第4話 最恐怨霊、電子レンジに敗北する
「わかりましたよ! まずはお握りを作ればいいんですよね!」
半ばヤケクソ気味に叫んだ俺を、ヤエさんがダイニングチェアから見上げている。
白装束姿の彼女の周りだけ、相変わらず冬のように寒かった。
「なにを突っ立っておる、下僕。口を動かす暇があるなら手を動かさぬか。さっきから魚と汁物の匂いばかり漂わせて、私を生殺しにする気か」
「生殺しって……今すぐ握りますよ! 握りますから、魂を啜るのだけは本当に勘弁してくださいね!?」
俺は慌ててキッチンへと駆け込んだ。
人の家に勝手に入り込んでここを根城にすると宣言した挙げ句、当然のように主面をして飯を要求してくる。思考がまるで追いつかないが、とにかく今は目の前の空腹な怨霊の機嫌を損ねないことが最優先だ。
俺は傷口に絆創膏を貼ったままの手のひらを庇いつつ、まな板の上にラップを広げた。
炊飯器に残っていた温かい白米をしゃもじで掬い、昼に焼いてほぐしておいた甘塩鮭と『やまうに豆腐』を具にして、手早く二つのお握りを作る。ラップを外し、焼き海苔で包んで白い平皿に並べた。
「あと、みそ汁も残ってたよな」
小鍋を覗くと、モロヘイヤのみそ汁がちょうど一杯分だけ残っていた。ただ、火を止めてから少し時間が経っていてぬるくなっている。鍋ごと火にかけるより、お椀に移して温めた方が早い。
俺は電子レンジ対応の陶器のお椀にみそ汁をよそい、キッチンカウンターの隅にある電子レンジへ入れて扉を閉めた。
「ヤエさん、お握りできましたよ。お汁は今温めてるので、先にこれをどうぞ」
ダイニングテーブルにお握りの皿と冷たい緑茶を置き、俺はキッチンへ戻って電子レンジの『あたためスタート』のボタンを押した。
ブォォォン……という低い駆動音とともに、庫内のオレンジ色のライトが点灯し、ターンテーブルが回り始める。
ガタンッ! と激しい音を立ててダイニングチェアが倒れ、リビングの温度が一気に氷点下まで急降下した。
「ひっ!?」
俺が振り返ると、お握りに手を伸ばしかけていたヤエさんが、部屋の隅まで跳び退いていた。
長い黒髪がぶわっと逆立ち、白装束の裾が風もないのに揺れている。その瞳が、キッチンカウンターの上の電子レンジを射殺さんばかりに睨みつけていた。
「貴様……っ、それはなんの真似だ、下僕!」
「えっ? なにって、みそ汁が冷めてたんで」
「惚けるな! その白い箱が低く唸り、不気味な光を放っておるではないか! 中に椀を閉じ込めて、なんの呪詛を練っておる!?」
「呪詛!? いや、みそ汁に呪いなんかかけませんよ! これ電子レンジです、食べ物を温める家電ですよ!」
「か、かでん? ええい、騙されぬぞ! 見よ、箱の中で椀がひとりで回っておるではないか! さては私に毒を盛る気か、あるいは新手の封印具か! 小賢しい真似を――!」
ヤエさんが右手を振り上げ、電子レンジごとキッチンを粉砕しかねない凶悪な霊気を渦巻かせた。
「待って待って待ってください! 壊さないで! 本当にただ温めてるだけですから! あと十秒、あと十秒で勝手に止まりますからちょっとだけ我慢して!」
俺が両手を広げて必死に立ち塞がる。
――ピピピッ、ピピピッ!
電子レンジが温め完了を知らせる甲高い電子音を響かせ、庫内の光がフッと消えた。
「ひゃあっ!?」
ヤエさんがビクッと肩を跳ね上げ、ソファの背もたれの後ろにサッと身を隠した。そこから半分だけ顔を出して、警戒心むき出しの目で電子レンジを窺っている。
「な、なんだ今の音は。貴様、その箱の中で怪鳥でも飼っておるのか」
「飼ってませんよ、温め終わりましたよっていうただの合図です」
俺は背中にかいた冷や汗を拭いながら、電子レンジの扉を開けて湯気の立つお椀を取り出した。
それをテーブルに置き、「ほら、本当に温まっただけですよ」と湯気を見せてやると、ヤエさんはようやくソファの陰から出てきた。
いかにもバツが悪そうに咳払いを一つして、倒れた椅子を自分で直し、何事もなかったかのように腰を下ろす。
「ふ、ふん。なるほどな。無論、最初からそうと分かっておったわ。ただ、その箱が些か無礼な唸り声を上げたゆえ、少しばかり躾けてやろうと思っただけだ」
「はいはい、うちのレンジが失礼しました。冷めないうちに食べてください」
俺が促すと、ヤエさんはまだ少しだけ電子レンジの方をチラチラと警戒しながらも、皿の上のお握りを両手で持ち上げた。
そして、大きな口を開けてガブリとかぶりつく。
途端に、ヤエさんの険しかった眉間がふわりと緩んだ。
「む。むむっ」
もぐもぐと頬を動かし、目を丸くして手の中の握り飯を見つめる。
「なんだこれは! ただの塩握りではないな。ふっくらと温かい米の奥から、香ばしい魚の脂と、何やらまろやかで深いコクが湧き出てくるぞ!」
「鮭の身に、やまうに豆腐っていうのを少し混ぜてあるんです。お口に合いました?」
「うむ、実に美味い! 廃病院で食った甘い菓子も魂が震えるほどであったが、この握り飯も格別ではないか!」
ヤエさんは夢中になって一つ目のお握りを平らげると、お椀のみそ汁を啜り、「ほぉぉ……とろりとした草の汁が五臓六腑に染み渡る」と幸せそうな溜息を漏らした。
そのまま二つ目のお握りまであっという間に完食し、緑茶を飲み干して満足げに胸を張る。
「足りました?」
つい普通の食事みたいに聞きかけて、やめた。さっき電子レンジを壊されかけたばかりだ。
俺は空になった皿に視線を落としてから、ふとカーテンの隙間から見える外の通りに目を向けた。
平日の昼下がり。家の前の道路を、近所の奥さんが買い物袋を提げて歩いていくのが見えた。
もし今、回覧板や宅配便で誰かがうちのインターホンを鳴らしたらどうなる? それどころか、庭先や窓際で、ボロボロの白装束に素足の美女がうろついているのを近所の人に目撃されたら?
「あの、ヤエさん。ちょっといいですか」
「なんだ、下僕。お代わりの握り飯か? ならばあと二つほど――」
「あ、いや、お代わりの話じゃなくてですね。ヤエさんのその姿って、俺以外の普通の人にも見えてたりします?」
「無論だ。気配を断って姿を隠すこともできぬわけではないが、こうして実体を伴っておれば誰の目にも映る。先ほど外を歩いてきた折も、道行く連中が私の姿を見てぎょっとした顔で道を空けておったわ」
「それ、畏れられたんじゃなくて不審者だと思われたんですよ! まずいですって、真昼間にボロボロの白装束で裸足で歩いてたら、一発でお巡りさん呼ばれますから!」
「おまわり? なんだそれは。強いか?」
「強い弱いじゃなくて警察です! 頼むから戦おうとしないでくださいね!? ここに住むって言うなら、せめて周りの人に通報されない格好になってもらわないと困ります!」
俺が頭を抱えて訴えると、ヤエさんは心外だと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「ふん、さように騒ぐな、下僕。人の世に紛れるくらい、この私にかかれば造作もないことだ」
ヤエさんがすっと立ち上がった。
彼女の全身から漂っていた刺すような冷気が、まるで潮が引くようにスッと消え失せる。
それだけではない。床に引きずるほど長かった髪が背中のあたりまで自然に収まり、死人のように青白かった肌にほんのりと桜色の血色が差して、周囲の空間を歪ませていた異質な圧迫感が完全に収まったのだ。
目の前に立っていたのは、背が高く、スラリとした細身の体躯を持つ黒髪ストレートの女性だった。凛とした骨格に、強い意志を感じさせる涼やかな瞳。さっきまで紅く光っていた目も、今は普通の人間と変わらない。
「どうだ。これでそなたら人間どもと同じであろう」
ヤエさんが誇らしげに顎を上げる。
確かに、怪異特有の恐ろしい気配は綺麗に消えている。どこからどう見ても、生身の若い女性だ。
ただし――。
「あの、ヤエさん。下を見てください」
「ん? 下がどうした」
「生身の人間になったせいで、その泥だらけの白装束と裸足が余計にヤバい人に見えますって!!」
「な、なぜだ!? 髪も肌も完璧に化けておるであろうが!」
「だからですよ! 肌ツヤが良くなったぶん、山奥から逃げてきた訳ありの人にしか見えないんです! ちょっと待っててください、今すぐ着られそうな服を持ってきますから!」
俺は階段を駆け上がって二階の自室へ戻り、クローゼットを引っ掻き回した。
海外赴任中の母親の服は全部向こうに持って行っているか、クリーニングの袋に入って奥にしまわれている。すぐに引っ張り出せるのは俺の服だけだ。
俺は自分がほとんど着ていない、紺色の清潔なジャージの上下と、新品の白い靴下、それにバスタオルを掴んで一階へ降りた。
「ヤエさん、とりあえずこれ着てください。俺のお下がりで申し訳ないですけど、白装束よりは百倍マシです」
「下僕の抜け殻だと? なぜこの私がそのようなものを纏わねばならぬ」
露骨に嫌そうな顔をするヤエさんに、俺は必死で食い下がった。
「いいんですか? これに着替えてくれないと、外に甘いお菓子を買いに行くこともできませんよ。あのフィナンシェとかチョコレートみたいな美味しいやつ、街のお店には他にも山ほど種類があるんですけどね」
「なに? 山ほど、だと?」
ヤエさんの瞳がピクリと動いた。
数秒間、プライドと食欲の間で葛藤していたらしいヤエさんは、やがて「ちっ、致し方ない。下僕がそこまで泣いて頼むなら、今日だけは特別に着てやろう」と上から目線でジャージをひったくった。
「誰も泣いてませんけどね。あ、着替えるなら廊下の奥の洗面所を使ってください。濡れたタオルも置いときますから、足も拭いてくださいね。ちなみにその隣の扉はお手洗いですから」
「うむ。では着替えてくる。覗いたら八つ裂きにするゆえ、そこで待っておれ」
「覗きませんよ、命が惜しいですから!」
ヤエさんが洗面所へ消えたのを見届けて、俺はようやくリビングのソファにへたり込んだ。
とりあえず、ご近所対策の第一歩はクリアできそうだ。あとは、もし誰かに見られたときのために、ヤエさんの名前と立場を決めておかないといけない。『八重』だと少し古風すぎるし、苗字もないと不自然だ。俺が二十四歳だから、一つ年下の二十三歳の親戚ってことにして。
洗面所の隣――トイレの方から、カチャリと扉の閉まる音がした。
着替え終わって、興味本位でトイレを覗いてみたのかもしれない。
その数秒後。
ウィィィン……シャアアアアッ! という微かな水音に続いて。
「ひゃあああっ!?」
家全体が揺れるほどの絶叫が響き渡った。
「な、なんだこの白い鉢は! 下から水が噴き出してきおったぞ! 曲者か! 下僕、下僕ぅーっ! 鉢の中に水鉄砲を構えた妖が潜んでおる! 今すぐ鉢ごと叩き潰してくれるわ!!」
トイレの扉の向こうから、便器どころか配管ごと壊滅させかねない狂暴な霊気の膨張が伝わってきた。
「やめてえええっ! ヤエさん待って、それウォシュレットです! お尻を洗う機械! 壊したら家中が水浸しになります! 壁のところにボタンがあるでしょ!? 『止』って書いてある四角いボタンを押してください! 早く!」
俺がトイレのドアを叩きながら必死に叫ぶと、中でバシッ! と何かを叩く音がして、ピッと電子音が鳴り、水の音が止まった。
しばらくの沈黙のあと、ゆっくりとトイレの扉が開いた。
そこから出てきたのは、俺の紺色のジャージを着て、ダボダボの袖と裾をたくし上げたヤエさんだった。
顔が耳まで真っ赤に染まり、目尻にはうっすらと涙まで浮かんでいる。ただ、長身で手足が長く、顔が小さいせいで、俺の芋っぽいジャージを着ているはずなのに、まるでファッション誌のモデルが部屋着を着こなしているみたいに妙に似合っていた。
「下僕」
「は、はい」
「今のことは忘れろ」
「今のって何ですか? 俺は何も聞いてませんよ。誰かがトイレの水鉄砲と戦ってたなんてこれっぽっちも」
「一言多いわ! 誰かに漏らしたら、今度こそ魂を啜るからな!」
「墓場まで持っていきます!」
俺が即答すると、ヤエさんはぷいっとそっぽを向いてリビングへ戻り、ダイニングチェアにドカッと座った。
気まずい空気をなんとか変えようと、俺はテーブルの上のリモコンを手に取り、「あ、そうだ。今の世の中がどんな感じか、これを見ると少し分かりますよ」とテレビの電源を入れた。
パッと液晶画面が明るくなり、軽快な音楽とともに午後の情報番組が映し出される。
ビクッ、とヤエさんの肩が大きく跳ねた。
「むっ!? 今度はその黒い板が勝手に喋り出したぞ!」
身構えて腰を浮かせたヤエさんだったが、画面の中でリポーターの女性が街角の洋菓子店を紹介し始めると、ピタリと動きを止めた。
ショーケースに並ぶ色とりどりのケーキや、焼きたてのタルトが画面いっぱいに映し出される。
ヤエさんは吸い寄せられるように椅子から立ち上がると、テレビの前まで歩いていき、画面のすぐ目の前にしゃがみ込んだ。
「おい、下僕。この板の中には、小さな人間と菓子屋が閉じ込められておるのか?」
「閉じ込められてたら大事件ですよ。テレビといって、遠くの場所の映像を映してるだけです」
ヤエさんは眉をひそめ、テレビの横から裏側をひょいっと覗き込んだ。薄い液晶パネルの後ろに何もないことを確認すると、再び正面へ戻って画面をじっと見つめる。
「裏には誰も隠れておらぬな。貴様が持っておる小さな光る板と同じからくりか。して、この中に映っておる白いふわふわした菓子は、手を突っ込めば取り出せるのか?」
「取り出せませんから、画面を引っ掻かないでくださいね!? それはショートケーキっていって、お店に行けば普通に買えますから!」
「ほう、外に行けばあれが買えるのか! ふむ、今の世の人間どもは、実に妙で便利なからくりばかり作りおるな」
ヤエさんはすっかり機嫌を直し、次々と切り替わるCMの映像を珍しそうに眺めながら、感心したように頷いていた。
少し落ち着いたのを見て、俺は胸を撫で下ろしながら声をかけた。
「あの、ヤエさん。そのケーキを買いに外へ出るためにも、周りの人に怪しまれないよう仮の名前と立場を決めたいんです。俺の親戚のいとこで、二十三歳の『高橋すず』さんってことにしませんか?」
「外向けの名だと? タカハシ、スズ」
ヤエさんは自分の口の中でその響きを転がすように呟き、それから満足そうに口の端を上げた。
「悪くない響きだ。よかろう、人の世で振る舞う折の仮の名として、その『高橋すず』を名乗ってやる」
「ありがとうございます。じゃあ他人がいるところでは、すずさんって呼びますね」
とはいえ、名前だけ決まっても問題は山積みだ。
今のヤエさんが着ているのは俺のジャージ一着だけ。替えの服もなければ、女性用の下着も、普段履きの靴も、洗面用具もない。だが、悲しいかな独身男の俺には、年頃の女性の服や生活用品をどう揃えればいいのか皆目見当がつかなかった。
「よし。こういう時こそ、あいつらの知恵を借りるか」
俺はポケットからスマートフォンを取り出した。
昨夜から今朝にかけて俺の命を救ってくれた安価スレは、すでにレス数が上限に達して過去ログへ落ちている。
俺はオカルト板の画面を開き、新しいスレッドを立ち上げた。
――――――――――――――――――――
【相談】廃病院から帰ってきたら、最凶の怨霊と同居することになったんだが
1 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 14:15:22 ID:SuZuki70
今朝、旧隔離病棟から生還したイッチだけど、誰か見てる人いる?
ヤエさんが俺の家を根城にするって乗り込んできた。
ご近所向けに「高橋すず(23歳)」っていう親戚のいとこ設定にして人間の姿に化けてもらったんだが、今俺のジャージしか着るものがない。
独身男、女性の服や生活用品に何が必要か皆目見当がつかないので知恵を貸してほしい。
2 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 14:16:05 ID:pQ88nL04
ファッ!? 今朝の廃病院イッチか!
3 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 14:16:38 ID:a8K9mP11
ID同じじゃん、マジで本人だ!
お前生きて帰ったと思ったら、最凶怨霊をお持ち帰りしてんじゃねえかwww
4 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 14:17:12 ID:dR66yH03
病院の出口で消えたんじゃなかったのかよ!?
なんで家バレしてんだよ怖すぎだろ!!
5 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 14:17:55 ID:SuZuki70
4
俺に付けた「霊気の印」っていうのを辿ってきたらしい。
とりあえず飯を出したら落ち着いたんだけど、現代の家電にいちいち驚いて破壊しかけるし、早く外に出られる格好を揃えないとお菓子も買いに行けないんだ。
6 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 14:18:30 ID:xL02vB99
5
完全にマーキング&餌付けルート入ってて草
悪霊を素手で引き裂いた最恐の怨霊がジャージ着て家電にビビってんのかよwww
7 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 14:19:12 ID:mV41wZ77
最恐怨霊(ジャージ姿・23歳親戚設定)は属性過多すぎるだろw
ジャージ姿うp!
8 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 14:19:48 ID:dR66yH03
やめとけ>>7、無断で写真撮ったら今度こそイッチの魂が啜られるぞw
てか服なら、まずは近所のファストファッションか通販で、サイズ調整しやすいワンピースとかスウェット、ウエストがゴムのスカートあたりを買うのが無難じゃね?
9 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 14:20:35 ID:fH55cE21
女だけどアドバイスしとく。
下着はサイズ測れないだろうから、ユニクロとかで買える「ブラトップ(カップ付きのキャミソールやタンクトップ)」が一番いいよ。MかLを両方買っておけばまず入る。
あとは履きやすい靴と、新しい歯ブラシ、フェイスタオル、ヘアブラシ、ちょっと良い匂いのするシャンプーとボディソープも用意してあげな。髪が長いなら絶対喜ぶから。
10 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 14:21:18 ID:kM33sT12
パジャマ代わりの部屋着ももう一着買っとけよ。
毎日イッチのお下がりジャージってわけにもいかないだろw
11 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 14:22:05 ID:SuZuki70
8 >>9 >>10
めちゃくちゃ助かる!! ブラトップにゴムのスカート、靴と洗面用具ね、全部メモした!
今から近所のショッピングモールとドラッグストアに走って買ってくる!
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「へえ、カップ付きのキャミソールなんて便利なものがあるのか。助かるな、本当に」
俺はスマートフォンのメモアプリに買うものリストを打ち込むと、ダイニングチェアに戻ってテレビのCMを眺めていたヤエさんに声をかけた。
「ヤエさん、今から近所のお店に行って、ヤエさんの服と日用品を一通り買ってきます。一時間くらいで戻りますから、その間絶対に外に出たり、家の機械と戦ったりしないでくださいね」
「誰が箱ごときと戦うか。よかろう、この光る板の絵巻を見て待っておいてやるゆえ、手早く揃えてまいれ。それと、先ほどの白いふわふわした菓子も忘れずに買うてくるのだぞ」
「まずは服が先ですってば。大人しく待っててくださいよ」
俺はヤエさんにくれぐれも釘を刺してから原付に跨り、駅前のショッピングモールへと走った。
ブラトップはサイズが分からないので、結局MとLを両方買った。ニットワンピースにロングスカート、部屋着と靴も揃える。
最後にドラッグストアで洗面用品を一通り買い込むと、両手が買い物袋で塞がっていた。
急いで帰宅すると、ヤエさんは本当に大人しくダイニングチェアに座ってテレビを眺めていた。
「お待たせしました! これ、新しい服と洗面道具です。あと、寝床なんですけど……俺の部屋は二階にあるので、ヤエさんには一階の奥にある和室を使ってもらおうかと思うんですが、どうでしょう?」
俺は買い物袋をテーブルに置き、廊下の奥にある八畳の和室の襖を開けて見せた。
日当たりの良い縁側がついた、来客用の静かな畳の部屋だ。ヤエさんは興味深そうに和室へ足を踏み入れると、新しい畳の匂いを嗅ぎ、満足そうに頷いた。
「ほう、この部屋は妙な箱もなくて落ち着く匂いがするな。二階とやらに上がるのも面倒だし、ここを私の寝床としよう」
「よかった。じゃあ押入れから客用の布団を出して敷いておきますね。その間に、買ってきた服が合うか試してみてください」
俺が和室に清潔な敷布団と掛け布団を整えている間に、洗面所で着替えを済ませたヤエさんが戻ってきた。
淡いベージュのニットワンピースに、黒のロングスカート。さらに、買ってきたばかりのブラシで早速長い黒髪を梳かしたのか、艶やかな髪がさらりと肩口に流れている。
「どうだ、下僕。この衣は軽くてなかなか肌触りが良いぞ。それに、この髪を梳く櫛も悪くない」
ヤエさんがふわりとスカートを揺らして見せる。俺のダボダボのジャージ姿も妙に似合っていたが、ちゃんとした女性用の服を着ると、いよいよ直視できないくらい綺麗なお姉さんだ。これなら、いつご近所の人に遭遇しても『親戚のいとこの高橋すずさん』として完璧に通るだろう。
「すごく似合ってますよ、ヤエさん。タオルとシャンプーも洗面所に置いておきましたから、自由に使ってくださいね」
「うむ、大儀であったな。下僕にしては上出来だ」
ヤエさんは機嫌よく頷き、リビングへ戻ってダイニングチェアに腰を下ろした。
「よし……これでなんとか、今日からの生活は回りそうだな」
俺が安堵の息を吐きながら、空になった買い物袋を片付けていると、ヤエさんが小さく息を吐いた。
「ふぅ」
ほんの一瞬だけ、彼女の長い黒髪の輪郭が、陽炎のように揺らいだ気がした。
それと同時に、せっかく暖まっていたリビングの空気が、またしてもすっと肌寒くなる。
「ヤエさん? どうかしましたか?」
俺が顔を上げて声をかけると、ヤエさんは片手で自分の額を押さえ、少しだけ眉をひそめた。
「なんでもない。ただ、この人間どもの皮を保ち続けるのも、存外に霊力を食うと思ってな」
「霊力を食う……って、その人間の姿でいるだけで力を消耗するんですか?」
「うむ。本来の私の瘴気や冷気をすべて内側へ押し込め、生身の肉体と同じ波長に留めておるのだ。封印から出たばかりで霊気が減っておるところに、外を歩き回り、こうして擬態までしておれば、減りも早くなる」
ヤエさんは額から手を下ろし、今度は自分の腹のあたりをぐっと押さえた。
そして、値踏みするような、それでいてどこか切実な光を宿した瞳で、俺をまっすぐに見つめてきた。
「下僕よ。腹が減った」
「えっ? いや、昼にお握り二つとみそ汁を完食したじゃないですか。あ、でももうすぐ夕飯の時間ですし、すぐ何か作りましょうか? ご飯もまだ残ってますし!」
俺が慌ててキッチンへ向かおうとすると、ヤエさんはゆっくりと首を横に振った。
「違う。貴様の握り飯は実に美味かった。だが、人間の食べ物は私の舌を喜ばせ、気を紛らわせることはできても、私の根本たる『霊力』の足しにはならぬのだ」
「え?」
俺の足がピタリと止まった。
カーテンの隙間から差し込む午後の日差しの中で、ヤエさんの黒曜石のような瞳が、ほんのわずかに妖しい赤みを帯びて揺れる。
「先ほども申したであろう。このまま霊力がすり減れば、この高橋すずとやらの皮が剥がれるばかりか……私は本能のままに、目の前にある手頃な魂の霊気を啜りたくなるかもしれぬな」
ヤエさんが、赤い唇をぺろりと舐めた。




