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20.伏線回収(☆)

「……っ」


永良(ながら)のその目を見て、僕は思わず息を呑んだ。

野生的と言うか、官能的と言うか。

よく分からないけど、強い渇きや飢えのようなものを感じた。


――食べられちゃう。

バカみたいだけど本気でそう思って、途端に怖くなった。

喉の奥が小さく震える。


「なが……ら――っ!」


制止は無意味だった。

タオルの笠の中で、文字通り唇を奪われる。


「んぅ……んっ……!」


ひっきりなしに唇を押し付けてくる。

その点ではさっきの僕と同じだけど、永良のはその……何と言うか可愛くない。


溜めに溜めまくった性欲をぶつけつつ、僕からもそれを引き出そうとしているみたいだ。

よわったな。この問題にぶつかるのはもっと先だと思ってたんだけど……誤算だった。


実のところ、僕は欲情したことがない。所謂『アセクシャル』。

性的なことへの関心が低くて、自慰行為も機械的にこなしてきた。


そんな僕だけど、永良に求められるのは全然嫌じゃない。むしろ嬉しい(さっきは突然のことで、ちょっとビビっちゃったけど)。


ただ、僕はそういう類の人間なんだってことを、きちんと話しておかないといけない。

気が重いな。ガッカリさせないといいけど。


厳巳(いずみ)……はぁ……厳巳……っ」


力強く抱き締められる。

おまけに切なげな声で名前を呼ばれて。


「へっ……?」


あっ、あれ……? 何だろ?

胸が苦しい。それに体も熱くて。


僕らの頭の上から、はらりとタオルが落ちる。

広がるプールサイド。変わらず僕ら以外の人の姿はない。

ギラッとした照明の下、その照明以上にギラついた目をした永良が、じっと僕を見つめている。


心臓が煩い。

耐えられなくなって目を逸らす。


「好きだ」

「っ!!」


何かがドッと噴き出すような感覚を覚えた。

これは何? 戸惑っている間にまたキスされる。


「んっ……んぅ……んっ……!」


今度は僕の両頬を包んで、ガッチリホールドしている。

僕は堪らず彼の腕を掴んだ。

けど、引き剥がそうとはしなかった。それどころか――。


「はっ……なが、ら……なが……らっ……」


僕も夢中になって永良を求めてしまう。

ああ、君は本当に凄いね。

僕から笑顔だけじゃなくて、性欲まで引き出しちゃうなんて。


でも、きっとこっちは永良だけ。

僕は永良にだけ欲情する。

所謂『デミセクシャル』ってやつなんだろう。


……あ、そっか。

だとしたら僕は、ずっと永良を待っていたのかもしれないな。


「んっ……あ……」


キスが終わった。永良がすっと離れる。

もっとしたかったな。

何て浅ましいことを考えながら、自分の口端についた唾液をぺろりと舐め取る。


「……悪い」

「何で謝るの? 僕もノリノリだったでしょ?」

「それは……まぁ……~~っ、あ~~くそっ!!」


永良はバスタオルを拾い上げるなり、深く被ってプールサイドにしゃがみ込んでしまった。

理由は考えるまでもない。


「勃――」

「黙れ!! それ以上言ったら、マジでぶん殴るからな!!!」

「はいはい」


苦笑しつつ、不貞腐れモード全開な永良の横にそっと腰掛ける。


「来んな」

須階(すがい)さんに来られちゃ困るでしょ? そんなふうに一人でしゃがみ込んでたら、具合悪いのかと思われちゃうよ」

「……くそ」


無事言い負かすことが出来たようだ。

ふふん♪ と鼻を鳴らしていると、永良が小さく呟く。


「あ~あっ、くそっ。どーせ捨てられるのに。何やってんだろ、俺」

「そんなわけないでしょ」

「いいか? お前の周りはこれからどんどん華やかになっていくんだぞ。それこそ女優とか、アイドルとか、見た目も人柄もピカイチなヤツまで寄って来て……」


僕のツッコミも待たずに、どんどん一人で落ち込んでいく。

これはこれで可愛いけど、クソビッチに仕立てられるのは癪だな。


「……っ、俺の代わりなんて、いくらでもいるんだよ」


なるほど。ようは繋ぎ止める自信がないってことか。

怒りが急激に萎んでいく。

一方でつい笑ってしまった。

自覚がないみたいだから、今のうちにハッキリと言っておこう。


「そんなに心配なら、代わりが利かないようになればいいでしょ」

「簡単に言うなよ」

「君には飛込界の歴史を変える力がある。須階さんもそう言ってたし、僕もそう思う」

「厳巳……」


永良が顔を上げた。

酷く意外そうな顔をしている。

彼の中では、あのダイブは失敗だったのかな。

何とも頼もしい限りだ。


「飛込界最強になって、『厳巳は俺のオンナだ』って宣言してよ」

「……お前な」

「そしたら安心でしょ?」

「夢見過ぎだ、バカ。オープンにしたら、色んなもん失うことになるんだぞ。親しみや好感は勿論、下手したら信頼だって――」

「それでも、僕は君といたい。ずっと、ずーーっとね」


永良は瞳を潤ませて、はぁ~っと溜息をついた。

これは照れ隠しだな。間違いない。


「ふふっ」と笑っていたら、僕の肩に永良の腕が回った。

僕は一層頬を緩めながら、彼の方にぐっと身を寄せる。

彼の短い腕が、しっかりと僕の肩を抱けるように。




それから4年後。

20歳になった永良は、東京五輪で日本人初の金メダルを獲得。

その後、興奮冷めやらぬ会場で行われたインタビューで、『厳巳は俺のオンナだ(意訳)』と宣言をしてみせたのは――。


――まあ、それはまた、別のお話。



fin

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