第55話 二人だけの下校時間
私と連君は雫に別れを告げて駅に降り立った。昔一緒に遊んでいた街に降り立ち、昔の時間を埋めるように会話する。些細なやり取りの一つ一つが楽しい。あの時はこうだったよね、なんて変わった街並みについて話が弾む。
私は彼のことが特別に思っていたから、今でもしてくれた事を鮮明に思い出せる。その事を彼も覚えていて、もしかして、連君も私を特別に想ってくれてたり……なんて希望を持ってしまう。
それでも分かっていた彼がただ、関わる人を大切に出来る人だって事を。周囲にいる人からの視線を考えれば、当然のように分かってしまう。
(ほんと、カッコよくなったな)
なんてつい彼に見惚れてしまう。そんな私の視線にも彼はきっと気付いていない。だって、今も周囲の視線を自然と引き付けているのに、気付いていないから。きっと、私の方を見てるって思っているけど違う。女性の大半は連君を見ていた。
でもそんなに鈍感な彼だからきっと、私にもチャンスが巡ってきたんだよね……。そんな楽しい時間も終わりに差し掛かる。この道を左に曲がれば連君の家の方。私は真っすぐだ。少しでもこの時間を引き延ばしたくて、でも連君の時間を奪うことになる。それでも、私は勇気を出すことにした。
か緊張からきゅっとスカートの裾を握ってしまう。言い淀むように口を開けては小さく閉じる。話すの別の話題でそれでもと、一歩踏み出す。
「ねぇ、連君。昔遊んでいた公園にちょっと寄り道しない?」
鼓動が早くなっていくのが分かる、彼の動作がゆっくり目に見えて、振り返った。彼は笑みを零しながら口を開く。
「うん、いいよ」
「いいの!!……やった」
口元がにやけてしまうのが分かる。それを微笑まし気に見つめる彼がいて、恥ずかしくなってついつい髪の毛に手を伸ばすと、風がふわっと吹いてくる。思わず目を閉じて開けた先で彼が私の方をマジマジと見つめていた。
「どうかしたの?」
「……ううん。なんでもない」
そう告げる彼は、今までよりもずっと優し気な笑みを浮かべていた。どこか昔を懐かしむように、けれどそれだけじゃない。思わず首を傾げてしまう私がいて、それに彼が
「行こうか」
と告げる。どんな感情を抱いたのか気になった。けれど、今は目の前の時間を大切にしたい。だから
「うん!」
抑えきれない気持ちが、声になっていた。
***
久しぶりに訪れた公園は、どこか懐かしくて、それでいて少し変わっていた。昔遊んだ遊具のいくつかは新しいものに置き換わり、当時との違いが目に映る。大きさ的には東京にしては少し大きいと思う。だいたい50㎥くらいだろう。その一角には懐かしいものがまだあった。
「みてみて、砂浜はそのころのままだよ!!」
ついつい、昔のように私ははしゃぎながら走ってしまう。彼もどこか童心に帰ったように、軽やかな足取りで走ってくる。そこには小さな子供数名が遊んでいて、まるで昔の私と連君みたいだった。
「昔はスコップを持って、良く掘ってたよな」
「うん、でっかい落とし穴を作った時は母さんに怒られたっけ」
「そうそう。“他の子がケガしたらどうするの”ってね」
あの頃の連君はもっとやんちゃだった気がする。でも今は常に落ち着いていて、カッコいいなってついつい目で追っていた。目尻を下げて優し気に笑ったり、勉強を教えてくれる時は真剣な表情になったり。
昔と違う彼の様子が気になってしまう。
「そういえば、砂のお城を作れなくて泣いちゃったことあったよね」
「……恥ずかしいけどね」
あの時がきっと連君の前で初めて感情的になった時だったと思う。普段は抑えていたけど、彼の前だったらきっと馬鹿にされることないって思ったからだ。
「……でも、あの時は連君もつられて泣いてなかった?」
「うん。なんだか不甲斐ないっていうか、あの頃は自分は何でもできるって思ってたから悔しかったんだと思う」
あぁ、そうやって素直に認められるところが素敵だなって思う。
「でもさ、水をうまく汲んできて最後にはちゃんとでっかいお城ができたよね」
「うん!周りにいた子達もすごいって、感心してくれた!」
当時のことを思い返して、ついつい私は砂浜の方にしゃがんで
「こんな感じで作ったよね」
鞄を側に置いて、砂を積み重ねる。三角型に作ろうとするそれはさらさらと崩れていき、元の大きさよりも小さくなってしまう。それを見つめていると影が私の前に出来た。ふと見上げた先には彼がいて
「望未、スカートの中、見えそうだから」
そういって子供の視線を遮るように私の前に移動する。それに驚いて目を丸くしていると、
「お兄ちゃん、自分だけみるなんてズルいぞ」
「そういったのは付き合っている人の特権です」
「ぶーぶー」
と告げる少年達から遠ざけるように私の手を取る。鞄を二つ持った彼に手を引かれながら、私は苦笑しつつ告げる。
「もしかして、庇ってくれたの?でも、小学生くらいの子だし気にしないよ」
流石に同級生とか、中学生に見られたら恥ずかしいと思う。けれど子供相手なら特に気にしてなかった。異性としてというよりもきっと、単純な興味だけだから。そう思っていると彼は少しムッとした表情をしていた。
「望未はもっと自分の魅力に気付いた方がいいよ。周囲の男性の殆どが好意を抱いているってくらいには……」
その言葉の先には私ではない誰かを見ているようだった。もしかして、好きな人がいるのかなって思ってしまう。だけど、付き合ってないのなら、少しくらいはチャンスがあるのかなって知りたくて……
「連君も、そうおもってくれてるの?」
思わずそう口にしていた。彼は戸惑った様に瞳を揺らしつつ、それでも顔を背けはしない。視線が揺れ動き、
「……そうだよ」
照れたように頬を赤らめる彼が目の前にいて……そっか、彼も少しは私のことを魅力的だって思ってくれてるんだって、ついつい頬が緩む。嬉しくて体まで自然と揺れていて。ハッと気づく。流石に好きなことがバレたかなって……
でも、彼はどこか満足そうに笑っている。きっと、こっちに来るまで不安だった中で、知り合いが好意的に想ってくれていることに喜んでいるって思っていそうだった。
だから、
「今日言った気になる人ってずっと昔の話で、アイドルになった時は一度諦めたんだ。だから卒業した今はそうした恋ってのにも友達と放課後遊ぶ日々にも興味がある。今は現状を楽しみたいって思うよ」
毎日と向き合っていく。それは連君ともってことだった。伏し目がちで言ってしまった私は目線を少し上げる。そこには、どこか目を大きく開いた彼がいて。
「うん。そうだね……」
と目元を和らげて告げている彼がいた。そんな風に私を受け入れてくれる彼に、一方的に手紙のやり取りをやめた罪悪感が湧いてくる。これから付き合っていくなら、もう一度面と向かって伝えなきゃいけないと思った。
「連君にずっと謝りたいことがあるんだ。その……手紙を送ることを急に止めちゃってごめんなさい」
頭を下げて彼の顔を見るために、上を向く。正直にいうなら表情を見るのが怖かった。それでも、目を逸らしてはいけないと思っていたから見ていたのに、彼はふっと表情を緩める。
「望未は本当に優しいんだね」
「そんなことないよ」
「俺はあると思うよ。ファン好意を裏切りたくなくてそうしたんでしょ?それに、手紙で謝ってくれたのに、今も律儀に面と向かって謝ってくれてる」
「それは……そうだけど」
優し気な目で見つめる彼の方がずっとずっと優しかった。今日も勉強を教えてくれる時、彼は私がどのように理解しているのかとか、どんなふうに問題を解いているのかと常に目の前にいる私のことを考えてくれていた。
「それでも、そういった部分を含めて伝えるべきだった。連君はずっと私のことを考えてくれてるのに……」
連君は少し苦笑しつつ告げる。
「いや、それで言うなら俺だって返信が途絶えてから、望未に手紙を送らなかった。俺もまた、自分のことに必死で望未に助けられていることもあったのに、迷惑かなって手を止めてしまった。だからお互い様だよ」
そんな風に笑って受け入れてくれる部分が素敵なところだと思う。
「でも、最後にもう一度ごめんなさい。これだけはやっぱり伝えておきたい」
「……そっか」
ふっと笑みを深める彼を夕陽が照らす。温かなオレンジ色に染まった彼の表情はあの頃のように純粋で、やさしさに満たされていた。
「連君はさ、私に自信がなさげって言うけど、自分のことをもっと認めてほしいかな。連君は自分で考える以上に魅力的な人だよ」
もっと自信を持ってほしかった。魅力的なんだよって伝えたかった。そう伝えた言葉に彼は、
「……ありがと」
なんて少し照れくさそうに、視線をそらしながら伝えている。こういった表情も見せるんだ。なんて、写真ではわからない彼とのやり取りがすごく嬉しくて、胸の中が満たされていった。そのあとは、公園で時間がぎりぎりになるまで、二人話し合う。
まるで昔に戻ったかのように、二人の距離は縮まっていた。そろそろ帰る頃合いになった。この公園を出てらすぐにお別れの時間が来てしまう。私はどこか緊張しつつ、お願いしたいことがあった。なかなか勇気は出せなくて、最後の彼との分かれ道まで辿り着いた。
どうにか口を開こうとして、それでも口にできなくて、ついスカートの裾をぎゅっと握ってしまう。ふと見つめた彼の表情は穏やかで。そんな彼の隣に立ちたいから私も一歩踏み出すんだ。
「ねぇ、連君。明日から一緒に登校していい?」
漏れ出た言葉は少し震えていて、どこか緊張しているのが自分でも分かる。窺う様に見つめた彼は、
「うん。もちろん」
と応えてくれる。
「~~~っ!!……ありがとう」
夕焼けに照らされた彼が私の方を見つめていた。じっとどこか一点を見つめるようにしていて、それに小首を傾げると彼が首を振る。
「どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」
そう告げる彼の表情が少し赤らんで見えたような気がした。……もしかして、見惚れてくれたのかな?なんて、ありえない妄想を考えてしまう。夢咲さんってあんな可愛い子に、白峰さんって華かな人もいるんだからないよね。そう自戒する。
夕焼けを背に少しずつ遠ざかっていく彼の姿を見つめながら、私も一歩足を踏み出した。いつもより、軽い足取りで。




