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アメーバの知識、合っているのか・・・?間違ってたら教えてください。




「魔王様、もしかしてお胸が大きくなられました?」

「えっ、ほんと?」


侍女リーシアの言葉に魔王と呼ばれた少女が弾んだ声を上げる。

その頬は薔薇色に染まっており、長い黒髪が扇状に湯船の水面に広がっていた。

碧い眼が嬉しそうに傍らの侍女を見上げる。


「ええ。ワンサイズ大きくなられたんじゃないですか?」

「そ、そうかな?ってことは、び・・Bカップ?」

「左様でございますね。おめでとうございます、魔王さま!」


パチパチとリーシアが拍手をした。浴室にその音が反響する。

少女は頬をさらに赤く染め上げ、恥ずかしそうに俯いた。彼女はこの数百年間、ずっとリーシアの豊満な胸が羨ましいと感じていて、日々涙ぐましい努力をしてきた。その絶え間ない努力の時間を思い出し、思わずぽろりと涙を流した。



「でも、どうして今なんでしょうねえ?」

「・・・・・」

「もしや、成長期?」


こてん、と首を傾げるリーシアに、少女はどきりとした。

不思議そうな様子の侍女に主の少女は咳払いをすると、ザバァッと音を立てて立ち上がった。白い身体が眼に眩しい。眼福である。



「――もう上がるわ」

「あ、はい。・・・って魔王さま?ほっぺがとんでもなく赤い気がするんですが――」

「っ!の、のぼせちゃったのよ!」

「そうですか?大丈夫でしょうか・・」


ふむ、と考えこむリーシア。彼女の視線の先には、顔を真っ赤にした少女が不自然に顔をそむけている。真っ赤な顔の少女。なぜか今になって大きくなった胸。そして恥ずかしそうな表情(かお)


リーシアはぴんときた。


「魔王さま、もしかして恋されたのですか?」


それは少女にとって今世紀最大の爆弾発言だった。






 湯から上がり、自室に戻ると側近の仕事ぶりは流石で、第一王子は天上から吊るされていた。魔力の鎖で吊るされているため、普通の人間が見れば王子は手を上にして、何もない場所で浮遊しているように見える。

 エチェは邪悪な魔の鎖を視て、慌てて王子に駆け寄った。


「大丈夫ですか!王子さま!」

「―――・・魔王?」

「すぐに解いて差し上げますから! ええっと・・解除解除」


王子は閉じていた瞼を上げ、目の前の小さな人物を見下ろした。

眼を見張る。髪が伸びていた。襟足が肩に付くくらいだった漆黒の髪が、今は腰辺りまである。

―――なぜだ?それに雰囲気も違う。高圧的な態度が取れた?

王子はひたすら瞑目した。



「ウリウスってば、最高難度の黒魔法を使うなんて・・・王子さま、痛いところはありませんか?」

「あ、ああ。・・はい」

「良かった。ほんとにもう、困った吸血鬼だわ。後でお仕置きしなくちゃ」



その言葉に、隣の部屋に控え、聞き耳を立てていた側近の男が狂喜乱舞する。

背中から漆黒の翼を生やすと、困った吸血鬼は喜びのまま窓を蹴破り、夜の空中散歩へと出かけてしまった。


「ごめんなさい。あの子があんなことを言ったばかりに吊るされることになってしまって」

「――あの子?」

「エチェの事です」

「貴女は魔王ではないのですか?」


王子はもうわけがわからなくなった。今目の前にいるなぜだか髪の伸びた魔王は、“魔王”ではないのだろうか。確かに髪は長いが、同じ顔形である。

まさか、双子なのか――?

王子は申し訳無さそうに佇む魔王を注視した。玉座の魔にいた魔王とは、真反対とも言える態度に頭が混乱しそうだ。


「私は魔王ですよ?」

「――すみません。意味がわからないのですが。貴女は双子なのですか?魔王はふたりいるのでしょうか」

「双子ではありませんし魔界に魔王はひとりです。・・・でもどちらとも、そう言えばそう言えるのかもしれませんね」


王子は今度こそ頭が混乱した。目の前の魔王は何を言っているのだろうか。

双子ではなく魔王はふたりでもない。だが、そうとも言える。なら結局どっちなのだ。

母国では切れ者として、部下に慕われていた王子は歯ぎしりしたい気持ちになった。自分にも頭がキレるという自負がある分、状況把握がこんなにもできないのは歯がゆく悔しい気分である。


魔王の碧い眼が、焦燥と苛立ちを秘めた王子の眼を見上げた。

再び碧と金茶がかち合う。


「王子さまはご存知ではありませんか?私たち(・・)は元はアメーバだということを。魔王エチェは魔界の汚染沼から生まれたのです」


魔王エチェは、にっこりと微笑んだ。





 アメーバといえば、性別を持たない無生成物である。その知識は王子にもあった。

魔王はそのアメーバが起源であるという話も、聞いたことはあった。ただし、冗談半分のお伽話からである。

 しかし、それが真実であったとは。王子は金茶の眼を見開き、目の前の少女を見つめた。

愛らしい笑みを浮かべる美少女が、元はアメーバなのだというその事実に、軽い目眩がした。魔界は何でもアリなのか。そう思わずにはいられない。

吸血鬼を見たのも初めてだった。部下が血を吸われているのを見て、どれほど助けてやりたかったか。あの大絶叫を自分は一生忘れないであろう。


王子は一度深く息をついて、気持ちを落ち着かせると少女に尋ねた。


「つまり、貴女は先ほどの魔王と今の魔王・・どちらの姿も持っているのですね?そしてそのどちらもが魔王“エチェ”だと?」

「はい、そうです」


エチェは図らずも王子が彼女をエチェと呼んだことに、内心昇天しそうになっていた。頭の中はお花畑である。王子の爽やかな声を頭で何度もリピートする。

乙女の頬は薔薇色に染まった。


「なるほどね―――では先程の魔王は今、何処に居るのですか?」

「今は私の中にいます。ね、エチェ?」


少女がそう言うと、彼女の眼が一瞬、紫色に光った。まるで「ああ」と返事をしたようである。王子は絶句した。

瞳の色が、変わった―――?

脳の情報処理が間に合わない。瞳の色が変わり、しかも発行するだなんて信じられない。聞いたことも見たこともない。

王子は軽く眉間を抑えた。


「昼間はエチェが、夜は私というふうに朝夕で人格が交代するんです」

「人格が変われば外見もそれに合わせて変わるのですか?」

「え?何か違いますか?」

「髪が・・・伸びました」

「ああ!それは別に勝手に変わらないんです。私が伸ばしているだけで」

「――自分で伸ばせるのですか?」

「はい。伸ばせますよ。――伸ばしますか?」


魔王の長い髪が意思を持ったようにゆらゆらと浮かび上がり、踊りだす。それはさながら蛇女、メドゥーサのようだった。

にっこり。魔王の可愛らしい笑みに王子は顔を引き攣らせた。

とんでもない――とんでもない怪物だ。これはもう、生物じゃないのではないか。

もはや、神・・・いいや魔神だ!

こんなのを野放しにしていたら、人間界はいつか滅ぼされてしまう。人っ子一人生きていけないような世界にされてしまうかもしれない―――。


王子は軽く青ざめながら、かぶりを振った。



「いえ、結構です」

「そうですか? わかりました」


なぜか少し残念そうな少女と共に、うきうきと踊っていた髪がばさりと落ちる。時折いじけたように持ち上がっては、再びばさりとへこたれた。

なんなんだ――コイツ(魔王)は。人外を通り越して、もはや規格外である。創世神でさえ、こんな怪物の誕生は予期していなかったに違いない。


「では、なにか望みはありますか? なんでも叶えて差し上げますよ」

「なんでも、ですか?」

「はい、なんでも。どうぞ仰ってくださいませ、王子さま。遠慮はなさらないでくださいね。この城には何でもありますから。肉のなる木や、血の味のする果実もありますし―――余興を楽しみたいのであれば、首なし男の生首ジャグリングが面白いですよ」


エチェがにこにこと笑う。王子は正気ではいられなかった。肉のなる木を想像し、胃から熱くて苦いものがこみ上げてくる。血の味の果実とはどんな果実なのか。首なし男の生首ジャグリングなど笑うどころか、恐ろしくて目も当てられない。

 王子は頬を薔薇色に染める少女を見下ろすと、覚悟を決めた。


「本当になんでも叶えてくださるのですね?」

「ええ。約束します」

「――では、この刀で貴女の胸を貫いてもよろしいか?」



王子は懐から細身の小刀を取り出した。魔王城に上がる際に厳しい身辺検査が行われたにも関わらず、剣を隠し持っていた事にエチェは驚いた。眼が紫色に光る。

 だが、すぐに碧い瞳が細かく震えだす。桃色の唇はわなわなと小さく上下した。

王子はぐっと小刀を握りしめた。

怒ったか―――?額に汗が滲む。王子は銀色の切っ先を少女に向けた。



「――構わないのですか?」

「え?」

「本当にその望みでよろしいのですか?後悔致しませんか?」

「・・・ああ」


元より王子は魔王を殺すために魔界までやって来た。彼を溺愛する父王からは、何度も止められたが、魔王消滅は人類の願いと説得し、同盟を結ぶという名目で城への潜入を成功させたのだ。城に入った途端、魔力の効いた縄で手を縛られ、魔王の魔眼で口をきけなくされたが、なんてことはない。解こうと思えば解けた。

 王子の背中に光る天使の翼の紋章。勇者である証のそれは運良く魔王には発見されなかった。その紋章を持つものは、魔王と対等の力があるといわれる人間である。

昼間にエチェが弱小と嘲笑った青年は、半分以上もの力を押し殺した永遠の宿敵、勇者だったのである。


 虎視眈々と機会を狙っていた王子は、魔王が彼を部屋に入れるようにと言った時、飛び上がらんばかりに喜んだ。不機嫌そうな側近は普通の人間なら即死するようなパンチを彼の鳩尾に入れ、部屋に入れてから強力な鎖で王子を縛り付けた。

複雑なそれは、側近が自ら編み出した魔法らしく、王子は魔王が部屋にやって来るまで、何かの役に立てばとその魔法の解読をし、構造を学び取っていた。この魔法があれば、どんな罪人も逃げ出せまい。王子は思いもよらない拾い物に内心ほくほく顔だった。


 そして、さらに嬉しいことに、魔王は自ら死んでくれるという。

それがなぜなのかわからないが、昼間の少年とは違い、夜の魔王はどうやら良心的な方らしく、自ら王子が刺しやすいようにと腕を広げてくれた。

 



「ありがとう。魔王。君に感謝する」

「は、はい・・・!」



準備は万端である。王子は、これで人類の積年の思いが果たせるのだと――歓喜に震えながらその手を振り上げた。迷いはない。

・・・これでようやく、世界に安寧が訪れる。その安堵に、王子は笑みを零す。


赤い血が薄闇を舞った。




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