第50話 運命の再会
「今日から、ここが私の通う学校か...」
そう思いながら、校門の外から学校を見上げた。もう授業は始まっていて、私だけがぽつんと取り残されたような朝。先生の都合で、私は二限目から合流することになっていた。
「すごく、ドキドキする...」
なんて、独り言をこぼしながら、校門をくぐる。ここに訪れるのは新幹線で受験を受けに来た日以来だった。まぁ、前日は一泊泊まったけれど、その間も受験当日も彼とすれ違うことは無かった。それに、私の方は写真を送っていないから、初めて変わった私を見せるのはこの時になる。
(少しは……成長したって思ってくれるかな?)
幼少期に好きだった彼に認めてほしいって思う気持ちは未だにある。恋愛感情を抜きにしても、連君みたいになれたらってずっと目標にしていたから。
久しぶりに会う彼はどんな顔をするかな? 驚くかな。笑ってくれるかな。連絡しなかったことを怒られるかな?少しだけ不安で、でも、あの頃より少しだけ自信のある私がいた。
今なら、彼の隣に並んでも恥ずかしくない――そんな気がする。でも、並べないってことも、ちゃんと理解しないとだね……。
少しだけ自分の気持ちが落ち込むのが分かってしまう。それは彼の前に立つ私には相応しくないからと、頭を振って落ち込んだ気持ちを振り払う。
別れてから、もう今年で十年目になる。今の彼には、きっと素敵な彼女さんがいるだろう。それでも、お礼くらい伝えるのは大丈夫だよね……?
そんな風に、未だに胸を抑えつつ、それでもほんの少しだけ願ってしまう私がいた。もしも……奇跡的に彼女がいないなら私にもチャンスってあるのかなって。そんな未練がましい気持ちを抱きながら私は校舎に足を踏み入れた。
***
「君が、春風望未さんだっけ?」
「はい、そうです」
職員室に入って担任の先生を目の前に立つ。こちらを見つめる男性はおそらく三十代後半だろう。がっしりした体格だけど、優し気な笑みを浮かべるひとだった。第一印象は「頼れる人」だった。
「なるほど。親の転勤で遅れてきたってわけか。でもこれまでは姉妹校にいたから偏差値的にはそこまで変わらないしな……ちなみに授業範囲はどこまで終わってる?」
そう聞かれて、私はこれまで習ってきた内容を伝える。
「ふむ。ほとんど同じだな。ただ、数日間のブランクがあるから……。補習、という形でもいいし……そうだな、クラスに馴染むって意味でも委員長に教えてもらえれば十分だな」
先生はそう言って、手元の資料に何やらメモを書き込んだ。入学式からもう二ヶ月近い。先生がそのクラス委員長を信頼している様子は、言葉の端々から感じ取れた。「彼に任せれば大丈夫」――そう言えるほど、優秀な生徒なのだろう。
少しだけ不安だった学生生活が、その“誰か”の存在によって、ほんの少し明るく感じられた。……もしかして、彼だったりして。
そんな考えがふと頭をよぎる。妄想と言えるほどの都合がいいこと起きるはずないのにね...つい彼のことを思い浮かべる辺り、私はまだ彼のことが好きなんだろう。一度はあきらめた筈なのに……。
そんな思いを胸に秘めたまま、私は先生に案内されて校内を歩く。新しい廊下。新しい景色。が通りすぎるたびに、ちらりとこちらを見る視線がいくつかある。
“授業中にごめんね”という気まずさと、“これからよろしくお願いします”という少しの覚悟が、心の中で交差していた。ガラリと扉が開く。先生が颯爽と入る中で、数人は私の方に気づいたようだった。
「先生、授業の時刻はとっくに過ぎてますよ」
「いいんだ。お前らにサプライズって形にしたかったからな。今日から、一人クラスメイトが増える」
「二限目からですか?」
「悪い悪い。俺のほうが一限目から別の授業があってな。今日はいろいろと対応があったんだ」
「……それって先生の都合じゃ?」
教室のあちこちから軽口が飛ぶ。からかうようでいて、どこか温かい声。クラスの雰囲気は思っていたよりずっと明るくて、その空気に、私の緊張も少しずつほどけていった。
すると、誰かが軽く手を二度叩いて言った。
「……あんまり待たせるのも悪いし、転校生に入ってきてもらおうよ」
その言葉に、教室のざわめきが静まっていった。誰もが自然に耳を傾ける空気――その人の言葉が持つ力に、私は思わず息をのんだ。たった二ヶ月で、クラス全体をまとめる存在。
(誰だろう?)
その声には、不思議と安心できる響きがあった。――まさか。いや、でも...考えに耽っていると担任の声が聞こえる。
「確かにそうだな。入ってきていいぞ」
教室の扉を開け、一歩踏み出そうとして視線が一点に吸い寄せられる。胸が高鳴るのを感じた。
(連...君!?)
運命なんてものがあるのかもしれない。そう思いつつ私は心の中で、そっと神様に感謝した。
「ありがとうございます」って。
***
ガラッと教室の扉を開けて入ってくる一人の少女の姿があった。桜色の髪色に、明るく自然体の笑顔を引っ提げる彼女を見て俺は驚いてしまい、つい机に手をついてしまった。
「のぞみ?」
気付けばそんな声が漏れていた。その言葉に彼女は驚いたように目を大きく見開き、口元に笑みを浮かべる。
「久しぶりだね、連君」
ふわっとした雰囲気に、どこか嬉しそうに笑みを零す。久しぶりあった彼女は以前出逢った時のかわいさに加えて華やかさを備えていた。育ちの良さが分かる、ピンと伸びた背筋。桜色の髪は腰元まで伸びており、サラサラと一本一本まで丁寧に手入れされているのが分かる。
口元の笑みは自然体で、目元には優しさを備えていた。なにより身体がブレることなく立っているからだろう。視線が彼女に吸い寄せられる。
彼女は俺の方を懐かしげに、過去の想いに浸るように望未は笑っていた。それに俺自身もどこか感慨深く思っている。けれど、どこか寂しそうに感じるのは気のせいだろうか……?
そんな中で隣と前の方から咎めるような視線を感じる。
「どういう事か教えてもらってもいいかな、連?」
と言いたげな二人の視線にどこか息を呑んでしまう。こっちだって驚いていて、状況を摑めていないのだ。俺の方がなんでこんな状況になっているのか知りたい。というか何で責められているのかな?それは他の男子からも感じてしまう。
「お前、転校生にも早速手を出しているのかって」
そんわけないだろ!!って言いたのだが、変に弁解できる空気感じゃない。右隣に座る雫からも笑みを超えて真顔でこちらを見つめられていて……正直、怖い。思わず唾をゴクリと飲み込み、息が詰まりそうになる中、先生が助け舟を出してくれる。
「なんだ、お前ら知り合いだったのか?」
担任の先生の問いに、俺は大きく頷いていた。そして弁明するように俺は口を開く。
「はい、幼稚園の頃に一緒だったんです。あの頃は引っ込み思案って感じの印象だったんですけどね」
「覚えてくれたんだ……嬉しい」
彼女はまるで、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめるかのように、優し気な笑みを浮かべている。その笑顔にさらに俺の方に視線が突き刺さる。
にしても印象が変わりすぎていた。あの頃もどこか無表情でいる事が多かった彼女が、常に笑顔が絶えない子になっていた。周囲を照らすような明るさがあり、なにより、一つ一つの仕草が可愛らしすぎる。
「なるほどな。それなら、ちょうどよかった。後で言おうと思ってたがお前には転校生の勉強を見てほしい」
「えぇ、もちろん。俺でよければ」
「へぇ~……すぐに承諾するんだね、連は」
ふふふ……と薄ら笑いを浮かべる千聖の表情を見て、やけに積極的だね?と言われている気がする。桜と一緒にいることを許可した相手が、再度脅威になりえる存在なのか再検証している雰囲気を感じる中で、ふと立ち上がった生徒がいた。
「先生、待ってください。それじゃ連にばかり負担がいきますよ。どうせなら、僕が――」
どこか阻止するような物言いをする彼は。俺を気遣っているような物言いだったが、下心からくるものだと、女子を含めて丸わかりだった。
現状のクラスでは桜と千聖は基本接触NGみたいになっているからこそ、転校してきた、目を惹く彼女とお近づきになりたいってのが分かる。担任もそれを察しているからだろう。提案を却下する。
「いや、お前の学力じゃ無理だろう」
「先生、何を根拠に……!」
「入試の点数、成績、その他もろもろ」
と軽くあしらった。そんな彼は悔しそうに俺の見つめる。恨むのならまずは成績を上げてくれと思うが正論では解決できないだろう。まぁ、そんな彼に対して、女子のみんなは軽蔑気味の視線を送っているけど……。
ただ、そんな視線とは違って、望未は優し気な視線で見つめている。なんか謎の包容力があるんだよな。と感心したように彼女の方を見ると視線を逸らされてしまう。……うっ、俺も猿渡のような視線を向けていただろうか?そう思い反省する。
そんな中、彼はまだあきらめていないのか、クラスを見渡して有明に視線を止める。
「……じゃあ、有明でもいいじゃないですか」
猿渡は少しふてくされたように言う。確かに彼女持ちである有明なら万が一のことがないということだろうか?確かに、彼女にベタ惚れしている有明なら確かに望未には靡かないだろう。そんな彼の希望を有明はバッサリと切り捨てる。
「僕、彼女がいますし。なにより、塾もあるので」
彼女を大事にしているからこそ、不仲の原因となる可能性を徹底的に排除するのが有明という奴だ。そこら辺のリスク管理は徹底している。何より俺を見つめる視線で理解する「こういう面倒ごとは連君に譲ります」そんな口ぶりが聞こえそうな表情で俺の方を見つめている。
テストで負けたことをまだ根に持っているようだな……。どこかこの状況を楽しんでいる有明は、止めの一言を告げる。
「それに連君の方が適任です。だって学年1位なんですから」
その言葉にクラスの誰も反論はできなかった。進学校というのもあり、学力が高い方が若干偉いという風潮があるのを上手く利用している。だが、クラスメイトの言い分も分かるので、俺は二人きりにならないようにスケットを呼ぶ。
「確かに俺が適任だな。ただ、他に女性の友人もいた方が安心するだろうし、雫も手伝ってくれないかな?」
「私ですか?……いいですけれど」
少しだけ不満げにしつつも雫は了承してくれる。どこか咎めた視線で桜の方を見つめるが分かって欲しい。
ここで桜を選んで、男子からのヘイトをこれ以上稼ぎたくなかった。俺だってクラスメイトとは仲良くしたいからね……。だから、そんな悲し気な視線を向けないでほしい。しゅんと落ち込んだような彼女に罪悪感が湧いてくる。
その姿を視界に収めた千聖の方は怒りを通り越したように、口元に暗い笑みを浮かべている。
(普通に怖いんですけど!!)
内心で恐怖に一人だけ肩を震わせる。それが彼女との出会いの瞬間だった。




