第15話 肩書きがない方が、厄介ですわ
第15話 肩書きがない方が、厄介ですわ
それは、
朝の報告から始まった。
「……ローゼンクロイツ様」
官僚が、
いつもより慎重な声で言う。
「本日の案件ですが」
「三件ですわね?」
「いえ」
「七件です」
(増えましたわね)
⸻
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツは、
机の上の書類を見下ろし、
静かに眉をひそめた。
・国境調整
・交易規則の例外判断
・宗教衝突の仲裁
・市場価格の是正
・職人組合の内紛
(……これ)
(女王の仕事では?)
⸻
「確認しますわ」
彼女は、
きっぱりと言った。
「わたくし、
何の肩書きも
持っておりません」
官僚は、
深く頷く。
「はい」
「そのため」
「どの部署にも
偏らない判断が
可能です」
「……それ、
褒め言葉ですの?」
「最大級の」
(最悪ですわ)
⸻
王城の廊下。
貴族たちが、
遠巻きに視線を送っている。
だが、
声はかけない。
「……声を
かけてきませんわね」
「はい」
「判断を
委ねるとき以外は」
(便利な存在)
⸻
アレクシス王太子が、
書類の束を抱えて現れる。
「……君」
「最近、
王家より
仕事しているな」
「殿下」
エリザベートは、
即答する。
「それは
王家の問題ですわ」
「ぐう」
(正論)
⸻
昼。
市場からの陳情。
「説明は?」
「不要です」
「ローゼンクロイツ様が
来た時点で
結論は出ています」
(出していません)
⸻
午後。
隣国との会談。
「この件、
どう判断されますか」
「“女王として”
ではなく」
「ローゼンクロイツ様として」
(肩書き消滅)
⸻
黒薔薇会。
「……エリザベート様」
マルグリットが、
おずおずと言う。
「最近……
“役職なし最終判断者”
って呼ばれてます……」
「それ、
ほぼ神では?」
「違いますわ!」
即座に否定した。
⸻
クレアが、
冷静に分析する。
「肩書きがないため、
責任転嫁が
不可能です」
「誰も
あなたを
利用できない」
「結果、
あなたしか
残らない」
「……論理が
残酷すぎますわ」
⸻
その日の夕方。
評議会。
「本件は、
ローゼンクロイツ方式で
処理されました」
「異議は?」
「ありません」
(即決)
⸻
エリザベートは、
椅子にもたれ、
天井を見上げた。
「……おかしいですわね」
「女王を拒否すれば、
楽になるはずでしたのに」
「肩書きがない方が、
重いなんて」
⸻
その夜。
日記。
《肩書きを
捨てました》
《結果、
全権扱いです》
少し考え、
こう書き足す。
《悪役令嬢は、
自由であるべき》
《……自由とは?》
ペンを置き、
小さく呟く。
「……悪役って」
「責任から
逃げられない
役でしたの?」
⸻
翌朝。
王城の通達。
《重要案件については、
従来通り
ローゼンクロイツ様の
判断を参考とする》
肩書きは、
書かれていない。
だが。
誰も、
彼女を
無関係だとは
思っていなかった。




