第壱話 下描き
キーンコーンカーンコーン...
6限目が終わり、曇り空の中、僕は喫茶 itoへと向かった。
「...」
最後にここを訪れたのはいつだっただろうか。
重い扉を半ば強引に押した。カランカラン...
「ん?あぁいらっしゃい!久しぶりだね。翔君。」
そう言って話しかけてきたのは、【高橋 蝋】。
喫茶 itoのマスターというやつだ。蝋は続ける。
「左奥の席が空いたからそこに座って貰えるかな」
言われるがままに左奥の席につく。
席に着いたと同時に、扉が光を差した。
カランカラン...「おぉ、先に来ていたのか。」
フウは何の迷いもなく向かいの席に着いた。
「いらっしゃいませ。注文は如何なさいますか。」
フウが着いてすぐに、若い女性店員が訪ねてきた。
「そうだな...私はアフォガードを。君はどうする?」
フウは問う。
「じゃあ僕もそれで...」
「かしこまりました。ごゆっくり。」
淡々と仕事をこなし、店員は厨房に戻っていく。
その姿を見届けてからフウは口を開いた。
「さて、これからの話をしようか。私はこれからあの事件の真実を突き止めるつもりだ。」
カバンから事件に関する資料を取り出しながらそういった。フウは続ける。
「君はどうしたい?」
昔から僕は嫌いだった。自由を命じられるのが。意志を問われるのが。だから絵も辞めた。フウは僕の様子を伺いながら続けた。
「私は君がどう答えようと私自身の正義を曲げるつもりはない。率直に君がどうしたいか答えればいい。」
「...終わった事件だ。今更何をやろうと無駄だ。」
重い口を開けて僕はそう言い放った。
「君は自分が良いと思って塗り重ねてきたキャンバスに、黒の絵の具をぶち撒けられて塗りつぶされたら。そこで諦めてしまう人間なのか?」
心がないことを言うフウに僕は何も言い返せずに俯く。フウは続けた。
「私が見てきた【日溜 翔】はそんな人間ではなかった。少なくとも中学生2年生の時まではそうだったはずだ。」
「『キャンバスは塗り重ねる程、厚みが出る。だから絵が好きなんだ。』この言葉は、当時君が私に送った言葉だ。」
僕がこんな捻くれた性格をしているのは元からという訳では無い。立花が殺される時までは、明るく...
自分で言うのも気恥ずかしいが、陽キャというものだったのだろう。
「俺は...このまま終われない。」
紛れもなく本心だった。
「お待たせ致しました。アフォガードになります。」
テーブルに2つアフォガードを配膳し、再び厨房へ戻っていく。フウはバニラアイスにコーヒーを入れ、口に運びながら僕に言う。
「それで良いんじゃないか?」
想像していた言葉よりも優しい言葉が出てきたフウに僕は驚いた。フウは続ける。
「食べたいから食べ、描きたいから描き、終われないから終わらせない。動機なんてそれで充分だ。」
そう言いながらクリアファイルから一枚のリストを僕に手渡す。
「これは?」
「平たく言えば容疑者リストだ。私もこの数年間何もしていなかった訳では無い。」
リストに書いてあった人物は5人だ。
【高橋 蝋】、【山村 茜】、【東 圭】、【林 勝】
そして、【花丸 優花】
「今なら手を引くのも間に合う。辞めるか?」
フウがからかいながら聞いてくる。
「辞めない。必ず見つける。犯人を。」
熱でバニラアイスはもう溶けていた。




