決心する話
アンリは馬車の中に居た。ベザント国に帰るためである。アンリの元に届けられた手紙にはこう書かれていた。
『母が倒れた。すぐに帰国するように』
私は学校に一時帰国することを告げると、取るものも取りあえず馬車に飛び乗った。そして、ムシュー子爵邸へと帰ったのである。
帰った私を待っていたのは父であるムシュー子爵と倒れたはずの母とセリーヌだった。
「お母様」
「ああ、アンリ。ごめんなさい」
「いえ。私も黙っていて・・・お父様、クラヴィス公爵から連絡は」
「知っていたのか」
「はい。学校を出る直前に知りました」
「そうか・・・すまないアンリ。私ではどうすることも出来ない」
「話は聞いたわ」
そう言ってセリーヌは1枚の紙を取り出した。
「アンリ。これにサインして」
「これは・・・?」
「私のお兄様との婚姻届よ」
「・・・は?」
セリーヌが何を言っているか理解できずに間抜けな声が出た。
「だから、セドリック兄様との婚姻届だってば」
「待って!何でそうなるの?って、セドリック先輩のサインしてあるし」
「お兄様も了承済みよ」
少し自慢げに言うセリーヌ。やっぱり理解できない。父母も呆気にとられている。
「セリーヌ嬢。君のお兄様と言えば・・・」
「はい子爵。我がカロル公爵家の跡取りですわ。大丈夫。アンリとは知らない仲ではないし」
確かにカロル邸へ遊びに行くたびに挨拶しているし、学校では先輩後輩だったけど。
「婚姻届って・・・結婚するって事!?」
「だから、そう言ってるでしょ」
呆れるセリーヌ。ますます混乱する私。
「なんで、先輩と私が!?」
「なんでって、そうしないとアンリ。貴女はダーヘン王国で嫁ぐことになるわよ」
「だからって、いきなり結婚って」
「他に方法ある!?このままだとダーヘンで王子と結婚するか、弟と結婚することになるのよ!?」
確かにそうなんだけど。
「ふふ」
「アンリ。笑い事じゃ・・・」
「あはははは」
必死なセリーヌの姿に笑いが込み上げてきた。こんなに笑ったのは、いつぶり?気持ちが軽くなる・・・私を思ってくれている人がいる事実に勇気が湧いてくる。
「ありがとうセリーヌ。必死に考えてくれたんだね」
「私は真剣に」
「分かってる。分かってるよ。でもね」
深呼吸する。大丈夫。私は大丈夫。
「でもね、ここで結婚して逃げられたとしても、やっぱり皆に迷惑かけるだけ。お父様のダーヘン王国との貿易は?それだけじゃない。ダーヘン王国との国交にも影響するかもしれない。私が楽になるだけ・・・」
そうだ。私が逃げて、私が楽になるだけだ。
「本当にありがとうセリーヌ。私、勇気が出てきた。私、逃げないで向き合うわ。過去と。ずっと逃げ回ってきた過去と向き合うわ」
留学してから、ずっと逃げ回っているだけだったことに気が付いた。許して欲しいと思いながら、何もしてこなかった。
「お父様、お母様、セリーヌ。私、ダーヘン王国へ行きます。自分の過去と決着をつけないと」
「アンリ・・・」
「そうなったら、作戦会議ね!!もう、折角お兄様にサインさせたのに」
「セリーヌ・・・」
「アンリが決めたなら、私も応援しよう」
「アンリ、ごめんなさいね」
「お父様、お母様、ありがとう」
私はもう逃げない。ヘンリエッタであった過去と向き合うのだ。
ムシュー子爵邸の自室でシュネを抱っこする。シュネの温かさが落ち着く。部屋にはセリーヌと私の二人きりだ。
「それで、クロードと王子様から求婚されている状態だと」
「うん」
「乙女ゲームはどこへいったの?ヒロインとやらは仕事してないじゃない」
「そうなのよね。もう、マリアが彼らのトラウマを解決してくれることに期待しない方が良いかも」
「確かに。そもそも悪役令嬢が居ない時点で乙女ゲームから外れていたのかも」
「私の所為?」
「そうとも言える」
「う~」
セリーヌが私からシュネを取り上げる。
「もう。さっきの勢いは何処へ行ったの?」
「そ、そうだよね。私が何とかしなくちゃ・・・」
「とにかく、クラヴィス公爵家に戻ることは確定してしまった今、何が出来るか考えましょ」
「うん」
「まず、忠告!!クラヴィス公爵邸には戻らないこと。クロードが危険よ」
「危険って」
「既成事実でも作られたらどうするの」
「き・・・」
「本気で言ってるのよ。王子様はそこまでしないでしょうが、クロードはするでしょうね」
「・・・分かった。寮から引っ越さないようにする」
「よろしい。次に王子だけど、王命があるとやっかいね」
「その辺、固められてる気がして・・・」
「一番の強敵は王子か・・・やっぱりお兄様と結婚」
「しません!!」
「でも、それくらいしか対抗案が無いわよ?」
「う~ん・・・あ、マリアは?」
「ヒロインがどうしたの?」
「クリストファーとマリアをくっ付けられないかな?」
「話を聞いてる限り、王子様の貴女への執着は人一倍よ」
「その執着をマリアに向けられないかな」
「やってみるしかないでしょ。で、最後の一人は?」
「カイムは・・・」
そうだ。私はカイムを傷つけたままだ。




