしなくなるわね。所長さんが私の伴侶になってくれるなら……。
でも、そうなると、彼の自由を奪ってしまうことになりかねない。彼は探偵の仕事を、あんなに楽しそうにしているのに。
(どうしようかしら……)
コンコン!
「ローズ様、女王陛下がお呼びです。謁見の間へ、同行者と共にお越しください」
扉の外から、懐かしい声がした。
「わかったわ」
(やはり、ドキッとしてしまうのね……)




