第六幕
「……………………こんにちは。」
「ごきげんよう。周君。今日から冬休みいっぱい宜しくお願いいたしますわ。」
只今朝の6時30分。
羽田空港にてバリ島への直行便を待っている。
さて、この様な経緯に至るまで少々説明が必要である。
------------遡ること約一か月前-------------------------------------------
「でも、お友達とは………………どうやって作るものかしら?」
紫苑の記憶には友達といえるものの作り方など、無論無い。取り巻きの作り方ならごまんとあるが………………取り巻きと友達の作り方は全然違うと思うのだ。やっぱりこういう時は前世の記憶、と前世の記憶も辿ってみるが…………なんせ前世の私が対人能力を発揮するのは小学校一年生の時くらいしか無かった。中学校は私立中学に行く子以外小学校からの持ち上がりだったし、高校も小中からのもともと仲の良い子が一人か二人いたから問題無かった。大学はそもそも友達を作ろうとはしなかった。一年も行っていないうちに死んだから大学では知り合いすら一人だっていなかったと思う。
今世の紫苑はともかく前世の私も田舎の狭い世界に辟易して一人で行動することもしばしばだったが、トーク力でギリギリ変人扱いを免れていただけなので、友達を作るとかそういうのには滅法弱い。
それに、まだ綴と紫苑が別々に動き始めたことを周りに認識してもらうという問題も残っている。
明日お見舞いに来てくれる伊勢さん達には伝えるつもりだが、どこまで信じてもらえるか正直自信は無い。学校の同級生達にも、謎の体調不良で二週間以上休んでいた紫苑が突然綴にベッタリでは無くなったら怪しんで綴にや私に話しかけたりはしないと思う。
それは困るのだ。綴には私以外にお喋り出来る友達と呼べる存在を作ってもらいたい。何なら好きな人でも良い。一之宮財閥の方から紫苑に影響が出ない様に円満に婚約解消してくれるだろう。
ひとまず高校に入ってヒロインと出会うまでに綴と紫苑が「正常な双方の企業の利益の為の婚約者関係」であれば良い。そうすれば、断罪されることも無い。
二人のイイ感じになっている現場にたまたま訪れた様に見せかけて此方から婚約解消を申し出るのも良いかもしれない。流石の御爺様も婚約を解消することを認めない訳が無い。
話は戻るが、出来るだけ自然な状況で紫苑と綴が離れるには、今学校に行くと都合が悪い。
綴と私が婚約をしてから6年間おなクラ更新をストップさせて、「お互い一度離れてみて周りをもっと見てみることにしたの。」なんて言えば、多少の時間は必要でもそんなにはかからない。クラスまでも別々にしてまで紫苑は人を騙さない。全ては綴の傍にいる為のことなのだから。あとは紫苑の心情の変化が起こったと分かるものがあると良いわよね。ものでは無くても、こう……学校の人達がそういう風に解釈してくれる様な。
「………………良いこと思いついちゃった。」
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「二人共~、もう飛行機の準備ばバッチリとのことだから、行きましょうか。これから1ヶ月と少し、バリに行くなんて楽しみだわ。」
ウフフと両手を頬に当てるとお母様がくるんと一回転する。ふわりと広がるスカートと一緒に何とも言えない優しい香水の香りがした。
監禁状態が解けてから健康的に日焼けしたお母様の肌は10代の少女の様だった。
初めて見た時も美しい女性だと思ったが今の状態の方がキラキラと輝いていて眩しい。
今回のメンバーは遊馬家総取夫妻(つまり御爺様とおばあ様)、お母様に紫苑、そして周だ。吃驚するくらい今のところ思った通りに事が進んでいる。
私達は空港の責任者の挨拶を受けると遊馬家所有のプライベートジェットで日本をたった。
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「暖かい所で新学期まで遊馬の御爺様達と私と一緒に静養を兼ねて旅行に行きたい?」
「はい。」
紫苑はにこやかに頷くと言葉を更に重ねる。
「御爺様達と何回かお会いしたけれど、私が体調不良で最近はあまり会えていませんわ。折角会えるようになったのに。それなら何処か暖かい所で静養何て言うのも医師から提案されていましたし、それなら旅行も兼ねてどうかと思いまして。あぁ、勿論周君も同行してもらって構いませんわ。中学からは同じ麗火学院の同級生ですもの。是非仲良くしたいです。」
(本当は周と旅行に出かけて親睦を深める→友達になるのが目的だけどね。)
このまま微熱が続いていたのを見かねた医者が別荘などでゆっくり静養することをお母様に提案していたのをふと思い出したのだ。
確か、周は遊馬家本邸に居候しているといっていた。ならば、御爺様達が本邸からいなくなるので、今の言葉で周が寂しくなるだろうからという考えから言っているのだろうとお母様は考えるだろう。
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「ぁ………………あの………………ねぇ、」
その後はとんとん拍子で物事が進んだ。突然おばあ様がバリ島の別荘にしようとか言い出すし……
「ちょっと……………聞いてる⁈」
頑張って張り上げたのか声がちょっと掠れている。
折角のショタボが台無しである。
「御免なさい。考え事をしていて。何か私に用かしら?」
3,4m離れた横の座席ではお母様とおばあ様が現地の専用ガイドとはしゃぎ気味にテレビ電話をしている。御爺様は仕事の都合で遅れてくるとのことだが御爺様がいらないくらい二人で大盛り上がりしていた。この様子では此方を注目することは無いだろう。
「何で………俺まで呼んだの?本邸には使用人がいますし、総取締役達が仕事でいない事はしょっちゅうだし、俺まで来る必要は無かった………そんな事俺だけじゃないし、君も分かってるよね……それに君には婚約者がいるのに婚約者不在で俺が付いてくるって……どうなの?又従兄弟でも、婚約者なんてざらにいるし………」
「……率直に言わせていただきますと、私とお友達になって頂きたいの。周君は中学から麗火学院に編入されるご予定なのでしょう?私とある程度面識があれば損はないと思いますわ。それと綴の件は一応綴には許可を取りましたし問題はございませんわ。」
許可っていうのはバリ島に約一ヶ月行くことであって周も同行する事では無いのだが、主語は明確にはしていないので嘘は付いていない。バリ島に行くだけでも散々「僕も行く。」とか「週一でお見舞いに来る。」とかごねられて、説得に丸一日かかった。周も一緒に行くなんて言えるわけがない。ここさえ乗り切れば、ゲームでは周と綴の直接的な接触は殆ど無かったので漏れることはない。
「そうなんだ。……………じゃあ何で僕と仲良くなりたいの?」
「親戚で同級生なのに、ギクシャクした関係とか、喋ったこともないなんておかしいでしょう?特に理由はございませんわ。」
「ふぅん………」
中等部に上がったら、周がいじめを受けることがない様に手回しはするつもりだが、やはり、学校の面々に紫苑と周が面識があることに気付いてもらった方が早い。
それに、紫苑がらみの攻略対象である周の動向は定期的につかんでおきたい。
周はもう私に興味を失くしたのは、機内では私に話しかけてくることも無く、ずっと窓から外を眺めていた。
---------------------------------------------------------------------------------------------お久しぶりです。諸事情で更新が大変遅れてしまいました。申し訳ないです。2,3日に一回更新のペースに戻すにはもう少し時間がかかりそうですので気長にお待ちください。