夜行さんの『予想外な一日』 2
退治屋だ――。
そう気付いた妖怪達は、一斉に散り散りになっていく。だが俺の足は逃げるどころか、自然と女の前に立っていた。
女は下から上まで隅々とこちらを見たかと思うと、「ふーん」と一人頷く。
「夜行さんか。珍しいモノを見た。……もう死んだものかと思っていたが。…………ああ、ここが徳島だからか」
女は何やら一人でぶつくさと物騒なことを言っている。
そんな中、俺は女を観察していた。
巫女服に茶髪のショートカット。年齢は十八くらいだろうか。腰に細長い日本刀を差している。紛れもなく退治屋だ。だが。
――女の退治屋なんていたか?
「お前、誰だ。どこから来た」
昔、遠目に日髙家の退治屋の子供を見たが。紛れもなく男だった。ならこの女は一体……。
俺が問いかけると、女は得意気に笑った。
「私は田中 明愛梨。京都から来たばっかりだ。ああ、安心してくれ。こちとらお前たちのことを退治しようとは、一ミリも思っていない」
「……」
確かに。女が刀を抜く様子はない。それに退治するなら、今頃乱闘状態になっているだろう。こうやって話などしていないはずだ。
ふいに山童が「夜行さん」と後ろから声をかけてくる。どうやら山童もこの場に残ったらしい。山童以外にも、この場にチラホラと残っている妖怪がいる。
田中 明愛梨と名乗った女は、山童のこともジロジロと見たかと思うと「ホントに珍しい妖怪の集まりだな」とまた笑った。
「それで」
急に田中 明愛梨は真剣な顔をこちらへ向けた。
「退治するつもりはないが。噴水の水が出なくなっていると、小耳に挟んでな。それでここに来たんだが。……噴水の水なんて、どうしようと思ってたんだ?」
「…………」
俺が黙っていると、山童は「あの」と田中 明愛梨に声をかけた。
「山童。黙っていろ」
「でも……」
山童は少し伏し目になったかと思うと、すぐにこちらを真っすぐに見た。山童のこちらを見る目は澄んでいる。
「わたし。言ってもいいと思う」
「!」
「だって。このままじゃ。私も夜行さんも……。何もしないよりマシだと思うから」
「…………」
山童と言い合っている間も、田中 明愛梨はこちらを見て、なんなら首まで傾げている。
日髙の退治屋は敵意剥き出しだが。この女は……。口調こそ荒いものの、警戒心が欠如している。
俺は深くため息を吐いた。
「妖怪の存在が年々弱くなっている。このままだと人に忘れられた妖怪は消えるしかない。だから噴水の水が理由も無く消えたら、妖怪のせいにするものが現れ……」
そこまで口に出した瞬間、急に田中 明愛梨が大笑いをし始めた。
「……」
思わず眉を潜める。
田中 明愛梨はひとしきり笑った後、「すまない」と声を絞り出す。瞳からは笑い涙まで出ている。
「それは無意味だな」
「無意味、だと」
「ああ。なんてったって、この商店街はとっくに廃れているんだ。噴水の水如きじゃ何も変わらないさ。それどころか、バブル崩壊でいつ噴水を止めようかと思っていたらしいからな」
「………………」
黙るしかなかった。
それは他の妖怪も同様で、辺りは一気に重苦しい沈黙が漂う。
そんな中、田中 明愛梨の「しょうがないなぁ」と間延びした声が響き渡る。
「ついて来い」
「は?」
田中 明愛梨が無防備にこちらに背を向けた。
「言っとくが場所だけだからな」
「何が」
「剣さんが「ここに住め。だから二度と顔出すな」って言って譲ってくれたんだよ。家を」
「は?」
「その家をお前たちに貸してやる」
そう言って田中 明愛梨はこちらに顔だけを向けた。
「そこで喫茶店でも何でもやってみればいいだろ」
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
この先書くかどうかは分からないけれど。ちょっと裏設定をお話しします。
明愛梨は京都から徳島へ、押しかけ女房でやってきています。強引に日髙 剣に結婚を迫ったので、最初は剣はいい顔をしませんでした。
けれど明愛梨が何度追い払っても剣の元へきて、最終的には剣の方が明愛梨を好きになりプロポーズして結婚しました。




