第38話 試験終了
周囲の集中する雰囲気に押されるように俺も試験用紙を裏返す。
(……まずは全体を見渡して)
問題の流れをざっと確認する。見た瞬間に解けるもの、時間がかかりそうなもの、そして後回しにすべきものを瞬時に振り分ける。焦らず、でも淀みなく目を通した。
一問目に取りかかると、周囲の気配が遠のいていく。文字を読み、計算を重ね、答えを記すたび、頭の奥のどこかが研ぎ澄まされていく。時間の経過は早い。残り十分の合図が鳴ると、最後の見直しに入る。迷った問題に付けておいた小さな印を頼りに、解答を再確認する。
「――そこまで」
用紙が回収され、張り詰めていた空気が一気に緩む。けれど、まだ終わったわけじゃない。一科目ごとに勝負は続く。休憩時間。俺は机に突っ伏すことも、無闇に参考書を開くこともしなかった。
水を一口飲み、窓の外を見る。脳を休ませるために、意識的に頭を空っぽにする。次の科目に備えるためのリズムを崩さないように。
「連、どうですか?」
そんな中で、有明が声をかけてきた。
「上々だな。そっちは?」
「悪くないですよ……という事は一問のミスが敗北に直結するわけですか。面白くなってしましたね」
なんて、余裕のある笑みを浮かべる。それに釣られるように、口角をくいっと上げつつ、目に闘志が宿ってくる。そうして次の科目をこなし、昼休み前、一つの関門に差し掛かる。
(本命の科目だな……)
差が出るとしたらこの科目だろう。数学Ⅰがやってくる。俺は深呼吸をひとつして、再び席に着く。
(ここからが本当の勝負だ)
そう心の中で呟きながら、チャイムが鳴るのを待った。教室のざわめきが完全に消える。担任が試験用紙を配り始めた瞬間、胸の鼓動がひとつ早まる。
試験開始を待つ事数分、いよいよチャイムが校内に響いた。
用紙を裏返し、まずは全体を一読する。……悪くない。過去問で押さえておいた範囲、それに類似した問題がいくつも出ている。ただ、油断は出来なかった。
右奥に座る夢咲さんは淡々とペンを走らせ。左前にいる有明も順調そうに問題を解いているのが分かる。二人とも、この瞬間に全力で集中している。
(――負けられない)
一問一問、確実に埋めていく。頭の中で過去問の解法パターンと照らし合わせ、瞬時に選択肢を絞る。計算問題では、途中式を丁寧に残し、見直しの時に迷わないようにした。
そんな中、難問に差し掛かったとき、一瞬ペンが止まる。視界の端で、夢咲さんの眉がかすかに寄るのが見えた。同じ問題で詰まったのか――そう思った瞬間、背筋がぞくりとする。正面場だと感じる。
時間との戦いの中、ふと義妹に教えてもらった言葉を思い出し、ふっと笑みが零れた。そうして、納得がいく回答を紙に綴る。
(ありがとう、涼花)
内心で深く感謝しつつ、残り1分間全体に再度目を通した。そうして自分の答案に抜けがないか慎重に確認し
『そこまで』
という先生の声で終了となる。終わった瞬間、肩から重りが外れたように、呼吸が楽になる。だが油断はできない。今日はまだ科目が残っているし、勝負は最終日まで続く。
午後の科目も淡々とこなし、その日の試験がすべて終了した。帰り支度をしていると、廊下で千夏が手を振ってきた。
「お疲れ様!」
「そっちもな」
雫もにこやかに頷き、二人揃って「明日も頑張ろうね」と声をかけてくれる。その声に背中を押されるように、俺は教室を出た。その日の空は、やけに澄んで見えた。
***
家に帰ると、涼花が作ってくれただろう予想問題がリビングのテーブルに広がっていた。用意してくれたプリントには、これまでの傾向から苦手とする分野が徹底的に詰め込んであった。問題ごとに小さなメモが添えられていて、考えるべき視点や解き方のヒントが短く書き込まれている。
付箋でヒントと隠してくれている辺り、自力でどこまで出来るのか試したいと意力が湧いてくる。そうして問題を読み解きながら、迷うごとにヒントを見させて貰う。そうして、涼花が返ってくるまで俺は、時間を忘れてペンを走らせるのだった。
そんな風に一日ごとに対策をしていく中でいよいよ、最終日がやってくる。これまでの3日間中々に骨が折れる問題もあった。それでも、焦らずに出来たのは、先輩を含めて義妹のサポートがあったからだった。
どこか落ち着いた気持ちのまま入った教室は普段以上に静まり返っていた。シャーペンが机に当たる音、ページをめくる音がやけに鮮明に響く。残り3教科だからこそ、みなの集中も最大限に高まっていく。
そうして迎えた一科目、二科目と順調に進んでいく。それでも最終科目である数学Aではやはり考えさせられる問題がある。ふっと息を吐き、落ち着かせるために見上げた先に見えるのは、夢咲さんと有明の集中して問題に取り組む姿。その姿に、にっと笑いつつ、再度問題に目を落とした。
この問題に掛けられる時間は5分以内、そう目安をつけて格闘する。どの黒玉も隣り合わない条件は……そういってパターンを書き出していく。(1)の回答も応用し、答えは……そう細分化し、計算して答えを導き出した。
時間にして4分と少し、想定内ではあるものの、他の問題にしわ寄せはいっている。俺は急いで他の問題を解き進めていき、残り30秒で全ての問題を解き終える。
サッと全体を見渡し終え、チャイムが鳴ると同時に肩の荷を下ろした。ほんと、数学とかになると問題数が多いのがネックだよななんて思いつつ、どこか達成感が湧いてくる。
『それでは問題用紙を後ろから回収して』
という言葉で前の席に答案を渡していく。先生が答案用紙を確認し、教室を去ったことで教室の雰囲気がぱぁっと明るくなる。
「終わったー」
「この後打ち上げ兼答え合わせしようぜ」
「この問題どうだった?」
なんて、三者三様の言葉が飛び交い、あちこちで笑い声と互いを労う声が聞こえる。でもみんな、どこか達成感を感じているようだった。その雰囲気はどこか明るい。そんな雰囲気をクラスの後ろの方から見つつ、夢咲さんの方を見つめる。
彼女は相変わらず周囲のことなんて気にしていなかった。そんな彼女に俺はまだ声を掛けることはできずにいる。それでも近づいてくる人はいる、白峰さんだった。
「これがあなたの見たかった光景?」
隣にすっと近付いてきた彼女が静かに問いかけてくる。
「どういうこと?」
なんてとぼけると、呆れたようにため息を吐く。
「桜への厳しい視線を減らして、試験に集中しやすくすること。なにより、クラスの人達の中も仲良くさせて、どこか明るい雰囲気にする。ライバルではなく、共に乗り越えた戦友って意識させるためでしょ?」
その指摘に俺はふっと笑みを零す。その視点を持っているってことは、彼女もまた俺の意図に気付ているという事だから。
「たまたま上手くいっただけだよ。それに白峰さんが協力してくれたんでしょ?同学年のことも……」
そう話すと彼女は目を見開きながらこちらを見つめる。
「……ほんと、読めないわね。あなたは……でも」
「うん、まだその輪に入ってない人がいある。だから終わっていない」
「そうね、あとはあなた次第だもんね」
なんて、どこか悪戯っぽく俺の方を告げる。それでも少しの不安も見せないのはどこか信頼してくれているからだろう。それが少し嬉しい。そんな軽い会話を交わして彼女は去っていく。
(……やっぱり、夢咲さんの事気にかけてるんだな)
なんて白峰さんの方を見て少し嬉しく思った。その日は千夏たちと軽く会話をして家に帰る。
「お兄ちゃんどうだった?」
「悪くなかったよ。あとは返却待ちだな」
「そっか。じゃああとはゆっくり休んで」
そう義妹に言われて、やっと俺は肩の力を抜いて一息をつく。そうして目をつむり、頭は再起動させる。勝負の結果と、その後クラス、雰囲気はどうなるのか、どう対応しないといけないのか。そうして、万が一 負ける可能性を考えた時に、どうしようかと思考を巡らせながら翌週を迎えるのだった。




