特別編――悪役令嬢になりたくて。今度こそ悪役を演じてみせますわ(夢)
この特別編は本編とは異なる IFルート(夢) です。
エリザベートが
「自ら殿下との婚約を破棄し、真の悪役令嬢になりたい」
という本心だけを叶えた世界。
本編では絶対に実現しなかった
“自らの手で婚約を破棄する”
という大事件を、夢という形で描きました。
しかし――
夢の中でさえ、殿下はエリザベートを手放さない。
悪役ムーブを完遂したはずなのに、
愛で上書きされるという、
本編同様の“運命のバグ”が炸裂します。
「悪役令嬢になりたかったのに、なれない」
その哀しみと可笑しさ、
そして殿下の愛の重さを楽しんでいただければ幸いです。
特別編――悪役令嬢になりたくて。今度こそ悪役を演じてみせますわ(夢)
それは、夢の中の出来事だった。
私は、殿下からの公開プロポーズを受けた日の夜、
眠りについた瞬間──
不思議な“もうひとつの未来”へと落ちていった。
そこは、あの日の式典会場。
人々は息を呑み、殿下はまっすぐに私を見つめていた。
「エリザベート。
私は──君を王妃に迎えたい」
本編では、ここで私は口をつぐみ、
歓声に飲まれていった。
だが、この夢の中の私は違った。
(……来たわ。
本当に最後のチャンス……!
この場で“婚約破棄”を言えば……
本物の悪役令嬢になれる……!!)
胸が高鳴った。
身体が震えた。
殿下の手が、優しく私へ差し伸べられる。
その指先を前に──私は扇子を開き、ぱちんと音を鳴らした。
「お断りいたしますわ、殿下」
会場が凍り付いた。
私はゆっくりと微笑んだ。
今までで一番、悪役令嬢らしい笑みを。
「殿下との婚約──
このわたくしから、一方的に破棄させていただきます」
その瞬間、ざわめきが爆発した。
「えっ……エリザベート様が……!?」
「こ、婚約破棄を……逆に……!?」
「殿下に……!?」
殿下は驚愕の瞳を見せた。
あの冷静な殿下が、初めて感情を露わにする。
「……エリザベート。
何を言っている……?」
「殿下のような方は、
もっと素直で可愛らしいヒロインにお似合いですの」
私は扇子を口元に当て、上品に笑ってみせた。
「わたくしの“悪意”など、
殿下の近くに置いても迷惑でしょう?」
(来た……! 来たわ!!
悪役令嬢っぽい台詞!!
人生で初めてまともに悪役できてますわ!!!)
会場がさらに騒然とする。
「エリザベート様、そんな……!」
「本当に悪役令嬢に……?」
「殿下はどうするんだ……!?」
殿下はまっすぐ私を見つめ、
低く、震えた声で言った。
「……エリザベート。
自分から……婚約を破棄するなど……」
「ええ。
殿下との未来を捨ててでも──
わたくしは“悪役令嬢”になりたいのですもの」
殿下の瞳が揺れた。
怒りとも悲しみともつかない光が宿る。
「……君は、本当に……それでいいのか?」
「もちろんですわ」
私は堂々と背を向けた。
その瞬間、私の心は震えていた。
(ああ……ついに……!
ついに私は悪役令嬢になれた……!
誰にも理解されない存在……!
断罪されるべくして、己の道を選ぶ……!
これこそ……これこそ私の夢……!!)
だが──
その背に殿下の言葉が刺さる。
「……エリザベート。
それでも……私は君を愛している」
(………………え?)
「婚約を破棄されようと、拒まれようと──
私は君を追い続ける」
(……え……? なんで……こわ……)
「君が望むなら“悪役”でも構わない。
君が自分をどれほど貶めようとも……
私は、君を手放すつもりはない」
(えぇぇぇぇぇぇ!?!?
夢の中でも追ってきますの!?
悪役令嬢ムーブをしてもなお愛を貫かれるの!?
これ、どうやって悪役になればいいのよ!!)
殿下は一歩ずつ、私の背中へ近づいてくる。
「エリザベート。
婚約破棄をしようとも──
私は君の“悪役の隣”に立とう」
(隣に立つな!!
悪役と殿下が並んでしまったら、もう悪役じゃありませんの!!
ただの最強夫婦ですのよ!!)
「君が望む未来へ。
君がどんな道を選ぼうとも。
私は──君と共に歩む」
(なんでぇぇぇぇぇ!!
夢の中くらい悪役やらせてよぉぉぉぉ!!)
私はその瞬間、
恐怖にも似た感情で叫んだ。
「わたくしの夢がぁぁぁぁぁ!!!」
その声と共に、
夢の世界は白く溶けていった──。
***
目覚めたとき、私は布団の上で泣いていた。
「……夢、だったのね……」
(……夢の中でさえ、私は悪役令嬢になれませんの……?
どこまで妨害されるの、わたくしの悪役願望……)
でも──
ほんの少しだけ、胸が温かかった。
(……殿下……夢の中でも……わたくしを追ってきますのね……)
悔しいのに、嬉しい。
嬉しいのに、腹が立つ。
(……あぁもう……!
悪役令嬢って……こんなに難しいものなのね……)
私は枕に顔を埋めながら、
小さく呟いた。
「……それでも、悪役令嬢になりたいですわ……」
だがきっと、
その夢はまた殿下に阻まれるのだろう。
夢でも、現実でも。
彼はいつだって、私の“願望”を壊して、
“幸せ”に変えてしまうのだから。
お読みいただきありがとうございます。
この特別編は
“エリザベートの本心が暴走した時、何が起こるのか”
を描いた、完全なる IFとしてのご褒美回 でした。
・婚約破棄を宣言するエリザベート
・理解不能だと震える殿下
・悪役令嬢ムーブ、夢の中でついに成功
……と思いきや、
最後はやっぱり殿下の愛が勝つ。
夢の中でまで悪役になれなかった令嬢
というオチは、
本編を読んできた読者への“ご褒美の皮肉”でもあります。




