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第一話 婚約破棄の舞踏会

——これは、夢だろうか?


浅井凱斗には、目の前の光景がどうしても信じられなかった。


夢でなければ、異世界への転生だ。


だが、この景色には、どこか見覚えがある。


——どこかで、見たことがある。


頭上に広がる金色の穹頂には、十二体の巨竜がそれぞれ異なる姿で描かれている。


水晶のシャンデリアからは数十本の蝋燭が吊り下げられ、広間全体を白昼のように照らし出していた。


空気には、蜂蜜酒と薔薇の香りが漂っている。


凱斗の周りでは、黒と赤の礼服に身を包んだ者たちが、思い思いに談笑していた。


聞こえてくる言葉は、日本語ではない。


それなのに、意味はすんなりと頭に入ってくる。


凱斗は遠くへ視線をやった。


白を基調に銀の刺繍が入った制服の集団。


黄色に金の装飾をあしらった服を着て、窓辺でひそひそと話す集団。


思い出した。


この衣装、この会場の意匠——


それは、昨日、徹夜で攻略したゲーム『白薔薇の血』の、あの場面そのものではないか。


ここもまた、見覚えがあった。


オフィーリア大陸の中心に位置する、聖ノーン学院の大広間だ。


クレイン王国。


アルヴィン王国。


エリア連邦。


学院を構成する三つの学級の生徒たちが、全員この場に集っている。


——ならば、“俺”は誰なんだ?


この身体の本来の持ち主は、いったい?


凱斗は自分の姿を見下ろした。


服は男性用だ。


黒と紅の組み合わせ——クレイン王国の学院制服。


地面から目の位置までの高さを目測する。


元の身体と大差ない、おそよ一八〇センチといったところか。


この身長に合致するキャラクターは、そう多くはなかったが、すぐには思い出せなかった。


この王国について、彼はさほど詳しくない。


なにしろゲーム設定上、この国は軍事主義を掲げる“悪役の王国”にすぎなかったのだから。


そう考えながら、腰に帯びた剣に目を落とした、そのときだった。


妙に、見覚えがある。


それでも、どうしても思い出せない。


剣に刻まれた紋章を認めた瞬間、凱斗はようやく自らの正体を悟った。


——ホーエンハイム家の紋章。


この紋章を持つキャラクターは、ゲーム中にただ一人しかいない。


クレイン王女専属の近衛騎士。


カレン・ホーエンハイム。


小さく息を吐いた、まさにそのときだった。


「カレン、先ほどからどうしたの? 体調でも優れない? それとも、舞踏会はあまり得意ではない?」


すぐ隣から、穏やかな女の声が聞こえた。


浅井凱斗は——否、カレンは顔を上げた。


そこに立っていたのは、腰まで届く白髪の少女。


純白の長い髪は、かすかに銀色の光沢を帯びている。


左の耳の後ろには、黒曜石でできた薔薇の飾りが一輪。


その瞳は、ひどく淡い菫色をしていた。


まるで、冷たく冷やした葡萄酒のようだ。


彼女が身にまとっているのは、一般生徒とは異なる黒紅のドレスだった。


スカートの丈は膝上あたりで、無駄のないすっきりとしたライン。


ウエストはきりりと細く絞られている。


凱斗は、この顔を覚えている。


そもそも、この顔に惹かれて、このゲームをプレイしたのだから。


ただ、現実で見るその顔は、ゲームの中で見るよりも、ずっと美しかった。


ヒリア・フォン・クレイン。


ゲーム設定において、彼女はクレイン王国の王女であり、同時に作品を代表する悪役でもあった。


「どうして黙っているの? 私の顔、何か付いている? それとも化粧が変?」


ヒリアの問いかけに、カレンはどう答えていいかわからず、一拍置いてから、ゆっくりと口を開いた。


「……いいえ。殿下の化粧に問題などございません。ただ、こういう空気に、まだ慣れておりません」


「それもそうね。我が国は、アルヴィン王国みたいに貴族礼儀作法ばかり研究している国ではないもの」


ヒリアはそう言って、少しうつむき、ドレスの裾をほんの少し持ち上げた。


露わになったのは、血のように赤いハイヒール。


血赤の宝石と、細かな金のチェーンが足の甲に渡されていて、ひどく艶めかしい。


しかし、ヒリアはそれを美しいとは思わなかった。ただ、面倒に感じているだけだった。


「本当に面倒な靴よね。これを履いていると足が痛くてむくんでくるし、歩くのも一苦労だわ」


カレンはその華美なハイヒールを見つめながら、ふと、何かを思い出した。


——そうだ。


彼は覚えている。


ヒリアが、このハイヒールを履いたのは、ただの一度きりだった。


あの“事件”の後、彼女は二度と、これを履くことはなかったのだ。


——待て。


だとしたら、今この瞬間こそが、まさに——


その日、ではないのか?


ヒリア・フォン・クレインが、アルヴィン王国の第二王子から、衆人環視のもとで婚約破棄を宣告される——


その、運命の日ではなかったか?

お読みいただきありがとうございます!

初めての連載作品なので、楽しんでいただけたら嬉しいです。

ブックマークや★評価がとても励みになりますので、応援よろしくお願いします!

面白いお話をお届けできるよう頑張りますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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