第42話 連の過去
雨音が規則的に窓を叩くリビングで、彼は息を整えて口を開いた。
「さっき妹をみたよね」
それに私は頷く。それがどうしたのかというように、彼に冷ややかな視線を向けつつ答える。
「涼花ちゃんって言うんでしょ?」
「そう。その涼花なんだけど、実はさ、俺と血は繋がっていないんだ。いわば、義理の兄妹ってやつだ」
そう告げる彼の表情には、相変わらず浮いた表情が見えない。どこか悲しげに、自分の罪を告白するような、そんな視線を私に向けている。
「最初に出会った時、あんなに可愛らしい存在がいるのかって目を疑った。天使のような存在に、俺は心を奪われて、彼女に誇れるような兄になろうとした」
過去形で話す彼は自分の腕をぎゅっと掴み、どこか息が乱れているのが分かった。彼はごくりと唾を飲み込んで口を開く。
「けれど、涼花は天才だった。何をやらせても、一度見ただけでできてしまうような子で、当然のように何一つ勝てなかった」
ふっと自分を憐れむように彼が自嘲気味に笑う。初めて見せる弱った彼の姿に私はただ、驚いていた。彼でも悔しそうにすることがあるんだって。こんなにも感情を露わにするのかと。
ぎゅっと噛みしめた口元からは奥歯が見えていて、悔しいという感情がこちらまで伝わってくる。なんでもできるあなたが、そんな風に感情的になるとは思っていなかった。
「ずっと対抗心を燃やしていた。時にはきっと、恨んでいたこともあったと思う」
地面に視線を落としながら告げる彼の視線は揺れていた。苦しそうに少しえづきながらも彼は続ける。
「1学年上なのに、勉強ですら敵わない。体格差があるのに運動もダメ……ホントに、情けないよな」
初めて弱みを見せる彼は、どこか自嘲気味に笑って天井を見上げる。光り続ける光源をじーーっと眺めて続ける。やがて、ふぅーーっと大きく息を吐いて、私に視線を戻した。ぐっと目に力を入れて私を捉える。
「でもさ、ある人に問われたんだ。『君は義妹よりも優れたいのか、それとも頼りにされたいのか』って」
彼はその人を信頼しているのだろう、瞳の奥にどこか憧憬に近い想いを感じる。どこか目元も優しくなる中で、彼は続ける。
「そう問われて俺は……義妹に頼りにされる存在を目指そうと思った。それからは、自分で出来ないところを人に頼るようにした。頼るからには勿論俺も沢山の人に手助けできるような人物を目指して、いままで頑張って来た。その結果が今ってだけなんだ」
彼は自分の気持ちを消化するように告げる。その選択は間違っていないと、前を向いて告げる。その瞳が私を真っ直ぐに捉えて優し気に目元を和らげる。
(あぁ、そうか。あなたはそうやって強くなったんだね)
誰かのために、自分を変える。そう決意し、劣等感を抱きながらも向き合い続けてきたんだと今なら分かる。
「だからかな、俺は夢咲さんのように真っ直ぐに前を見続けて努力する人が好きなんだよ。それは今回の試験でハッキリ伝わってきて、特別だなって思った。もっと知りたいと思った」
真っ直ぐに見つめる彼は相変わらず私の瞳を真っ直ぐに見つめ続ける。その瞳は揺れることなく、本心だと分かった。
彼は今までも私を見てくれていて、見えていないのは私の方だった。勝手に彼を他の男性たちと同じだと決めつけていたんだ。私も彼のことを真っ直ぐに見つめる。今までと同じようにその瞳は、真っ直ぐに私とぶつかる。
変に視線が動くことはない。ただただ、彼だけは私と目を見て話してくれていた。私がずっと黙っているからか、彼は困ったようにしながら、どこか、軽い調子で続ける。
「……まぁ、最初に知りたいって思ったきっかけは、入学式の時の綺麗な姿が義妹に重なってだけどね」
そう苦笑気味に続ける彼の言葉に私は驚いてしまう。
「……私って、綺麗なの?」
思わず前のめりになりながら聞いた言葉に、彼はその言葉に驚きつつ、戸惑いながら続ける。
「そりゃあ、綺麗だろ。今まで見てきた同学年だと一番は確実だし……」
「義妹さんよりも?」
「ん?……そうだね、綺麗って言う部分なら……」
彼は何の話をしているのかと戸惑っているが私からすれば、それどころじゃなかった。ずっと私なんか意識されていないと思っていた。けど彼は、少しは意識していて、同時に綺麗だとも思ってくれていた。反応が薄いから勘違いしていた。
「……そっか、そうなんだ」
なんて思わず自分でもふっと肩の力が抜けていたのが分かる。それはきっと目の前にいる超人的に見えた彼が、素の私を見てくれたから。なにより、私と同じように、苦しみながら悩んで、それでも抗って来たってことが分かったから安心した。
緊張が解けた私はようやく自分の姿を客観視する。胸元が少し解けた服装。前かがみになったせいか、下着が少し見えていて、痴女っぽい格好をしていた。そんな自分の姿につい目がいき、頬が赤く染まる。
「……ごっ、ごめんなさい。ちょっと、慌ててたというか……その……」
恥ずかしくなって私はいきおよく胸元に手を乗せて服をギュッと寄せる。彼もまた、私の視線につられたのだろう、胸元に視線がいっており、顔を顔を赤らめて勢いよく、ふいっと視線を逸らした。
「いや……その、ごめん。俺の方も変に視線がいった」
なんて耳まで真っ赤にしている姿が可愛らしかった。そっか、彼も普通に意識したりするんだってわかって何だか嬉しかった。だからかな、ふっと力が抜けて、急に笑い出してしまった。
「ふふっ……ふふふ……」
そんな私に驚きつつも、彼もどこか安心したように肩の力を抜いた。そうしてみせる彼の笑顔がどこか穏やかで。あぁ、ほんとうにこの人は誰かの事を大切に出来る人なんだって分かった。
私の笑みが収まると彼が、尋ねてくる。
「少しは落ち着いてきた」
「うん……落ち着いてきた」
自分でも分かるほど、心に会ったもやが晴れていた。初めて上がる家だというのにどこか心地よさを感じる。
「にしても、連って意外に繊細だったんだね」
「みんな俺を超人的だと思い過ぎ。今回だって、義妹に対策問題作ってもらって、大翔に先輩から過去問借りて、生徒会の人からも対策問題の意見をもらったり、少しずるをしたんだよ」
「えっ!? そこまで、してたの!?」
「だって、普通に対決したら負けるからね」
「そっか、それが人を頼るってことなんだね」
私はどこか納得したように呟いていた。真に強い人って言うのは多分彼のようなことを言うのかもしれないと、ふと笑みが零れる。そんな私に苦笑しつつ彼が告げる。
「なんか、夢咲さんキャラ変わってない?」
「そう、かな……?」
自分でも今の私を振り返る。確かにそうだと思った。千夏に雫……それとふと父と重なる連のことを見つめて、ふと自分でも顔が赤くなりつつ私は視線を逸らしながら肯定する。
「……うん。そうだと思う」
自分でも分かるほど心が温まっていた。それはきっと
「連のことを信頼してもいいって思ったからだと思うな」
目の前にいる彼が少し驚いたように目を見開いて私のことを見つめる。ボーっとしているように見えるその視線に思わず首を傾げてしまう。
「もしかして、見惚れてた?」
なんてありえない言葉につい、自分でも自嘲気味に笑ってしまう中で彼がすっと視線を逸らしながら耳を真っ赤に染めていた。
「その……ごめん」
なんて恥ずかしそうに頬を染める彼につい笑ってしまう。あぁ、かわいいなってどこか思ってしまう自分がいて、同時にお礼を伝えたくなる。
「ありがとね、連」
「えっと……何が?」
「私の為に頑張ってくれたこと、私のことを思って関り続けてくれたこと」
「当然のことだよ……それに、夢咲さんが笑顔だとこっちも嬉しいから」
そんなことを告げるんだ。ほんとズルいよね……その笑顔なんて思いながら彼を見つめていた。そんな風に安心したからかなお腹が、クゥ~とという音を立ててしまう。そういえば、今日は昼を抜いていたのを思い出した。
恥ずかしくて頬を染める中で、彼が笑う。
「ご飯にしよう。すぐに出来るし」
「……えっと、じゃあ、お願いしようかな」
これも第一歩だと思って私は彼に頼ってみることにする。そんな私に彼は満面の笑みで告げる。
「任せろ」
そう言って俺は夕食の準備をすることにする。少しだけ距離が縮まったのが嬉しかった。




