1 新郎の災難
この章は、「婚約破棄されそうな令嬢は知らないことだらけ」の「それぞれの門出」の章より、多くを抜粋しておりますが、多分に加筆してありますので、ご了承いただき、お読みいただけますと、嬉しいです。
卒業式から3月半、そろそろ暑くなってきた初夏、王都の神殿。親族も友人も部下も上司も、たくさんの人が集まっている。神父様の前に並ぶ長椅子は、すでに一杯で、壁際にも2重3重で人が立っている。
そんな神殿の扉の前では、今日の主役とその側近たちがいた。
「カザンさん、顔、青いっすよ」
からかいなのか、心配なのか、カザシュタントの側近の1人ダニエル・アブラームが、新郎に声をかける。
「ああ」
「大丈夫ですよ、カザンさん。今日の主役は、ヴィオです。あなたはただヴィオを支える杖です」
そして、こちらも側近の1人フレデリック・トリベール。フレデリックは、励ましているのか貶しているのか不明だ。
カザシュタントの無事が確認されないまま、神官から声がかかる。
「時間です」
そういうと、二人の神官が左右に扉を開いた。
扉の入り口には、長身で美形な二人が立っており、輝くような美しさだ。しばらくの静寂の後、歓声と拍手がなる。
その中を、新郎新婦が腕を組み進んでいく。
新婦ヴィオリア・マーペリアは、ノースリーブの薄紫色のドレスで、腰から少しだけドレープが入っていて、下までストンと落ちている。そのドレスの全体をラメの入った透け感の多い白いレースが全体に飾り縫いしてあり、初夏の日差しにキラキラと輝いている。白い手袋に持つ、紫を主にしたブーケは長く、膝ほどまである。白い薄目のベールの後ろは、ヴィオリアの腰元の長さだ。ドレスの裾はさほど長くはない。そこがまた、スレンダー美人のヴィオリアを引き立てている。
新郎カザシュタント・ノーザンバードは、薄いグレーのタキシードに、白いシャツ。ポケットチーフとタキシードの前ポケットラインは白でアクセントになっている。ネクタイとズボンはヴィオリアと同じ薄紫で、ベストはそれより少し濃いめの紫だ。
3メートル後ろを並んで歩く側近たちは、マーペリア辺境伯軍の真っ白な式典用の軍服で、とても凛々しい。
新郎新婦が神父様の前まで進むと、神父様がみなに向かって手をあげる。一瞬にして静まりかえる。
その静寂の中で、二人は神に永遠の愛を誓い、指輪の交換をする。
そして、神父様の指示で新婦のベールを新郎が持ち上げて新婦の背中に降ろす。……降ろす。……降ろしたけど、口づけが降りない。
ヴィオリアが上目遣いでチラリと見れば、カザシュタントが固まっている。
ヴィオリアは、えぃっと、ちょっと背伸びをして、カザシュタントの頬に両手を添えて、長い長い口づけをした。
ゆっくり離すと、参列者からは、歓声と冷やかしの渦だ。ヴィオリアは、カザシュタントに呟く。
「大好きよ。だ ん な さ ま。」
カザンの顔が燃えてるみたいに真っ赤になった。
ダニエルは口を半分開けており、フレデリックは、額に右手をあてていた。カザシュタントと付き合いの深い二人であっても、予想以上の展開だった。
ヴィオリアはカザシュタントの腕をとって、みんなの方を向いて、大きく手を振った。歓声と冷やかしがさらに大きくなった。
その中を、ヴィオリアとカザシュタントは腕を組んだまま、ヴィオリアが半歩前を引っ張るように歩く。
後ろを歩く二人はどうにか扉までたどり着いてくれと、願うばかりだ。
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~ヴィオリアのいたずら~
今日、カザンさんと結婚します。あの中では、私が一番ね。幸せをみんなにあげなくちゃ。
神様の前で永遠の愛を誓う。そして、神父様の指示で私のベールをカザンさんが持ち上げて私の背中に降ろす。……降ろす。……降ろしたけど、口づけが降りてこない。
上目遣いでチラリと見れば、カザンさんが固まっている。
私は、えぃっと、ちょっと背伸びをして、カザンさんの頬に両手を添えて、長い長い口づけをした。
私たちの初めての口づけ。
ゆっくり離したら、カザンさん 表情がなくなっていたの。みんなからは、歓声と冷やかし。だから、私は彼にだけ聞こえるように言ったのよ。
「大好きよ。だ ん な さ ま。」
カザンさんの顔が燃えてるみたいに真っ赤だわ。
いつか、生まれる子供たちには、初めての口づけは、お母様からなのよって報告しなきゃね。
私は旦那様の腕をとって、みんなの方を向いて、大きく手を振った。歓声と冷やかしがさらに大きくなったの。
その中を、旦那様とともに歩く。
みんな!見て!私はこんなに初で不器用な旦那様が大好きなのよ。
これからは、ずっと二人で歩いていくのよ。
〰️ 〰️ 〰️
なんとか無事?に神殿から出ると、神官が扉を閉める。閉まったと同時に、ダニエルとフレデリックは、カザシュタントの両脇を抱え、控え室へと運ぶ。クスクス笑いながら、ヴィオリアがついていく。
控え室では、カザシュタントをダニエルが扇子で扇ぎ、フレデリックは水を用意する。
「す、すまんな」
やっと我に返ったカザシュタントが謝る。
「ヴィオの機転でどうにかなりましたけどっ!どう……」
「まあ、まあ、カザンさんらしいし、なっ。このための、俺たちだし」
ダニエルが怒れるフレデリックの肩を抱く。
カザシュタントが落ち着いたところで、神殿から王都の辺境伯邸へと向かう。馬車までにも、左右にたくさんの人がおり、フラワーシャワーが贈られる。
オープン馬車の前席には、すでに白い軍服の馭者がおり、新郎新婦が乗ると動きだす。ダニエルとフレデリックは、用意されていた白馬に跨がり、後ろについていく。
ダニエル:「何かやるとは、思ったけどな、ハハハ」
フレデリック:「本当に。緊張さえしてなければ、大丈夫な人だと思うんだけどなぁ」
ダニエル:「山場は越えた。後は階段から落ちなけりゃ、大成功だろう」
フレデリック:「ダニー、恐ろしいこと言うなよ。それ、支えるのって、僕たちだよ。わかってるの?」
ダニエル:「あ、そうか、それは困るな。何か食べさせて落ち着いてもらおう」
フレデリック:「僕は、ヴィオが無茶をしないことが一番だと思うけどね」
道すがらにも、祝う声が響き、ヴィオリアは手を振っている。カザシュタントもヴィオリアのマネをするように、手を振った。
沿道に微笑み手を振りながら、小さな声
で話す。
「旦那様?少しはリラックスできましたか?ふふふ」
「ヴ、ヴィオ、その呼び方は、わざとか?」
「ええ、これからはこうお呼びするわよ?だって、カザンさんっていやだし、今さらカザンなんて言えないし」
「そ、そうか。なんだか照れ臭いな」
「そう??そうねぇ……じゃあ、カストって呼んでいい?」
「おお、それがいいな」
「ふふ。カストも私のこと、ヴィーって呼んでね」
「ヴ、ヴィー、さっきは悪かったな」
結婚式でのことを謝っているのだろう。
「どうして?あそこで、あんな風に可愛いのがカストじゃないのっ。ほんとに大好きっ!」
ヴィーは、オープン馬車の座席で、カストに、抱きつき口づけをした。カストは、仰け反り、またしても、目を白黒させていた。
沿道からは、指笛と冷やかしのシャワーだった。
フレデリックの心配が的中した。
ダニエルとフレデリックは、後ろの馬上で、笑いを堪えるのに必死だった。
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