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♯ 5

 これは何かの罠か? それとも単なる気まぐれか?

 青は昨日届いたメールに目を落としながら、食堂の隅でぼんやりとしていた。

 後期試験も決着がつき、大学の入試試験も終わった構内は、どこか長湯し過ぎてふやけてしまった指先に似ていた。

 しまりがないと言ってしまえばそれまでなのだが、それはよく考えればいつもの事で、たぶん、授業も何もない宙ぶらりんな雰囲気がぼやけているから、そう感じるのだろう。

 土地柄、本格的な春がまだ先なのは、もうここに住んで2年になるから身をもって知ってはいたが、ここから覗く中庭の梅の木にポツリポツリと灯る赤い花を見ると、冬気分も和らいだ。

 今日はバイトも休みで、脚本班の作業が大詰めになると聞いていたので、顔でも出しにと思って足を向けたのだが、部室前に寄ったロッカーに突っ込まれていた小さな箱達のせいで、ストレートに行く事が出来なくなってしまった。

「さて、どうしたもんか」

 口の中で呟くと、携帯を閉じた。

 机の上の、雪崩を起こし鞄からはみ出したチョコレートの山。去年ほどの数ではないが、これを見ると今年もやってきたな、と忌々しい気分になる。

 今年のバレンタインは日曜に当たるため、それほど警戒はしていなかった、というより、誰も寄こしては来ないんじゃないかと期待していたのだが。

「ロッカーに鍵でもかけるべきだった」

 青はその中の小さな箱を指先でつつくと、頬杖をついて嘆息した。

 そんな仕草でさえも、彼を見かけた女子たちの目を引くと言う事を、実は彼自身も知らないではなかった。

 だから、なんだ?

 何しても、異性の注目を引くのはもう、幼い頃からだ。かといって、それで得した覚えは一つもない。

 同性からのやっかみや、異性からの身に覚えのない言いがかりを投げかけられる事はあったが、そいつらに逆に問いたかった。じゃ、どうしろというんだ?

 紙袋でも頭にかぶって歩けばいいのか?

 馬鹿馬鹿しい。

 このチョコレートにしたってそうだ。

 毎年思うが、この行事は一体何なのだ?

 人に勝手に好きでもないチョコレートを押しつけ、その見返りを要求する。これじゃ押し売りとなにも変わらないじゃないか。

 自分は何も答えられないし、答えたくもない。

 よく知りもしない相手からの贈り物。しかも食べ物を口にするほど無邪気でもないし、不用心でもない。

 知り合いならまだもらいもするし、お返しもするが、それもなんだか白々しいやり取りにしか思えなくて、いつも適当になってしまっていた。

 もし、気持ちをもらえるのなら、一人だけで十分だ。

 彼女からなら、ちょっと、いや、かなり嬉しい気がする。

 ま、たぶん、彼女からはどうせもらえても義理だろうけどね。

「園田センセ。今年も大漁ですか?」

 後ろから声をかけられ、青は眉を寄せてさらに頬杖に体重をかけた。振り返らずとも声の主はわかる。

 奴は、蒼汰は勝手に隣に座ると、ラーメンの乗ったトレイをテーブルの上に置いた。

「おぉ。なかなか今年も豊作ですなぁ」

「大漁やら豊作やら、なんだ。俺は別に収穫したわけじゃない」

「知ってる知ってる。でも、まぁ、こんな無愛想男にチョコをくれる女子がこの世にいるって言うのは、なんか心強いわ」

 蒼汰はわかるようなわからないようなこと口にすると、麺を箸で持ち上げた。すぐに豪快にそれをすする音がして、醤油ベースの汁のいい匂いが漂って来た。

「なぁ、お前ん所にもメール来たか?」

 ふと、さっきのメールを思い出し、再び携帯を手にその横顔を見てみる。夢中でラーメンをすする蒼汰は一瞬だけ顔を上げ「あぁ、来た来た」と気のない返事をした。

「どうする?」

「どうするも何も、皆行くって言ってたで」

 たぶん、さっきまで部室で脚本班と一緒に作業していたのだろう。蒼汰はそう言うと、ようやく顔を上げて、レンゲに汁を掬って飲んだ。

「そうか、皆の所にも来たんなら安心だな」

「あ、まさか、また教授の悪ふざけやと思ってた?」

「警戒は、した」

 レンゲで指され、少々気を悪くしながら、青は素直に答えた。

 昨日、三宮教授から来たメール。

 それは


『タイトル:

 映画部

 バレンタインパーティー


 内容:

 2月14日16時

 映画部部室

 必ずチョコレート持参

 個数は各自に任せる

 

 園田と梅田は必ず来い

 いいな。絶対だ。

 何があっても、

 どんな先約があっても

 必ずだ。

 よろしくお願いします

           三宮』


 といったものだった。告知なのか脅迫なのかお願いなのか、さっぱりわからない内容は、それでもどこか切実さだけは伺えるような気だけはした。

 ただ、夏合宿から受け続けている教授の悪ふざけの事を考えれば、簡単に信じるわけにもいかず、青は困っていたのだ。

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