夜行さんの『予想外な一日』 3
田中 明愛梨と名乗る退治屋に連れられてやって来たのは、立派な一軒家だった。徳島は首都の東京からかなり離れているとはいえ、今では西洋風の家が増えてきている。
だが、この一軒家は昔ながらの瓦屋根の横長の家で、扉も引き戸だ。庭には池付きの立派な日本庭園もある。
田中 明愛梨は得意気にこちらを見る。
「いい家だろ。やるよ、この家。ここで喫茶店でもやったらどうだ」
「……だが」
「ああ。私の住まいなら大丈夫だ。剣さんのところで世話になるからな」
「いや。お前のことは心配していない」
「なんだ、冷たいな」
「妖怪なんだから当たり前だろ」
そこまで言って、ハッとした。思わず頭を横に振る。
いつの間にか、田中 明愛梨の話術に飲みこまれている――。
いつもはもっと冷静に話をしているし、人間と距離を置いているはずだが。この女と話していると、どうも調子が狂う。退治屋のくせに軽々しく妖怪と話しているからか……。
俺は気を取り直して「何で喫茶店なんだ」と質問をする。
「まぁ、喫茶店じゃなくてもいいが……。知名度がほしいんだろ。妖怪カフェなんて、お前たちの名前だけでも知ってもらうにはいいんじゃないかと思ってな」
「…………」
なるほど。一理ある。
「それに」
田中 明愛梨の瞳がこちらを真っすぐに見つめている。その瞳は何故かキラキラと輝いていた。
「人の迷惑になるより、こうやって人の役に立った方がいいだろ。お前も、私もな」
「――――」
夜行さん、という妖怪は夜行日に外に出るなという戒めのための妖怪。つまり、夜行さんは人のための妖怪として生まれている。
……まぁ、この退治屋は俺のためというより。自分の仕事を減らしたいだけのような気がするが。
「ま、そういうわけだ。せいぜい頑張ってくれ」
田中 明愛梨はわしゃわしゃと俺の後ろにいる山童の頭を撫でたかと思うと、手を振ってこちらに背を向ける。
このままこの場を去ろうとしている背中だ。
俺は「おい、待て」と声をかける。
「なんだよ」
「……なんでこんなに良くしてくれるんだ」
すると田中 明愛梨は顎に手を当て「ふむ」と考え込んだ。しばらく後、「いろいろだ」と答える。
「そのいろいろを聞いているのだが」
「だからいろいろだ」
「…………」
これ以上、何も答えてはくれなさそうだ。
俺はため息を吐いて、再び屋敷に向き直る。
生暖かい風が吹いて、ゆらゆらと日本庭園の草木が揺れる。
これからここが居場所になるのか――――。
そう思うと妙にこの日本庭園にも自然と愛着が湧いてくる。
「ああ、言い忘れていた」
急に田中 明愛梨が俺の顔を覗き込む。
「私がしてやれるのは、場所だけだぞ」
「……」
「場所だけなら貸してやる。だが知名度がないのを言い訳にするな。自分の居場所ぐらい掴み取れよ」
「……そのくらい分かってる」
そう答えると田中 明愛梨は満足そうに頷いた。
「それと、絶対に! オレンジジュースはメニューに加えてくれ」
それだけ言うと今度こそと。田中 明愛梨は意気揚々と背を向けて去っていった。
まるで……。
「嵐のような女性でしたな……」
河童がポツリと呟く。
どうやら同じことを思っていたようだ。
ふいに山童がギュッと袖を握ってくる。山童の俺を見上げる顔が、期待と不安で揺らめいている。
「ここが、これからのお家?」
「……」
あの女を全面的に信用していいのか、考えものだが。
――利用できるやつは利用する。
俺はほんの少し目を伏せて「ああ」と答えた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これで第一章『人喰いの屋敷編』は完結です。第二章はそうですね……。おそらく六月頃の更新になるかと思います。
第二章も頑張っていきますので。どうぞよろしくお願いいたします。




