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みそじぱ  作者: 無口な社畜


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エピローグ

 ノーラッドの町の西の外れにには【天罰の湖】と呼ばれる湖が存在する。

 その大きさは()()()ノーラッドの町とほぼ同等の大きさを誇り、今では町の貴重な水源として重宝されていた。


 もっとも、この湖は元々はこの場所には存在せず、今から凡そ2年前に突然怒った地殻変動により穿たれた大穴に、たまたま近くを流れていたダール川の水が流れ込んでできた、現れて間もない湖だった。

 ただ、その形成の過程が余りにも唐突である事と、現在湖である場所の一部は元々ノーラッドの町の一部であった事で犠牲者の数もかなりの数に上った事が、現状の呼び名の由来ではあったのだが────


「今日も【ネメシスレイク】は美しい湖面を湛えているな。結構なことだ」


 町の外縁の道から湖畔に向かって歩を進めながら、そんな事を口にしたのは黒髪の剣士風の冒険者アルドだった。

 いつも同様に不機嫌そうな表情ではあったものの、その言葉が嘘では無いとでも言うように、僅かばかりではあるが柔らかな視線を湖に向かって向けており、その水際で湖面に向かって立っていた灰色の髪の冒険者の背中も当然視界と、声の範囲に入っていた。


「【ネメシスレイク】……ね。不思議だな。俺が知っているこの湖の名前とはかけ離れているな」

「貴様が口しているこの湖の名前がどんなものなのかは想像がつくが、我にとってこの泉は【ネメシスレイク】以外の名などもたん。誰がなんと言おうとな」


 灰色の髪の冒険者──ライデンの呟きに自信たっぷりに答えると、アルドはライデンに並ぶように湖畔に立つ。

 お互い視線を交わすこともなくじっと湖面をを見つめていたが、しばらくして口を開いたのは後からやってきたアルドだった。


「この湖が全てを洗い流してくれた……とは言わぬ」


 アルドの声に答えるように風がふき、湖面に小さな漣を作る。

 比較的岩の多い地質だったからかどうかは分からないが、透明度の高い水面から湖底までの様子は多少の漣がたったくらいでは視界の邪魔にすらならず、明らかに人工物とわかる残骸が、未だ湖底に散らばっているのが二人の位置からでも確認する事が出来た。


「だが、ネメシス様のお力でこの場所に元々あったものが消え去ったように、あの日嘗ての私は死に、現在の私が新たに生まれた。瀕死の私を助けたのは確かに()()()()()かも知れぬ。しかし、この私の過去を消し、こうして新たな生を歩ませてくれたのは間違いなくネメシス様だ」


 そこまで口にして、アルドはこの場所に来て初めてライデンへと顔を向ける。


「そんな偉大な守護女神を持つことを貴様はもっと誇りに思うべきだ。少なくとも、そのような死人のような顔を晒すのはよせ」


 「実に不快だ」と、続けながら、アルドは再び湖面へと視線を戻す。

 抉られた地面に水が溜まって出来ただけの湖。それは大きな水たまりといってもそう大きな間違いでもなかっただろう。

 その証拠に、この湖に水生の生物が棲みつきだしたのは、最近のことでもあったから。


「……それでも……」


 ライデンが言葉を口にしたのは、そんな静けさの中だった。


「罪は償わなくてはならない」

「そうだな」


 ライデンの言葉にアルドは頷く。

 それはさも当然のようでありながら、それでもアルドは両腕を腰に当てて胸を張るように続ける。


「だからこそ我らはここにいる。本来であれば逃げ出してもおかしくないこの町に我らが未だに居座っているのは、我らが罪人で、ここで償うべき事があるからだ」


 「それこそ星の数と同等の」と、続けながら、アルドはそれでも口にする。


「この町の人間が、この国の人間が、この世界の全ての人間が我らの罪を知らなくとも、この身が存在している限り、我らの罪は消えることはない。そう──」


 そこでアルドは再び湖面に視線を落とす。


「──町を消し、大地を消して、この美しい湖を作った女神さまでさえ──消すことは出来んのだ」


 普段の不遜なアルドを知る人が今のアルドの言葉を聞いたなら、己の耳を疑ったことだろう。

 しかし、隣立つライデンはそんなアルドの言葉にも特に大きな反応は見せず、ただ小さく「……人の心……か」と呟き、膝を落とし、右手を水の中に差し入れる。


「レイラは誰にも、何も言わずにこの町から姿を消したそうだ」

「ああ、そうらしいな」

「アリシアはガイヤ殺害の加害者として、犯罪奴隷になったらしい」

「糞のような女にはそれ以上適した職はなかろう」

「それでフラワーガーデンは解散かと思いきや、ナターシャとセリアの二人で頑張って次の仲間を探して、再結成させるってさ」

「……ああ。貴様がこんな場所で不貞腐れている原因はそれか。大方ナターシャを我らのパーティーに誘って断られたのだろう」


 アルドの言葉に一瞬ライデンの腰が沈んで右手の手首まで水の中に沈んだが、直ぐに気を取り直したのか立ち上がり、右手を振りつつアルドに向かって顔を向けた。


「彼女たちに対して、何か俺たちに出来る事はないだろうか?」

「何も無い」


 半ば縋るようなライデンの言葉に、話を振られたアルドの返答はにべもない。

 アルドはライデンの方に向き直ると、両腕を組んで眉の間に皺を作る。


「そもそも前提がおかしい。何故なら、先ほど貴様が挙げた女どもは、誰ひとり助けを求めていないからだ。助けを求めていないということは、奴らがそれぞれの現状を飲み込み、消化しているからだと思わんか? それを勝手に、第三者の価値観でもって助けたいというのは、偽善ですらない」


 そこでアルドはわざと言葉を区切ると、目を細くしてきっぱり告げる。


「ただの迷惑だ」


 その言葉を聞き、ライデンもアルドと同じように腕を組むと、俯きながら深く長い溜息を付くことしか出来ない。


「ああ、そうだな。分かってはいるんだけど……」

「……嘗ての自分の罪を思うとやるせない……か?」


 アルドの言葉にライデンは今度は答えない。

 しかし、その沈黙を答えととったのか、アルドは一人佇むライデンに背を向ける。


「貴様が何かをしたいのならば止めはせんよ。止めはせんが……いつまでもそうして仕事に身が入らない貴様のフォローをするのも疲れたのでね。その対応策はとらせてもらった」


 町に向かって歩を進めだしたアルドの言葉に、ライデンは俯いていた顔を上げるとアルドの背中を見る。


「ガイヤが死んで戦力が落ちた事もあるしな。今回の報酬で一人()()()()()()()奴隷を買った。そいつはさる理由から性奴隷にすらなれない欠陥品だが、なに、戦闘で使い潰すには丁度いい」


 その言葉に、ライデンは無意識にアルドの背中に向かって一歩を踏み出し、その気配を聞きつけたのか、アルドは立ち止まると振り返り、()()()()()ニヤリと笑う。


「罪は償わなければならない。嘗ての過ちがこの湖の底に沈んでしまったのだとしても、己の中にある罪悪感までは消せぬものさ。我もお前も。とんだ迷惑ものだと思わんか?」


 楽しそうに同意を求めたアルドに対して、ライデンは笑う。

 それはとても弱々しくて、乾いたものではあったけれど、先程までの悲壮なものではなくなっていた。


「今から奴隷商に引取りに行く約束になっている。もしも暇なら付き合えライデン」

「……ああ」


 ライデンは頷くと、先を歩くアルドの背に向かって歩を進める。

 その背後では。


 人気の無くなった湖面へとどこからともなく強い風が吹き、先程まではよく見えていた湖底の様子を、漣でもって全てを隠してしまうのだった。




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