2 魔法士の心配事
マーペリア辺境伯城に到着した日の夕方前、ベルトソード・サンドエクが、カザシュタントの執務室に訪ねてきた。
ベルトソードとモリアスは魔法師団代表として、城内で寝泊まりしてもらうことになっている。
フレデリックを含む後発隊は、まだ到着していない。
「こちらで話そう」
ソファーへと案内する。カザシュタントとベルトソードは、ここまでの道のりですっかり親しくなった。
「疲れているところ、すまんな」
ベルトソードの後ろにはモリアス・サンドストが立っている。ベルトソードの側近で、一族の者だ。
「どうぞ」
ダニエルが、二人にお茶を出す。その後、カザシュタントの後ろに立つ。
「ダニー、ありがとう。早速だけど、俺たちの明後日からの動きを確認したくてな」
「そうか。こちらとしては、軍人たちは、毎年、新人教育で、手一杯だ。さらに今年は、人数も多いしな。だから、連携の練習を…」
「待ってくれ!そのことなんだが。ここまでの旅で、お前たちの話を聞いて思ったんだ。俺たちは、実践となったら、お荷物だ。なぜなら、もし、前衛となる兵士を抜けてこられたら、俺たちは何もできない」
「そんなことは……」
「いや、そうなんだよ、残念ながら。俺も今まで考えていなかったんだな。本当に恥ずかしいよ。俺自身も、実践経験がなかったからな。魔法だけで、いい気になってたんだよ。
確かに俺たちは、強い魔法が打てる。だが、自分の身を守る剣や槍を使えない。俺たちは、ロッドを持つ者も多いが、ロッドを打撃道具として練習していないんだ」
「なるほど、それなら、防御壁で守ればいい」
「無詠唱速効防御壁なんて、俺の父親しかできないよ。詠唱している間に噛み殺されるさ」
「……」
「ここまで来てから気がつくなんてな。俺たちは、戦闘のための魔法訓練ではなく、見せるための魔法訓練をしていたってことだ」
「そうか、でも、ベルのことだ、愚痴で終わる訳じゃないだろ?」
「カザン、あまり買い被らないでくれよ。まあ、確かに、愚痴だけで帰るわけにはいかないけどな。今日はお願いがあって来たんだ。
先日の話では、終日連携練習だと言ったが、午前中は棒術の鍛練に充てたい。魔法士には、全員ロッドを持つことを義務付けするつもりだ」
「なるほど。ダニー、おやじさんに棒術の得意な軍人がいるか聞いてきてくれ」
カザシュタントは、マーペリア辺境伯のことを『おやじさん』と呼ぶことにした。
「はっ」
ダニエルが部屋を出ていく。
「それとな、この旅程で、カザンも気がついたと思うが、魔法士たちは、体力がない。今回、若いやつらを選んで連れてきてあれだ。
俺とモリーは、走ることを日課にしていたからな。みんなもしていると思ってたんだ。バカだったよ」
「いや、お前は、偉いよ。恥をかくことをわかった上で、こうして俺に相談にきているんだ。上に立つ者が己の保身で、部下を殺すようなことになるのを、俺は騎士団で何度か見た。
こうして、お前が誰より先に弱点を知り、それを隠さず補強しようとしている。
上に立つに相応しいってことだ」
後ろに立つモリアスが泣いた。
「ありがとう、カザン。それを迷惑だと言わずに受け入れてくれるお前もすごいやつだよ」
「おまたせしました。おやじ殿によると、今日防衛壁の正門勤務の者が、棒術を得意とするようです。明後日には、こちらの当番にしてもらえるよう、頼んでまいりました。他の者は、今月は、外砦当番ばかりだそうで」
「ダニー、ありがとう。ベル、数日たてば、騎士団の中堅のやつらも到着する。やつらの中にも棒術に長ける者がいるかもしれない。どうにかなるさ」
「カザン、ありがとう。ダニーもありがとうな。ひどい話で申し訳ないが、これからもっと問題が出てくるかもしれん。実践経験がないということがこんなに恐ろしいことだなんて、気がつかなかったんだ。
これからも、よろしく頼む」
「そのための試験的実践だろ?マーペリアで問題は全部洗い出してしまおう。お互いに隠し事や遠慮はなしでいこうな」
ベルの頬にも涙が伝った。
「ありがとう、ありがとう」
ベルトソードとモリアスは、落ち着きを取り戻したころに、『今から王都の父親へ手紙を書く』と言って退室していった。『メールボックス』という魔道具を持ってきていたのだ。
『メールボックス』は、ファックスのようなシステムで、現代のボックスティッシュほどの大きさの箱が2つで1セットになっていて、箱に手紙を入れて蓋をとじ、蓋についている魔石に魔力を注ぐと対になっている箱に送られる。送られるというより、中にある紙に写し出す、つまり、ファックスに近い。なので、一度に手紙一枚しか送れない。それでもこの世界では充分だ。
これは、オーリオダムが開発者の一人だ。いまだに高価だし、数が少ない。ベルトソードが持てているのは、身内ならではなのだろう。
王都で、棒術や走り込みを始めてくれれば、魔法士派遣案はまた一歩、実施に近づくことだろう。
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3日目の朝、今日から新人研修と魔法士派遣研修が開始される。ベルトソードとモリアスは、朝食に現れなかった。心配したヴィオリアが部屋をノックするが、返事がない。
メイド長に二人のことを聞いてみた。
「みなさまよりお先にご朝食を召し上がりましたよ」
では、どこにいるのだろうか?
ヴィオリアとカザシュタントとダニエルは、揃って鍛練場へと向かった。城を出た正面の芝生で、魔法士たちが、ローブではなく、見習い軍服を着て、走っているのが見えた。先頭を走るのは、ベルトソードだった。モリアスは、後方の走れない魔法士をサポートしている。
なんと、前の方にはマーペリア辺境伯まで走っていた。
「俺も行ってきます」
「ああ、ダニー、頼んだ」
「はっ」
ダニエルがモリアスのところへ走っていく。
「やはり、体力は問題だったのね」
「ヴィーも気がついていたのか。ただの馬車酔いじゃなかったわけだ」
「明らかに兵士たちとは、違っていたもの。私より体力ないように思えたから」
「鍛練場で鍛えてきた君と比べたら、可哀相そうだ。ハハハ」
「もう、人をバカ強いみたいにいわないでよっ」
朝からこんなのんびりした話ができるのも楽しいなと、カザシュタントは感じていた。
カザシュタントとヴィオリアは、新人研修の方へ、向かった。軍人たちが、新人たちと走り込みをしていた。明らかに魔法士たちとスピードが違う。
「そうか、こちらのスピードをわかってもらうのも連携だな。課題が多いな」
「魔法士たちのことは、急ぐと見落としが出るわ。初めてのことだもの。慎重にいきましょう」
「そうだな。思っていたより、時間がかかりそうだと、国王陛下にも伝えてもらおう」
カザシュタントは、ベルトソードに『メールボックス』を使って、王都への連絡を頼むつもりであった。
新人研修は、毎年恒例であるので、人数が増えたこと以外では、特に変化もないので、例年通りに始まった。明日には、後発隊が到着するし、3日後には、鍛練にも参加する。それまでは、基礎でいいだろう。各班長に指示して、任せることにした。
ヴィオリアは、長年付き合いのある軍隊長を見つけ、今日は彼の班で鍛練することにしたらしい。カザシュタントは、昼の約束をヴィオリアとして、その場を離れた。
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