絶体絶命の話
「婚約者って・・・」
「言葉のままの意味だよ。婚約者候補だったんだ。分かるだろう」
何を言っているのか分からない。分からないが断らなくては・・・。
「私は子爵令嬢です。王子の婚約者にはなれません」
「だから、公爵令嬢に戻るんだ。身分は問題ない」
「戻るなんて話、聞いてません」
「今頃、ムシュー子爵の元に話が行ってるんじゃないかな?」
「そんな・・・」
子爵が隣国とは云え公爵からの要望を断れるわけがない。ましてや王家も動いているようだ。
「それで、私の婚約者になるかい?それともクロードと結婚する?」
「そんなの・・・」
選べるわけがない。
「選択肢なんて一つだけだろう。君とクロードは『姉弟』なんだから」
「な・・・!」
「社交界の公然の秘密というやつだよね。クロードも分かっているはずなんだが・・・あいつの考えは分からないな」
「会長は・・・」
「クリストファーって呼んでよ。昔みたいにさ」
「・・・クリストファー様は私の事がお嫌いでしょう」
「嫌い?何故?」
「何故って・・・」
あの侍女にした仕打ちを忘れてしまったの?
「ああ。あの侍女の事を気にしているのかい?君に悔やむ気持ちがあったなんてね」
「あ、当たり前です。幼かったとはいえ、私は取り返しのつかないことを」
「あんな事、気にする必要はない」
『あんな事』?
「気がかりはそれだけ?私は君を嫌ってないよ。むしろ好ましいくらいだ」
「そ、んなはず・・・」
「君は否定してばっかりだ。私の気持ちもクロードの気持ちも。困ったね。どうすれば信じてくれるんだい。ヘンリエッタ」
「ヘンリエッタ?ヘンリエッタ・クラヴィス?」
第三者が・・・カイムが後ろに呆然と立っていた。
「しまった。立ち入り禁止にしておくんだった」
「そんなことより会長!!ヘンリエッタってどういう事ですか!?彼女はアンリ・ムシューです!」
「カイムには秘密にしておくつもりだったんだが・・・まあ、その内バレてたか」
クリストファーが私に近寄り、かけていた眼鏡を取り上げた。
「ご覧カイム。面影が残っているだろう?」
「・・・そんな。まさか」
「正真正銘、彼女はヘンリエッタだ」
カイムは力が抜けたかのように膝をついた。
「俺を・・・俺を騙していたのか」
「違います!騙してなんか・・・」
「騙して笑っていたのか!?昔みたいに!嘲っていたのか!」
カイムの叫びが心に突き刺さる。笑ってなんかいない。嘲ってなんかいない。でも・・・
「知られたくなかったの。私がヘンリエッタだって。結果的に騙していたことになるのね・・・」
ごめんなさい。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
私は両手で顔を覆った。とめどなく涙が出てくる。ヘンリエッタだと知られてしまった恐怖から来る涙なのか、後悔の涙なのか・・・私には分からなかった。
「ちょっと、僕のヘンリエッタを泣かせないでよ」
泣いていた私は新たな侵入者にやっぱり気が付かなかった。
「クロード。お前も知っていたのか」
「当たり前でしょ。大切な従姉だよ。気が付かない訳がない。会長、部屋の鍵は閉めておくべきだったね」
そう言って、クロードは後ろ手に鍵を閉めた。
「お前とヘンリエッタは『姉弟』だろう。クロード」
「書類上は『従姉弟』なんですよ。会長」
クロードは私に近寄ってきて、肩に手をまわした。
「可哀想なヘンリエッタ。僕なら君を泣かせたりしないのに」
「おい、俺が泣かせた訳ではないぞ」
「あれ?会長じゃないんですか?」
「ああ、カイムだ」
「カイムが?そう言えば、何で居るの?」
「そんなこと、どうでも良いだろう。お前たちは、その女がした事を忘れたのか!?」
カイムが叫ぶ。しかし、クロードとクリストファーにはどこ吹く風だ。
「大した事ではないな」
「うん。可愛いもんだよね・・・あ、カイムにとってはそうでもなかったか」
「そうだな・・・カイムはヘンリエッタの顔も見たくないだろう。出てって良いぞ」
「な・・・!」
「ただし、彼女がヘンリエッタであることは口外しないように・・・まだな」
カイムは怒りからか震えていた。そして、生徒会室の鍵を開けると外に出て行った。そのカギを今度はクリストファーが閉める。
「当事者だけになったな。クロード。お前はさっさとクラヴィス家の養子になれ」
「会長。それではヘンリエッタと結婚できません」
「もともと出来んだろ。それに、クラヴィス公爵令嬢には王子の婚約者になってもらう」
「・・・それ、いつ決まったんですか」
「陛下に既に話は通っている」
「ま、まだ」
私はクロードの腕の中から抜け出した。そして距離を取る。
「まだ、ムシュー子爵から知らせが来ていません」
「その内、来るさ」
「知らせが来るまで信じません」
「そうか、まあ良い。知らせが来たら信じるんだな。その時は俺の婚約者だ」
私は鍵を開けると逃げるように生徒会室から出て行った。
「陛下に話しちゃうなんてズルいですよ。会長」
「使えるものは使う主義だ」
「でも、諦めませんよ。会長は無理強いは嫌いでしょ?」
「・・・ヘンリエッタの心が自分に向くと?」
「それが真実の愛でしょう?」
生徒会室を去った後、残った二人がそんな会話をしていることも知らず、私は・・・。
明日は更新できないかも・・・。




