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交渉する話

 学校に戻った私は、まず生徒会室へ行くことにした。ノックをすると中から「どうぞ」と言う声が返ってくる。


「失礼します」


 中に居たのはクリストファーとマリアだった。


「ああ。アンリか」

「会長にお話があって参りました」

「そうか。キャラベル、外してくれ」

「はい」


 マリアは私に会釈して生徒会室を出て行った。


「御母上の調子はどうだったんだ」

「お陰様で、大事に至りませんでした」

「それは良かった。それで、話と言うのは何だいヘンリエッタ?」


 大丈夫。まずは交渉だ。


「私がヘンリエッタ・クラヴィズであるという事を年度末まで公表しないで欲しいんです」

「何故?」

「アンリ・ムシューとして留学をしっかり終わらせたいと思ってます」

「・・・良いだろう。クラヴィズ公爵とは俺が調整しよう」

「ありがとうございます。なので、これはクロードにも言うつもりですが、私の事は『アンリ』とお呼びください」

「分かった。公表するまではアンリと呼ぼう」

「お願いします。私の話は以上になりますので、失礼します」


 私は生徒会室から出るためクリスファーに背を向けた。


「婚約者になる覚悟はできた?」

「・・・いいえ」


 私は生徒会室から出て行った。次はクロードの所へ行かないと。


 1年生の教室を出ようとするクロードを捕まえて、中庭にやってきた。周りに人がいないことを確認する。


「ヘンリエッタから声をかけてくれるなんて嬉しいな」

「先ほど、会長と話してきたの。私のクラヴィズ家への復帰は年度末になるわ」

「どうして?」

「アンリ・ムシューとして、しっかりと留学を終わらせたいからよ。だから、ヘンリエッタと呼ばないで」

「でも、クラヴィズ家には戻るんだね」

「・・・そうなるでしょうね」

「分かったよ。アンリ先輩って呼べば良いんでしょう」

「よろしくね。カイムの居場所を知っている?」

「この時間なら、裏庭で鍛錬しているんじゃないかな」

「そう、ありがとう」


 今度はクロードに背を向ける。


「アンリ先輩。またね」


 私は振り返らなかった。次はカイムだ。


 カイムはクロードの言った通り、裏庭に居た。ただ、鍛錬はしていなかった。


「カイム・・・」

「お前か。何の用だ」

「会長と話したの。私は年度末にクラヴィズ家に戻る。それまではアンリ・ムシューとして接して欲しい」

「・・・俺を騙しておいて、今まで通りに接しろと言うのか」

「今まで通りとは言わない。ただ、ヘンリエッタ・クラヴィズと呼ばないで欲しいだけ」

「・・・会長が決めたなら、俺は従うまでだ」

「ありがとう・・・それと、結果的に騙してしまって本当にごめんなさい」

「俺が許すと思っているのか」

「許されるとは思ってないわ。ただ、言っておきたかったの。知られたくなかった。ヘンリエッタだって。怖かったの。知られるのが。私の嘘が貴方を傷つけたのは事実だから・・・」

「うるさい!!」


 カイムは私の言葉を遮った。


「何を言っても無駄だ。俺はお前を絶対に許さない」

「・・・分かった。時間を取ってもらってありがとう」


 私はカイムと別れた。


 寮に戻って、一息つく。これで年度末までは猶予が出来た。

 

「はあ」


 ため息が出る。猶予が出来ただけで、何も解決していない。


「これからよ。アンリ」

 

 そうだ。これからだ。3人のトラウマを解決できるとは思っていない。でも、私は過去と向き合う。あの3人と向き合う。逃げない。そう決めたのだ。


「そういえば」


 そういえば、もう一人の登場人物を忘れていた。そう、マリア・キャラベルだ。


「全然、ヒロインしてないんだよね」


 生徒会に入ったマリアは、3人と親しくなってトラウマを解決するってストーリーだったはずだけど・・・。


「やっぱり、ゲームからは外れているのかしら?」


 悪役令嬢がイジメないから仲良くなれなかった?名前も未だにキャラベル呼びだし。それとも・・・


「まさかマリアも転生者?」


 ヒロインに転生して、前世の記憶があって乙女ゲームに参加していないって事もあり得る。


「ちょっと話してみようかな」


 マリアも寮生活だ。唐突だけど、部屋を訪ねてみることにした。


 マリアの部屋をノックする。返事と共にドアが開いた。


「あら?ムシューさんどうしましたか?」

「キャラベルさん。いえ、先ほど生徒会室で追い出す形になって・・・邪魔をしたかと心配になりました」

「全然。大丈夫ですよ。ちょうど用事もありましたし」

「良かった。キャラベルさん、ぶしつけな質問なんですが・・・」

「はい?」

「日本って知っていますか?」


 ここで『乙女ゲーム』という単語を出さなかったのは、私の羞恥からだった。


「ニホン・・・ごめんなさい。知らないです」

「そうですか」 

「お役に立てなくて、ごめんなさい」

「いいえ。突然失礼しました」


 マリアは転生者じゃない。じゃあ、何故ヒロインにならなかったのかしら・・・?


 その時、やっと私は思い至ったのだ。


「もしかして、ゲームの世界そのものでは無いの?」

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