八月五日 金曜日 (1)
チョーノは目を覚ました。目に映ったのは、眠る前と同じ夜の黒。
ゾゾゾ、と寒気が全身に走る。冷房が効きすぎている。腕をさすると、ざわざわと毛が逆立っていた。
「チョーノォ……」ハナの小さな声がする。目がまだ闇に慣れない。おそらくそこにいるのであろうハナに「なんだよ」と言おうとして、彼は固まった。
ーードンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドン……
玄関の方から音がする。金属でできたドアが揺れ、空気が震える。
「聞こえるだろぉ……チョーノォ。俺だけじゃないよなぁ、聞こえてるの」
チョーノの耳は確かに音を捉えていた。ドンドンドン、ドンドンドンと、何かが自室の扉を叩く。ただ叩いているのではなく、呼び出そうとしている意志を感じる。
ながの
低い、男の声が、ドアの向こうからした。
ながの
ーードンドンドン
ながの
「……チョーノって、『ながの』って言うんだっけぇ?」ハナはふざけているわけでもなく言った。チョーノはそれに答えられない。傍観者を決め込んでいたのに、奴は、『ナナシノゴンベエ』は今ーー俺を狙って来ている。
なぜここに……? 今になって……? チョーノは考えようとするも、頭は乱回転する。全身で寒さを感じているのに脂汗が額に滲み、固まったように身体は動かなかった。物理的な玄関扉は耐えうるのだろうか。ハナの時のように、一夜やり過ごせばなんとかなるだろうか。
その時、ドアに取り付けられた郵便受けの小さな長方形の扉が、内側に開いた。
ーーカシャン
それは裏野ハイツのドアには取り付けられていなかったものだった。彼は考えたことも無かった。彼自身の住むエントランスホールには郵便ポストが並んでいるのに、どうして扉には郵便受けが……。ーー彼は知らない。郵便ポストが備え付けられたのは、このマンションが建てられてからしばらく経った後のことだと。
長方形の扉の向こうは真っ黒だった。玄関先にはライトがあるはずで、光が漏れ見えるはずだった。それを遮るほどの大きな何かが、そこに密着している。何かがこちらを覗き込んでいる。
ながの
先ほどまでよりはっきりした声が、二人には聞こえた。
チョーノは携帯電話を手に持った。震える指で操作して、電話をかけた。
アラカワは七コール目でようやく電話に出た。