第1話 便利屋−①
財を持つこと、それこそが罪。
世界有数の経済力を持つ国、バールゲルト。
多くの企業や流通システム、公的サービスを抱え、大都市そのものが国家となっている。
総人口の5割が莫大な資産を持つ富豪の国だ。
そんな国だからこそ、犯罪というものは起こりやすい。窃盗、殺人、テロ行為などは日常茶飯事で、朝でも夜でも治安は乱れる。国民は心のどこかで自分が被害者となる恐怖を常に抱いている。
だがその秩序を乱す者は厳しく取り締まられてきた。特に国一番の発生件数である殺人は、捕まれば即刻死刑の重罪だった。
だが数年前とある制度が導入されてからは、そのルールが国を支配することはなくなっていた。
ある年、車を運転していた少年がいきなり道路に飛び出してきた人を轢き殺してしまった。少年は現行犯で逮捕され、犯行も認めた。彼の運転には少しの問題もなく、どう考えても飛び出した側に非があった。しかし人を殺めたことに変わりはなく、彼はそのまま処刑された。
これには彼の遺族や世間も黙っていなかった。元々死刑制度に反発心を持っていた人々が結託し、撤廃を求めるテロを起こした。その規模は凄まじく、敵も味方も関係なく何人もの血が流れた。三日三晩暴れに暴れた結果最終的には政府に鎮圧されたが、この事件は国の歴史に大きく爪痕を残した。
それから数年後、死刑制度は相変わらずだったが、撤廃に対する懐柔案が発表された。
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部外者の侵入を拒むような漆黒のドア。洒落た造形をした金のドアハンドル。
ただ店としての体裁を保つ為だけに仕方なく拵えたような、でもどこか品のあるドアプレートにはこう書いてあった。
「便利屋・HANDED」
駅からはかなり離れ、金持ちがこぞって住んでいるような住宅街を抜けた先、無数の細い脇道を幾度も曲がるとそのビルは現れた。
こじんまりとしていて、新築のようだが一階と二階以外テナントは入っていない。
しかも驚いたことに袖看板どころかフロアの案内板すらない。これでは窓の明かりからしか店舗の有無を推測できない。
手製のメモサイズの地図だけでは心もとなくスマホのマップで検索しながら来たが、そもそもこんな辺鄙な場所では辿り着ける人はまずいないだろう。
中に入ってみると一階はどうやら雑貨屋か何からしい。営業中のようだが客がいる様子はなくしんとしている。しかし用があるのは二階の方だ。
自分で調べた訳でもなく知り合いに薦められてやって来たが、本当にここで大丈夫なのか不安になってきた。
どんな人間の依頼でも引き受けてくれる便利屋らしいが、そんなものまやかしなのではないか。ましてや自分のような人間の依頼なんて。
だがその知り合いは信頼できるはずだ。それに自分にはもうここしか頼れるところが無い。
差し出された藁に死に物狂いで縋り付く、もうそれしか生きる術が無いのだ。
意を決して真っ黒な重々しいドアを数回ノックする。
音が響くような事はなく、扉に吸い込まれるように消えていった。おそらく中まで聞こえてはいなかっただろう。その証拠に数分待ってみても返事は無かった。
よく見るとドアの横にドアベルが付いていたので、今度はそれを押してみる。リンゴーンという古めかしい音が鳴ったので少し面食らった。
するといきなりガチャ、という音がした。思わず飛び退きそうになったが、身構えても誰かが出てくる気配は無い。今のはドアが解錠された音に間違いないだろうが、勝手に入れという事なのだろうか。
おそるおそるドアハンドルに手をかけ、ゆっくりと押した。
ドアは思ったよりスムーズに開き、中に入るとひとりでに閉まった。そしてまたガチャ、という音がしてドアは施錠された。一応中からドアを押してみたが、やはりびくともしなかった。
部屋の中はオレンジ色の照明が点在し、清潔感のある白い壁に、三人は横並びできそうな広い廊下が続いている。部屋のつくりや装飾の一部一部にそれなりの金がかかっていそうだ。靴を脱ぐ場所もなさそうなのでとりあえず土足で進む。
廊下の先にはまたドアがあり、嵌め込まれた磨りガラスから中の様子が伺える。おそらくここが事務室か応接間らしい。先程の反省を活かして少し強めにノックをしてみる。
「、、、どうぞ」
女の声がした。こちらを歓迎するような雰囲気は無く、無関心ともいえる声色だ。一体どんな人がいるのだろう。
警戒心は解けず、できるだけこちらの顔色を伺われないように表情を固めてドアを開けた。
「えっ」
なんとそこにいたのは高校生くらいの女の子だった。
ソファに腰掛けローテーブルに置いたパソコンに向かっている。目線は手元の資料に向けながら、左手でキーボードをしきりにいじっている。なかなか見事なノールックタイピングだが、こちらを見るとなぜか自分と同じように驚いた表情をした。隠すように資料を裏返しにしてテーブルの端に寄せる。
「、、、ようこそいらっしゃいました」
襟を正しにこりと可憐に微笑む少女。その笑顔はもちろん営業スマイルだ。変わり身の速さに驚いた。
だが何より驚いたのは少女の見た目だ。赤毛の混じった長い黒髪を二つの団子にし、赤い十字架の髪飾りをつけている。肩と腹部が大きく開いたワンショルダーのトップスに、白いミニスカート。赤い網タイツ。そしてメタリックな首輪と腕輪。いわゆるパンク系な出で立ちだ。知り合いにこういったファッションを好む連中はいるが、彼女もその一人だろうか。
だがその奇抜な格好のインパクトを軽く帳消しにする程、ここらでは類を見ない美少女だ。目が大きくまつ毛が太く長い。通った鼻筋に小さい唇。一つ一つが完璧に整ったパーツが寸分の狂いもなく顔に配置されている。まるで人形のような作り物めいた美しさだ。自分の知るどんなアイドルや女優でもこの美貌には到底太刀打ちできないと思った。
「本日はどのようなご用件で?」
こちらの内心に気づく素振りもなく、少女が用向きを尋ねる。
色々戸惑うことはあるが、聞かれたからにはもう引き返す手は無いだろう。
「依頼したいんです。僕を、、、守ってほしいんです」
「守る?何からですか」
少女が首を少しかしげて聞き返す。
「、、、あいつらから。なんとしても、絶対に」
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(完全に油断してたわ、、、。泥棒だったらどうするのよ)
笑顔を貼り付けたまま、少女・アグリーは自分の警戒心の緩みを反省していた。
インターホンを鳴らされてもモニターを見なかったから依頼人かどうか判別がつかず、少女はてっきり鍵を忘れた仲間が帰ってきただけかと思い、遠隔で鍵を開けてパソコン作業に集中してしまっていた。
元々呼び込みもせず、人づてに紹介されなければここにそんなに客は来ないのだ。
「あたしはアグリー。あなたのお名前は?」
気を取り直して自己紹介をする。
黒髪のマッシュボブに青いベストを着た青年は上目遣いでこちらを見た。
「僕はバイス・デリーデルといいます。十八歳です」
その名前には聞き覚えがあった。
「デリーデル?あのデリーデルズ・ホテルの」
「ええ。父が社長なんです」
デリーデルといえばこの都市で数多くのホテルを構えている経営者一族の名だ。その御曹司ということはそれなりの資産を持っていることだろう。そんな地位の人間がただの客として来るのは珍しい。
「そのせいか良くない連中から目をつけられているようで、この前からずっと尾行されているんです」
「誘拐して身代金を要求するつもりとか?ああ、例の制度のせいで、、、」
「そうかもしれませんし、襲ってお金を奪おうとしているのかも」
その状況を想像して怯えたように目を伏せる青年。金持ち息子にしては気弱なようだ。慣れない場所のせいか、さっきから目線がせわしなく落ち着かない。
アグリーの脳裏に彼によく似た人が浮かんだ。気性がそっくりだ。外見はまったく似ていないが。
「どうか助けてください。もうここしか頼れないんです。えっと、父は厳しい人だから相談にのってはもらえないでしょうし、、、」
「ご自分でボディーガードを雇われては?それくらいの事は出来るでしょ」
「それは、、、」
別に仕事を断るつもりはないが、気になったので聞いてみた。見ず知らずの人間に自身の警護を頼むなんて、余程の危機的状況じゃないと発想に無いだろう。
何か雇えない理由があるのだろうか。青年の顔に影がさし始めた。
「ま、前に雇ったボディーガードは、弱くて役立たずで、お金だけは要求してくるような奴だったので。自分では何もしないくせに僕に責任を押し付けて、、、」
「、、、」
「二度と会いたくもない、お前みたいな奴」
青年は急にブツブツと恨み言を吐き始めた。人前ということを忘れているようだ。
アグリーはなんとなくこの男の性格が分かってきた。
青年はアグリーの視線に気づき、はっとして表情を取り繕った。
「あっ、だ、だから、便利屋さんに守って欲しいんです。お願いします、報酬はきちんと払うので」
頭をこれでもかと下げる青年を見つつ、アグリーはテーブルの下でこっそりメッセージを打っていた。
「守るっていうのは、ボディーガードみたいな事ですよね。具体的にはどのようにすればいいんですか?」
「えっと、もし不良に襲われそうになったら助けてもらいたくて。あと、出来る事なら捕まえて、二度と追いかけてこないように、なんていうか、、、」
「脅す?」
アグリーはなんてことないように彼の言いたかった言葉を端的に表した。逆に青年のほうが呆気にとられる。
「え、ええまあ、、、」
「警察には?相談しましたか」
「い、いや、そこまで大事にはしたくなくて。あの、僕の立場的にまずいと言うか」
「ああ成程」
その理由は腑に落ちた。地位が高い人間ほどそういう事は気にする。
「ちなみに、ここをどうやって知りました?」
正直そこが一番気になっている。青年は予期せぬ質問に面食らったようだが、すぐに知り合いから教えてもらったと答えた。
「知り合い?」
「あ、えっと、ちょっとした友達っていうか、たまに一緒に遊ぶ子で。チラシとかは無いって言うから地図を描いてもらったんです」
青年はポケットからメモ用紙を取り出した。それはそれは丁寧にこのビルまでの道のりが記されていた。
そこまで正確に地図が描ける程ここに詳しい人間がいただろうか。まあ地図アプリで検索できないこともないのだが。
そんな時丁度届いた返信を見ると、アグリーは居住まいを正して依頼人に向き合った。
「わかりましたバイスさん。そのご依頼、お引き受けします」
「本当ですか!ありがとうございます、助かります」
ぱあっと笑顔になった青年を見つつ、さっきまで使っていたものとは別のスマホを取り出した。
「では早速、明日捕まえましょう」
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「まだ聞き出せねぇのかよ」
少年はイラつきのあまり持っていた缶コーラを地面に叩きつけた。残っていた中身がぶちまけられ、コンクリートの地面に大きなシミができた。
「いつも逃げられちまうんだよ。どこに行ってんのかはわかんねぇけどな」
「あいつの家ってどこなんだよ、絶対そこにいるだろ」
「知らねぇよ、教えられたことねぇし」
少年は舌打ちをした。どいつもこいつも使えない。
その様子に怯えた仲間が、慌てて口を開く。
「クロドアに聞いてみたけどよ、あいつも口がかてぇんだよ。一番バイスと付き合い長えけど、俺らとはノリが合わなかったろ。信用してねぇんだ」
「そもそもあいつが金持って逃げたって話はマジなのかよ」
「ああ、間違いねぇぜ。状況的に可能なのはあいつだけだって言ってた」
信用できる、と仲間が頷きあう。タレコミをしたのは”彼”だが、確かに疑いようがない。
たまり場の共用金庫からごっそり金が無くなっていた日、アリバイが無かったのはバイスだけなのだ。
なんとしても奴から取り返さなければ。
「わかった。明日、必ず奴を捕まえて場所を吐かせる。俺も行くぜ」
「間に合うか?」
「間に合わせるんだよ。それしかねぇだろ」
少年は立ち上がり、缶を勢いよく踏み潰した。




