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予兆を刻む

「彼女は……」


 戦いを見ている、少女を見る。


 渡会歩夢(わたらいあゆむ)は、ルナと相手の青髪の男の戦いを見守る最中、路地の反対側。そのコンクリート塀の上から戦いを覗く若い女を見つける。


 中学生くらいだろうか、大人びているが高校生には見えない。


 多分、彼女は相手の天使の案内人となる人物だろう。


 そう思い、目線を戦いに戻そうとするが、一瞬。ほんの一瞬だけ、脳が彼女から視界を外すのを拒む。


 何かの間違いかもしれないし、ただの勘違いだったのかもしれない。


 ただ数刻。彼女に異常なまでの嫌悪感を抱き、彼女の姿に天使の面影を見た。


 歩夢は、湧き出た少女への警戒心をすぐに消し去って、視線を戦っている2人の天使へ戻す。


 何が起こっているのかなど毛頭分からない。ただ激しい剣と魔法のぶつかり合いが起こっており、どちらが優勢なのかなど、皆目見当もつかなかった。


「ルナ……」


 彼は、ただ祈ることしかできない。


  *


 動きを見せたのは、ルナだった。


 彼女は繰り広げる斬撃の中から、息を入れ直して身体の重心を()()()()()


「首を……」


 それは、先日ルナがミラン・ゾークに見せた絶殺の構え。


 このタイミングで防御を捨てた完全大博打。


「その技はもう知ってんだよ……!」


 ダンテが即座に反応する。


「かっ裂く……!」


無礼(なめ)んな!!!」


 彼が放ったのは、予備動作0の超高速で弧状に薙ぎ払う、閃光の一太刀。


___これなら、奴の初撃よりも速く……!


 剣の速度より生じた稲光が2人を包む。


 ____________競り勝ったのは、ダンテの方だった。剣がルナの目元を掠り、瞬間怯む。その隙に彼女の腹部に蹴りを入れた。


「ガハッ……!」


「獲った……」


 彼女が口から血を吐き、後方15メートル程吹っ飛ぶ。そのままブラック塀に激突した。


「クッ……」


 瓦解するコンクリートの塊が頭上に降り注ぐ。


 すかさず、体勢を立て直し、反撃しようと試みるルナだが。


「!!!」


 身体が、動かない……


 A級4位の動きが止まった。


「ルナ!!」


 歩夢が叫び声をあげる。彼の脳裏に浮かんだのは、色濃く淀む(絶望)の景色。


 だが、彼にはもう一つ、頭から離れられない情景があった。


「今日はありがとうね。歩夢!」


 先程見せた、彼女の笑顔。


 その声が、頭の中をこだまする。


「く……っ、助けないと……」


 彼は呟く。少し前の自分ならば、己は動くことさえできなかっただろう。だが、今は勝手に身体が動いた。


  *


 ブロック塀にもたれかかる形となり、動きを止めているルナ・アルテミスを見て、ダンテは息を切らしながら言葉を発する。


「悪いが、こっちも余裕がないんでね。さっさと殺させて貰う……」


 一瞬の猶予も与えず、間髪入れずにダンテが追撃に移る。


「終わりだ。A級4位!」


 そう声を上げながら、剣を振り上げ、首を落とそうとする瞬間だった。


「…………?」


 突如、ダンテの背中に小さな物体が当たる感触を覚える。


 身体が無意識のうちに反応しないということは、殺意がなく、大したダメージもない、()()()()()攻撃。


 彼は依然殆どの警戒度を目の前のルナにさいたまま、チラリと感覚が与えられた方向を見る。


 そこには、1人の少年が立っていた。


 身体は震えており、手には道端で拾ったのか、小さな石が握られているのが見える。


 少年の姿を捉えていたのは、ダンテだけではない。A級13位の案内人である黄昏彼岸も(たそがれひがん)、彼の風貌を視界に収めていた。


「あの子、どこかで……?」


  *


 __投げたのは石か……


 分かっていたが、天使ではない。


 ダンテがそう分析していたところ、目の前の少年が言う。


「ルナから……離れろ……」


 10日前ならいざ知らず、今の彼岸とは比べものにならない程の弱さ。


 だが、それでも少年は、天使である自分に言葉を投げかけた。


 ___人間というのは、思っているより覚悟が決まっているらしい。


 そんなことを小さな声で独りごちた後、ダンテは彼に聞こえる程の大きさの声で喋る。


「案内人がみすみす己から出てくるとはな。殺されれば天使も消え失せると知っているだろうに。だが、人間が出てき、天使が動けない以上、弱い方を狙わぬ道理はない」


 一息おき、ダンテが続けた。


 冷酷に。残酷に。


「故に、お前を殺す」


 ここで、ダンテは攻撃目標をルナから歩夢へと変更する。


 無論、注意の大部分はルナへと向かっているのだが、人間よりも動けない天使の方が()()と判断した。


 鋒が、歩夢の首筋を捉える。


 その剣先を視界に収めながら、歩夢は死が近づくなか、想いを巡らす。


 あぁくそ、これで、終わるのか……?


 こんな所で、死ぬのか。


 まだ、世界を平和にしていないのに……?


 そんなこと、あっていいはずがないだろう。


「ここで死ぬわけにはいかない。僕は、僕は……!」


 少年の眼が、一瞬赤く(ひか)る。


 その光景を気づく様子もなく、ダンテが歩夢の首を落とそうとするが。


「ちっ」


 ダンテが舌打ちをしながら、動きを止めてその場から引いた。


「300位階……」


 3000位階には程遠い、かなり小規模な火の魔法。だがその魔法が、ダンテの首筋を掠める。


「ルナ・アルテミス……」


 背中を壁に預けたまま、ルナは目線をダンテに据え、魔法を放っていた。


  *


 何とか命が助かった歩夢だが、己の身体に違和感を覚える。


「なんだ……身体が、アツい?」


 自分でも気づかぬ内の些細な変化。


 歩夢の眼光が刹那の間(あか)く光ったのを見たのは、戦いを俯瞰して見ていた黄昏彼岸だけだった。


「なんか……彼の眼が、一瞬……」


  *


 A級13位は考える。


 ___規模は小さいが、まだ魔法を放つ余裕があるか。


 ダンテは、あらゆる可能性を思索し、1つの答えに至る。


 ___A級4位(こいつ)は、まだ終わってない……


 A級上位天使、その中でもルナ・アルテミスは、ダンテの中でも特に異質な存在だった。


 万一を考えて1度引き、彼女から30メートル程離れる。


 __それが過ちだった__


 ルナが言葉を吐き出す。


「私は……負けれない。あゆむ(きみ)と一緒に夢を見たいから。あゆむ(きみ)を護ると約束したから。君と一緒にいると、誓ったから……!!」


 空気が、揺れた。


「何だ……? 空気が……まさか、彼岸!!!! 離れろ!!」


「え?」


 突如名前を呼ばれた彼岸は呆然とする。


 だが、この場の空気が重くなったのだけは理解(わか)る。


「何が……」


 そんな問いも聞かぬまま、ダンテが叫ぶ。


()()が降臨されるぞ!!!!」


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