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夜行さん  作者: 原月 藍奈
人喰いの屋敷編
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決戦前夜 3

「娘?」


 夜行さんだけじゃなくて天狗も母さんと何かあったの? 聞きたい。けれど。


 その思考を遮るようにブンブンと首を振る。


 母さんとどんな関係なのか、どういう会話をしていたのか。気になるけれど。今はそんなことをしている場合じゃない。


 私は天狗をゆっくりと床に寝させる。天狗は目を閉じているものの顔は苦痛に歪んでいる。

 辺りは天狗の息づかいしか聞こえず、窓からは星明りしか見えない。


 夜行さんがくるまで持ち堪えさせないと。


 私は窓のカーテンをグッと引き下ろし、血を止めようとカーテンの布で傷口を縛っていくが。


 多すぎる……。


 天狗の体には大きい傷がいくつもあった。


 どうしよう……。


 私はグッと唇を噛む。


 このままじゃ。天狗は……。山童のように――。もし、そうなるくらいなら。


 強く拳を握る。


「天狗……。父さんを呼びます」


 天狗は顔を歪めながら首を横に振る。けれど私は天狗の意向を無視して立ち上がろうとした。その瞬間、パカラと微かではあるが馬の足音が聞こえる。


 思わず窓に目を向ける。――――と、いた。


「っ、夜行さん!」


 首無し馬に乗っている夜行さんが窓から見えた。と思った次の瞬間には部屋に上がり込んでいる。


「天狗!」


 夜行さんは私に目もくれず透明な液体の入った瓶を取り出すと、天狗の口に液体を流しこむ。

 天狗の傷は酷くなかなか塞がらないが、呼吸が軽くなっていく。やがて傷が塞がっていくと天狗は安心したように眠った。


 ひとまずは大丈夫そうだ。よかった。


 私はホッと息を吐き出した。安心感から泣きそうになるがグッと堪える。

 夜行さんもしばらく天狗を見守った後、ふぅと息を吐いた。夜行さんは自身の肩に乗っているぴーちゃんを撫でながら私を見る。


「お前がすぐにぴーちゃんを寄越してくれたから…………助かった。いい判断だった」

「いや、その、まぁ」


 妖怪に褒められるという慣れない状況に思わずなんとも言えない返事を返す。


「それで、だ」


 夜行さんは鋭い視線を私に向ける。


「天狗はどうしてこうなった……。天狗は名前も知られている有名な妖怪だ。実際俺より強い。なのに何故……」

「……『人喰いの屋敷』だって言っていました」

「なに!?」


 夜行さんは目を見開いた。私は一つ頷いてから口を開く。


「天狗が言っていました。大塚国際美術館に行くな。『人喰いの屋敷』だって」

「…………」

「天狗がこの状態なので憶測なのですが。多分、美術館を下見してくれていたんだと思います。そしたら」

「当たり、だったわけか」


 私はまた頷く。


「それで」と夜行さんは真剣な顔でこちらを見た。


「行くのか、大塚国際美術館に」

「行きます!」


 間髪入れずに答えた。


 私はずっと退治屋になりたかった。そこにやっと飛び込んで来たチャンス。これを逃したりなんかしない。それに。やっぱり……。このまま放置して他の犠牲者が出てしまうのが一番嫌だ。


 夜行さんは一瞬苦い顔をした後に「まぁ、お前ならそうするだろうな」と何故かため息を吐かれた。

 夜行さんはため息を吐きながら片手を出す。私も立ち上がって片手を出して強く手を握った。


「最後の共闘、かもしれないですね」

「……俺としてはそうなってほしいがな」

「むっ」


 私は意地悪を言う夜行さんをあえて無視して「それで」と話題を変える。


「山本さんにもこのことを伝えないと」

「家を知っているのか」

「知ってるわけないでしょう。そこらへんは夜行さんが知ってるんじゃないんですか」

「ただの常連客に付きまとって家を特定するわけないだろ」

「…………ですよねー」


 私が分かりやすく肩を落として落胆していると、夜行さんが「天狗がこんな状態でなければ」とぼやく。


「空を飛んで情報を集めてもらうんだが」

「……」


 天狗は目を開けそうにない。まだすやすやと眠っている。


「起こすわけにもいかないもんね……」


 傷だらけになって私のところに来てくれた。命からがらで『人喰いの屋敷』の情報を教えてくれた。それだけでありがたい。


「山本さんについては当日話をして帰ってもらいましょう」


 本当は山本さんを美術館に近付けること自体、嫌だけれど。


 夜行さんは「そうだな」と言って窓から外を眺める。まだ外は暗いものの空は白んできている。


 もうすぐ夜明けになってしまう。


 そう思っていると「夜行、さん……」と掠れた声と共に、天狗が立ち上がっていた。


「「!」」


 私と夜行さんは一気に天狗に目を向ける。


「もう大丈夫なのか」

「ええ。なんとか……」


 そうは言っているものの天狗の体はふらふらしている。夜行さんは天狗の体を支えながら「帰るぞ」と窓に向かって歩き始める。


「ですが……。今、ここで、『人喰いの屋敷』を倒して……おかないと」

「いいから。休むことに専念しておけ」

「そうは言っても」

「今の天狗を連れて行っても足手まといになるだけだ」

「…………」


 天狗はしばらく黙っていたが、やがて観念したように静かに頷いた。それをしっかりと確認してから夜行さんは首無し馬に対して頷く。すると外にいた首無し馬が、いつの間にか私の部屋に上がり込んでいた。

 夜行さんはふらふらな状態の天狗を下から支えて首無し馬に乗せた。その後に夜行さん自身も馬に乗る。


 夜行さんは馬に乗ると後ろから天狗を支えながら、私に目を向ける。


「退治屋。また明日に」

「ええ。また明日」


 そう答えた瞬間、夜行さんが目の前から一瞬で消えた。私は白んだ窓から自室に目を向けた。

 破けたカーテンに血だらけの床。


「ぴーちゃん」


 私はため息を吐く。


「部屋を片付けるの、手伝ってくれる?」


 落ち込んだ私と裏腹に、ぴーちゃんの「ぴい!」という元気な返事が返ってきた。


ここまで読んでいただいてありがとうございます。感想、レビューいただけると嬉しいです。


いよいよ次回からは『人喰いの屋敷』との決戦です。どうやって倒していくのか。作者なのに私が一番楽しみ。

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