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八月五日 金曜日 (2)

 「今から向かう」と言ってアラカワが電話を切ってから、三十分が経過する。二人は暗闇の中で固まってしまっている。明かりを点けようと紐を引っ張るが、点かない。電気が全て止まってしまっていたのだ。空調は静かに動きを止めた。しかし、夏の夜とは思えないほどに寒かった。ハナの歯はカチカチと音を鳴らしている。やがて、携帯電話の電源が落ちた。


 ドアの向こうの何かは、小さな郵便受けの隙間から内部への侵入を図っていた。黒い何かが部屋の内側で大きくなってゆく。空中に浮かんだ輪郭のはっきりしないブラックホールのような丸が、周りを飲み込むようにして大きくなる。その中心には、より濃い黒い穴が見える。


 男の子が道路に書いていた絵を思い出し、これがアレなのだと二人は思う。


『ゴンベエにつれていかれちゃうよ』


 ながの


 声がする。チョーノは何も言わない。返事をしてはいけないのだ、と直感する。


 ながの


 ながの


ーーながの……ながの……ながの……ながの


 はっきりとした自分を呼ぶ声が聞こえる。それは大きくなってゆく。比例して、暗闇でできた影も大きくなってゆく。


 暗い部屋の中で、遠近感が取れていなかったことが理由だった。それが大きくなっているのではなく、近付いている(・・・・・・)のだと気付くのに遅れた。


「チョ、チョーノ……」


 ハナは壁に背中を貼り付け、泣きべそをかいている。チョーノはその様子を見たあと、黒いそれ(・・)を見た。


 その黒い三つの穴は、自分に向いている。底の見えない穴に、自分はもう落ちてゆくのだと感じた。


 身体が言うことを聞かない。逃げ場は無い。捕まったーー。


 ーードンドンドン!


「うぉわぁぁあぁぁあぁああああ!」


 ハナが悲鳴じみた声を上げた。チョーノは反射的に振り返った。窓に張り付くように、黒い人のシルエットが見えていた。


 チョーノは立ち上がることができなかった。それでも這うようにして両腕でもがき、窓へと近づくと、手を伸ばし、指を必死に伸ばして、鍵を開けた。

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