第28話 ただこの光景を楽しむ
「でも大翔君すごいね。バレーでも活躍して、フットサルでも最後決めちゃうなんて」
「本当本当。どこにそんな体力あるの?」
教室のあちこちから、そんな明るい声が飛び交う。球技祭が終わったばかりの教室は、まだ熱気が残っていた。机を囲んで笑い合うグループ。試合の動画を見返して盛り上がる男子。興奮気味に感想を語る女子たち。
「笹野君も結構動けたよね。中学でサッカーやってたとか?」
「いや、ちょっとだけだよ」
なんて照れながら笹野は応えていた。そしてなぜかこちらを少し窺う様に見る。どうしてお前は何も言われていなのかという風な感じだ。そんな彼らの姿を、俺は微笑みながら見ていた。
そりゃ……あんなことがあった直後なら話けずらいのも納得だ。千夏たちをせめていた女子の大半は気まずそうに俺の方を見ていて、千夏たちもまた変に刺激しないように、気まずそうにしているのが見える。当然。話しかけづらいと思われていても不思議じゃない。
なら、こっちから踏み込まなきゃいけないよな。別に敵意があるわけじゃないって。ちゃんと態度で見せないと。
「だろ?俺の大翔はすげぇだろ」
女子に囲まれている大翔の肩を組んで、わざと軽い調子で言ってみせると、女子たちが一瞬だけびくっと肩を震わせて僅かに緊張感が走った。俺の顔を窺う様に見つめる中で俺は告げる。
「でも、白峰さんも流石だよね。ちょっとしか試合は見れなかったけど、先輩を圧倒する程活躍してたし、綾瀬さんも周囲を見てフォローしていた。田中さんも……」
なんて、ちゃんと見ていたことを伝えるように言う。すると二人は少しだけ驚いた顔をして、それから安心したように表情を緩めた。
「そういう連こそ、先輩二人圧倒してたじゃん。もしかして、中学はサッカー部だった?」
「いや。自主練しただけかな。体育でやる競技に関しては予習を含めてやってたからその延長線だよ」
「それで何でも出来るのがおかしいだよねほんと」
なんて、呆れたように笑われる。それに俺も冗談半分で告げた。
「いやいや。さすがにサッカー部のエースが相手なら止められる自信ないよ」
「止めるのがエースってのがおかしいでしょ!!」
なんて、気の抜けた会話が続いて。気づけば、さっきまであった微妙な壁が、少しだけ薄くなっていくのを感じる。そんな間にある壁を壊すように俺は提案する。
「そうだ。せっかく勝ったんだし、軽くパーティーみたいなのしない?」
「お、いいじゃん」
「乗り気だね大翔、今日は部活ないからだろ?」
「そういうこと!!どうする、ファミレスとかにするか?」
「いいや、どうせならこの教室でやろう!!教室でお菓子でも広げてやろうぜ」
「そこで勝手に決めようとするな、連」
呆れた声と同時に、教室の扉が開く。振り返ると、担任が疲れたような顔で立っていた。けれど、その口元は少しだけ笑っている。
「……まあ、今日は特別だしな。許可する」
「マジ?」
なんて女子の声が上がる。それに渋々頷きながら、
「それとほら、これは差し入れだ」
そう言いながら担任は、コンビニ袋を机の上に置いた。中にはジュースが何本も入っている。
「一人一本ずつ好きなものを選べ」
一瞬静まり返ったあと。
「うおおおっ!」
と男子の方がテンション高く反応する。
「さすが担任!」
「さすが余裕ある社会人は違うね!」
なんて所々から上がる歓声に、担任は流すように告げる。
「そういう世辞はいいから、さっさと取ってけ」
呆れながらも追い払うように手を振る担任に、みんなが笑いながら集まっていく。その光景を見ながら。……ああ、悪くないな。なんて、少しだけ思った。
「ほら、夢崎さんたちも、先に行かないと、好きなのなくなっちゃうよ」
「……えっ、うん」
なんて戸惑いながらも夢咲さんが頷き、その手を千夏が引いていく。
「一緒にいこっ」
って。彼女を先導しながら、雫を含めて相談しながら選んでいる姿が微笑ましい。俺はそんな様子を少し遠くに移動して見ていた。
こうやって教室の雰囲気を遠くから見ているのが好きだった。全員の感情がそのまま伝わってくる。今はその騒がしい空気を鬱陶し気に見つめている彼女たちもまた、少しは受け入れてくれているようだった。
一つの行事として、思い出として、悲しい現実で終わらずにいて本当によかったと心から安堵する。同時に不甲斐なさも感じずにはいられない。彼だったらもっと上手くやっていたのだろうか……なんて思ってしまう。
「また、一人反省会ですか連君?」
「あぁ、有明がいなければ、この光景をみれなかった。いつもありがとな」
「いえ、それが僕にとっての生きる意味の一つですから。君が人の輪に入れてくれて、素敵な彼女と出逢えた。その恩を僕は返しているだけです」
「それでいうなら、俺が貰い過ぎている気もするけどね」
「ふふふっ……」
それに有明がどこか嬉しそうに笑う。「ホントブレませんね」なんて楽しそうだった。
「連はいつも誰かのためにしか動いてないじゃないですか?」
「そうか?俺は理想とする自分であり続けるために、不器用ながら進んでるだけだよ」
「えぇ、そんな風に、一歩ずつ踏み出すあなただから、僕は応援してるんですよ」
そんな俺の背を叩く。
「ほら、一番の功労者があの場に入らなくてどうするんですか?」
「あぁ、行ってくる」
有明に背を押されながら俺もあの場所に交ざっていく。今はただ、この時間を心の底から楽しむことにした。




