神はなぜ生まれたのか
「……天使。人間の力を超えた聖域」
灰の境界。
光はなく、命もない。ただ虚構のみが広がる、まさしく白と黒の狭間とでもいうべき場所に、佇んでいた男が一人呟く。
「地球より外から出て、ただ暴虐の限りを尽くすもの」
そう吐き捨ててなお、男は笑う。
「なんと滑稽だろうか。なんと哀れだろうか」
そう言う男の眼は、ただ曇っていた。
男は続ける。
「さぁ、断罪を始めようか」
*
日本。大阪府にある春園市。人口10万人ほどの中規模都市。
都会でも田舎でもない、何処にでもあるような、平和な街。
そんな街に、この僕、渡会歩夢は住んでいる。
「ふあぁ~おはよ……歩夢」
季節は冬の始まり。段々と寒くなってきた11月24日。
2階から眠そうな顔をして姉が降りてくる。
「おはよう姉さん。ご飯できてるから、とっとと食べちゃって」
「ん……了解」
両親は仕事の都合上家を離れることが多く、今は事実上姉と僕の2人暮らしになっている。
そして、姉には幼い頃から教育されてきたので、料理、洗濯、掃除、などなど全部僕がやっているわけだ。
今年から高校生になった弟を、大学生がこうもこき使うかね……
「? なんか言った?」
「何も言ってないよ……」
僕の苦悩に気づくはずもなく、姉は食卓につきテレビを点けた。
まぁ、別に嫌々やっているわけじゃないんだけど。
自分も席につき、朝食を食べる。
『続いてのニュースです。6年前に二条町で起きた住民大規模失踪事件についてですが、遺族の方々が、今も懸命な捜索を続けています』
「この事件ももう6年前か……」
二条町住民失踪事件
6年前。春園市の隣の二条町で起きた、大規模な失踪事件。
人口3万人もの人々が一夜にして消え去り、荒れ果てた町のみが残った日本最大の未解決事件。
21世紀の高度に情報化、記録化された社会においても解決の兆しすら見せない不可解な現象は、世界を震撼に導いた。
専門家曰く、衛生動画、町の防犯カメラ等々、全ての映像機器が、二条町のみ映し出さなかった。らしい。
「あんた、この時からだよね。『世界を平和にするんだ!』 なんて荒唐無稽なこと言い出したの」
姉が笑みを浮かべながら箸で僕を指す。
「……別にいいだろ。夢が世界平和だとか、願う分には人の勝手だ」
世界平和。理不尽に誰かが被害を受けることがない、理想的な社会。そんな夢想。あり得ることがない世界が、僕の夢だった。
「……願う分にはいいんだけどね、ただ願う分には……」
姉が遠い目をして呟く。
「? どういう……」
「ま、どうでもいいか。ほら歩夢! 早く食べないと遅刻するわよ! 今日は特別に私がお皿を洗ってあげるから、早く食べなさい!」
「わ、もうそんな時間か、いただきます」
この時は、夢にも思わなかった。
この失踪事件に、__が関わっていることなど。
*
違和感
いつも高校へは、自転車で登校している。
疑念
いつもと何かが違う。
不審
この世界に必要な何かが、欠けている。
あのあと、急いでご飯を食べて、家を出た。
気がついたのは、自転車に乗り始めて5分程経ったあとだった。
「人が、いない……」
車も、自転車も、毎日すれ違う散歩の人すらも。
というか、いつもなら感じるはずの虫の鳴き声、鳥の羽音、動物同士の喧騒。
それら全てが、生命の音が、途絶えていた。
冷たい風が、背中を横切る。
「今日、なにかあったっけ……?」
姉にメッセージを送ろうとスマホを取り出す。だが、
「圏外?」
どういうことだ……
別に、今日がなにか特別な日というわけではない。
ほんの少しの寒気を感じ、引き返そうとした瞬間だった。
突如、地面が大きく揺れる。
「!? 地震か!? 結構大きいぞ!!」
言っていて、自分でもそれは違うと思った。
「いや、まるで、地形そのものを書き換えるような!?」
誰かに連絡を、と思い、携帯が圏外なことを思い出す。
すると、視界が急に光で満ちた。
「ぐっ、次は、なんだ、なんなんだ!?!?」
何も、見えない……
瞬間、意識が遠のいた。
*
眼を覚ますと、そこにはある一点を除いては変わらない街並みがあった。
何処かに転移したわけでもない。街が荒れ果てて、空の色が変わったりだとか、そんな歪な変化はなかった。
___ただ、目の前に異様な雰囲気を纏った少女が現れた以外は。
少女は言う。
「よろしく……人間さん。えと、その……い、一緒に世界を救いましょう!!」
*
こうして、まだ始まりですらない物語は始まった。
ほぼ全てが想定通りだった。
結末はもう決まりきっている。
だが一つ、ただ一つ言うべきことがあるならば……
__渡会歩夢が、とうに狂っていたことか。




