初めての戦闘
【19】
そこからも緊迫感のある道中だった。今のところまだ敵に遭遇してはいない。だがしかし、傷を負った通行人とすれ違う頻度も増えてきた。おそらくモンスターが多くなってきているのだろう。いつモンスターと出会ってもおかしくはないというこの状況が俺にとって恐怖感となって襲いかかってくる。
「意外とモンスターと遭遇しませんね」
そんなことを言いながら隣のセフィアは相変わらず平気な顔で歩いている。だが俺は神経をすり減らしながら、均されていない砂利道を進んでいた。
立て看板が見えた。
「《リベルトの街まであと三キロ》と書いてあります」
俺は文字がまだ読めないのでセフィアに読んでもらった。
「あと三キロか、ここまでだいぶゆっくりきたが夕方までには着きそうだな」
「はい。早く街について宿を探しましょう」
そう言って俺たちが再び歩き始めようとしたその時──
ゴゴォ‥‥‥
後ろから聞きなれない鈍い音を聞いた。
その音は俺が今、一番ききたくない音だった。
街を出てから俺たちの後ろには誰もついてきていない。最後に人とすれ違ってからもかなり時間が経っている。俺たちの後ろから人間の足音が聞くはずがないのだ。
となると街を出た時からずっと恐れていた事態が頭をよぎる。
そして振り返った俺は心拍数を体の限界まではね上がらせた。
そこにはいくつもの岩が集結し、二メートルほどのいびつな人の形を模していた。おそらく目であろう空洞の奥には赤い光が二つ、こちらに向いていた。
俺は慌ててボーデンの弟の武器屋で買ったシエロ・ダガーを構える。
おそらく俺のいた世界で言うとゴーレム的な存在にあたるのだろう。数多のゲームプレイヤーが画面の前で親指のみを使って倒してきたモンスター。だが実際、同じ次元で対峙した時のこの威圧感はどうだ。自分の身長以上もある人型の岩が俺に圧倒的な敵意を向けているのがわかる。このひりつくような空気の中でいつも平然と戦うRPGゲームの主人公に敬意すら感じてくる。
だが今の俺はそんなゲームの主人公とは置かれている状況が全く違う。死んでしまったらそのあと所持金が半分になる代わりに教会でもう一度生き返らせてもらえる、などという保証はどこにもないのだ。
ゴーレムがゆっくりと行動を起こし始めた。
と次の瞬間、ゴーレムがぐらりと横によろめいた。ふと横を見るとセフィアがクロスボウを構えていた。彼女が狙撃を行なったのだ。
「爽真さん大丈夫です! あの程度の敵なら爽真さんでも倒せます!」
「あの程度⁈ あの岩のモンスターは弱いのか?」
「強くはないです!」
正直その言葉を簡単に鵜呑みにできるような状況ではなかった。だがこの状況下においてセフィアが嘘をつくなんて考えられない。
それにこんな道中に現れた一体の敵すら倒せないようなら、この世界で彩奈を救うなんて夢物語だろう。
そうやって自分を鼓舞し目の前の敵に立ち向かう。
「この敵はあとは俺がやる! セフィアは手を出さないでくれ!」
──そうだ。こんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ!
「わかりました!」
そのセフィアの言葉を聞くと俺は俺の出せる精一杯のスピードでゴーレムに飛び込んだ。
ゴーレムが赤い目をぎらりと光らせ俺を迎え撃つ。俺の飛び込んだタイミングに合わせゴーレムが右手を振り抜こうとした。
──ヤバイ!
俺はとっさに体を反転させ、右腕を回避しようとする。
──?
何か違和感を覚える。
想定していたタイミングになってもゴーレムの右腕が俺の横を通過しない。
──ゴーレムが止まっている?
よく見ているとゴーレムの右腕は少しずつ俺に近づいてくる。だが俺にとってはまるでスローモーションを見ているようだった。
困惑はありながらも俺はゆっくりと振り下ろされるゴーレムの右腕をかいくぐり、右の脇腹あたりに短剣の刃を走らせる。
ゴーレムの体がガクリとバランスを崩した。
俺はすぐにゴーレムからの反撃を回避するために距離を置く。
しかし‥‥‥
ガラガラガラァ‥‥‥
──え?
ゴーレムの体はバランスを崩したまま、立て直すことなく崩れ去ってしまった。
──え? エ?
「さすがです。爽真さん」
セフィアが拍手をしていた。
「あいつ‥‥‥死んだのか?」
俺は手応えのなさにわけがわからなくなりながら尋ねる。
「はい。お見事でした!」
俺は未だに状況が飲み込めていない。
「よ‥‥‥弱くないか?」
「この辺りのモンスターはおそらくみんなあれくらいの強さですよ。爽真さんのステータスなら負けることはありませんよ」
「‥‥‥‥‥‥」
確かにセフィアは、こんなところで負けたりはしない、最初からそう言っていた。だが‥‥‥
──ここまで手応えがないとは。
「あ。なんか弱い、とか思ってましたね。でもレベル3の人がゴーレムを一人で倒すことは結構すごいことなんですよ」
その言葉で思い出す。俺はなぜか知らないが魔素量が異常に多い。それによってステータスの伸びが常人に比べるとはるかに速いらしい。現在の俺のレベルは3。しかしセフィア曰く俺のステータスは一般的な冒険者の平均レベルである10程度だそうだ。だからこそ初めての戦闘にもかかわらず、モンスターを圧倒することができたのか。
しかしあの手応えのなさ‥‥‥
──‥‥‥なんかここまで神経すり減らしてきたのがバカみたいに思えるな。
「レベル上がったんじゃないですか?」
セフィアのその言葉に俺はステフの魔法でステータス画面を開く。
レベルが3から5に、そして各ステータスは軒並み300近くまで上がっていた。それをセフィアに伝えると彼女は目をパチクリさせた。
「すごい‥‥‥成長が早すぎる‥‥‥」
「そんなにすごいのか?」
「はい。各ステータス300といえばレベルで言うと20。上級冒険者のレベルです」
その言葉にはさすがに俺も目をパチクリさせた。
──‥‥‥一度しか戦闘を経験してなくてもう上級冒険者レベル?
いったいこの世界にどんな力が働いているのかと疑問を持つレベルである。
「もう人間の姿の私は抜かれてしまいますね」
セフィアは呆れ顔でそう言った。
セフィアは人間の姿ではドラゴンの時よりも数段力が弱まるらしい。
しかし、それでも各ステータスが300を超えていると言うのだから恐ろしい。しかし俺はそのステータスにもう追いつこうとしているのだ。
自分でも呆れるほどの成長スピードだ。
──そういえば元いた世界で聡志が俺のことを天才だとか言ってたっけ?
どうやら本当なのかもしれないな。
なんて冗談を考えつつステータス画面を閉じる。
「さて、もう陽も傾いてきた。早く街へ行こうぜ」
「はい!」
正直、国の中心に近づいたところで俺自身何かができるのかが不安だったが、いきなり希望が少し見えた。
その希望がどれだけ大きいのかはまだわからない。しかし彩奈を助けると言う理由と合わせて俺の歩幅を大きくするには十分すぎるものだった。
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