第26話 自分が一人でこなせないことなんて分かっている
グランドに集まって次の試合を待つまでの間。当然のように集まっているチームメンバーがいた。そんな俺たちの事を見ている女子たちもいる。白峰さんのグループに所属する人。その中でもバレーで敗北になってしまった人達だ。
当然のように俺の方を見つめていて、先ほどの件を見張っているのだろう。それにしては、少し期待したように見つめているような気もするが、大方負けるのを望んでいるんだろうな。
俺はチームメンバーの方を向いて頼み事という名の協力をお願いする。
「悪いんだけど、ちょっと優勝しないといけない理由ができた。だから、これから、俺にボール集めてもらっていい?」
その言葉に、一瞬だけ空気が止まった。周囲を見渡しながら、クラスの女子が来ているのを確認する。それと、他クラスの女子たちを確認して呆れたように告げる。
「いやいや、あの程度しか動けない鏡に、何ができんだよ」
と、返答する。確かにこれまでの試合で、俺はほとんど目立っていない。シュートを決めたのも一回だけだし。基本はパスとディフェンスを中心に無難にこなしていた。
だからこそ、その反応は当然だった。女子が見ている中で、わざわざ自分をアピールできる機会を損失したくないんだろう。今は、夢咲さんも見ている事だしね……
だが、そんな中で、一人だけ俺の肩を持ってくれる人がいる。
「俺はいいと思うけど。さっきもみんなで相手チームの試合を見てたけどさ、このままじゃどうせ負ける。一方的にやられる姿をさらすよりは、連にかけてもいんじゃない?失敗しても連が玉砕される最初の犠牲者になるわけだし」
「……」
その言葉にチームメンバーは考える。体力測定で注目を集めていた俺が、無様にやられる姿を。そして、そのなかで善戦する自分を想像したのだろう。少しにやけている。
「まぁ、それもそうだな。ただし、失敗したら、ちゃんとディフェンスに専念しろよ」
「あぁ、わかってる。ただ、みんなもシュートは狙えよ。ちゃんと、適切な場所にパスをだすから」
「はぁ?……まぁいいけど」
半信半疑のまま、試合が再開される。俺は中盤、ミッドフィルダーのような位置に立ちながら、ゆっくりと視線を巡らせた。
これまで、俺は目立たないようにドリブルをきちんとしていない。そんな俺が先程のように、パスコースを探すように考えるために、視線を上に上げる。
当然のようにボールが少し無防備な位置にあるのを察した敵チームが勢いよくプレスをかける中で、俺は軽くボールをタッチし、股抜きと同時に相手を抜く。その勢いで走るもののそれでもまだパスを疑っているのだろう、中央の少し右が空いていた。
その間を抜けるように加速する、慌ててフォローするように入ったディフェンダーを躱す。キーパーの前で視界を遮るように立っているディフェンダーを確認した俺は隙をついて俺はシュートを放つ。
視認しずらくなっていたお陰もあるのだろう。一瞬反応に遅れたキーパーが飛び込むものの、蹴ったボールがゴールに突き刺さり、そのまま、ネットを大きく揺らした。
そこに静寂が訪れた。相手チームも、クラスメイトも、呆然とした顔で俺を見ていた。一人を除いて。
「いや、詐欺だろ……」
頭を抱えるように呟いたのは笹野だった。彼だけは一緒に特訓をしたので、知っている。俺が、ずっと手を抜いていたことを。
そんな、次のプレー。今度は露骨に、相手の視線が俺を警戒していた。さっきの突破。あれで完全に警戒対象になったらしい。だからこそ、使える。
俺がダッシュでプレスをかける。俺を警戒しすぎていたのだろう。反応が少し遅れた相手のトラップした瞬間を狙って、笹野がボールを奪う。そのタイミングを狙ってダッシュした俺に視線が集まる中で、彼は仲間にパスを出す。ボールをもらった長野がそのまま一気に足を振り抜いた。
そのボールはネットに吸い込まれるようにして、ゴールを奪った。
「……っしゃぁ!」
と長野が拳を握る。その表情には、驚きと興奮が混ざっていた。
「今のエグいっすわ……」
「ナイスゴール、長野」
俺がそう声をかけると、彼は少し引きつった笑みを浮かべる。
「いや、どう見ても連のおかげでしょ……」
でも、周囲から見れば違う。俺たちのやり取りが分からない人からすると、長野が上手く抜け出した。長野が決め切った。そう見えるように俺は途中で失速するように動いていた。
実際、女子たちも「今のすごくない?」と長野の方を見ていて、本人もまんざらでもなさそうだった。
それでいい。チームスポーツは、一人が気持ちよくなるより、全員が乗った方が強い。その後も試合の流れは完全にこちらへ傾いた。
長野が二得点。
ササノが一点。
俺が一点。
計四対二。
そのまま俺たちは準決勝を抜け、決勝まで勝ち上がる。……まぁ、その相手がかなり強いんだけどね。
「相手、終わってんな……」
誰かが乾いた声で呟いた。視線の先。そこにいたのは、宮原先輩と葛西先輩だった。このフットサル大会でも、頭一つ抜けている二人。
特に宮原先輩は厄介だ。身体能力だけじゃない。試合勘も、駆け引きも、全部上手い。そんな相手との試合が始まると。まずは俺にボールが託された。だからこそ。
「……まずは中央突破かな」
小さく呟きながら、目の前にいる宮原先輩を見つめる。
「へぇ」
余裕のある笑みを浮かべる彼は完全に、一対一を楽しんでいる顔だった。周囲も連動する。仮に抜かれても対応できるよう、カバー位置へ入っていた。
ちゃんと強い。でも――。
俺はボールを細かく触りながら、相手の重心を見る。右。いや、違う。この人は、一回速度に反応した後、回り込みながら潰してくるタイプ。なら。一歩目で揺らして、すばやく返す。瞬間。俺は一気に加速した。
「っ!」
まさか、精巧な技ではなく、フィジカルで突破すると思ってイアン勝ったのだろう、彼の反応が遅れた隙を狙い、そのタイミングで切り返す。鋭く反転し、抜ける際に宮原先輩の目がわずかに見開かれた。
さらにフォローへ来た二人も、勢いを利用して置き去りにする。次の瞬間には、もう右足を振っていた。
「は――?」
ディフェンダーが反応するより速い。低く鋭いシュートが、ゴールネットへ突き刺さる。一点目。静まり返るコートの中。
宮原先輩が、呆れたように笑った。
「……いやマジ、お前何者だよ」
呆れたように笑いながら、それでも視線は鋭い。敵チームの先輩たちも、感心したように俺を見ていた。
「これでも俺たち、中学じゃジュニアユースいたんだぜ?それを抜くとか、普通に意味分かんねぇわ」
そんなふうに言いながらも、彼らの表情に焦りはない。むしろ、自信だけがあった。負けるわけがない。そう言っている顔だった。
――その意味を、すぐに理解することになる。
「葛西、二枚で見るぞ」
「了解」
次の瞬間から、空気が変わった。俺にボールが入る。その瞬間、宮原先輩と葛西先輩が同時に距離を詰めてくる。
二人がかり。しかも、ただ囲むだけじゃない。
パスコース。
ドリブルの逃げ道。
味方との連携。
全部を潰しに来る。
「っ……」
抜けられなかった。きっと一人ならいける。でも、二人が完璧に連動していた。俺を止めることだけに集中している。当然、味方へのフォローは簡単にできない。それでも向こうの守備は固い。こちらが攻め切れないまま、逆にカウンターを通されて点を決められる。
「ナイス!」
「もう一本!」
そんな歓声が相手から上がり、勢いに乗った相手が追加点を入れる。気づけば、スコアはさらに離されていて。コートの内の空気が重くなる。
「……やっぱ先輩たち強ぇな」
「連でもどうしようもないのかよ……」
そんな声が漏れる。その中で、宮原先輩が息を吐きながら俺を見る。
「お前、確かにかなりヤバいよ」
でも、と。
「サッカーはチームプレーなんだ」
そんな風に宮原先輩も苦笑する。
「悪いけど、球技祭のフットサルだけは、俺たちガチだから」
「悪いな」
その言葉に、俺は小さく笑った。
「いえ、そんなこと。最初から分かってますよ」
俺は、自分が万能じゃないことを知っている。一人じゃ勝てないことも。自分の弱さも。誰より理解している。だから。俺は待っていた。この状況を変えてくれる、“ヒーロー”が来るのを。




