第1話 就活70連敗したので、スレ民の安価で心霊スポットに行く
『慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら今回はご期待に添えない結果となりました。鈴木様の今後のご健勝とご活躍を、心よりお祈り申し上げます』
スマートフォンの液晶画面が放つ青白い光が、暗い自室の天井をぼんやりと照らしていた。
時刻は午前一時十五分。
俺――鈴木悠作、二十四歳、フリーター。本日をもって、就職活動の連敗記録が綺麗に七十の大台に乗った。
「……七十社目かぁ」
声に出してみると、なんだか自分のことじゃないみたいに間の抜けた音がした。
酒は一滴も飲んでいない。冷蔵庫には缶ビールくらい入っているけれど、それをプシュッと開ける気力すら湧かなかった。シラフの頭は妙に冴えきっていて、ただ胸の奥に鉛みたいな重たい塊が居座っている。
両親が海外赴任中で、だだっ広い実家の一軒家に今は俺一人しかいない。静まり返った家の中で、冷蔵庫の低い駆動音だけがやけに耳についた。
このまま布団を被って目を閉じても、どうせ朝まで眠れっこない。
俺は仰向けのまま親指を動かし、メールアプリを閉じて、いつも暇つぶしに眺めているオカルト系の匿名掲示板を開いた。
深夜の掲示板は、昼間とは違う独特の澱んだ熱気がある。都市伝説の考察スレ、意味が分かると怖い話、どこかの廃墟の探索報告。そんなスレッドの並びをぼんやり眺めているうちに、俺の中で何かがぷつんと弾けた。
どうにでもなれ、という自暴自棄な悪ノリだった。
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【安価】就活70連敗したから今から心霊スポット行く【ヤケクソ】
1 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:22:14 ID:SuZuki70
タイトル通り。さっき70社目のお祈りメールをいただいた。向こうは俺の今後のご健勝を心よりお祈りしてくれるらしいけど、もう履歴書書くのも自己PRひねり出すのも飽きたから、今から原付でどこか心霊スポット行ってくる。行き先は >>15 で決める。ガソリン代も笑えないんで県内か近場にしてくれ。
2 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:23:02 ID:a8K9mP11
70連敗て。もうお祈りされすぎて逆に除霊済みの体になってそうだな。お疲れ
3 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:23:45 ID:xL02vB99
幽霊より来月の引き落としのほうが怖いやつじゃん
4 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:24:10 ID:SuZuki70
>>2 ご利益ゼロなんだよなあ。 >>3 やめろ、今まさにその現実から逃げるためにヘルメット被ろうとしてるんだから。
5 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:24:28 ID:SuZuki70
場所はどこでもいいぞ。どうせ幽霊なんて信じてないし、出てきたところで不採用通知の定型文より傷つくことはないだろ。
12 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:25:33 ID:qW55nN04
八王子城跡
13 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:25:41 ID:pZ19kL88
犬鳴峠
14 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:25:50 ID:mK77tR21
もうハローワークの前でいいよ
15 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:25:52 ID:dR66yH03
埼玉の旧埼玉県立療養病院・旧隔離病棟
16 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:26:15 ID:a8K9mP11
>>14 一番怖いところやめろw って思ったら >>15 がガチで洒落にならないとこ出してた
17 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:26:49 ID:xL02vB99
旧隔離病棟は笑えないって。あそこ入った配信者が機材トラブル続きで失踪騒ぎになったとこだろ。まあどうせイッチも検索して怖気づいて布団に戻るに1000ペリカ
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「旧隔離病棟……?」
俺はベッドから上半身を起こし、検索窓にその名前を打ち込んだ。
少し離れた山際にある、数十年前に閉鎖された療養病院の隔離病棟跡。検索候補には『心霊』『帰れない』『足音』なんて不穏な単語がずらりと並んでいる。原付を飛ばせば一時間ちょっとで着く距離だ。
スレの画面に戻ると、『どうせ布団から出ない釣りスレ』『寝ろ無職』と散々な言われようだった。
これまで散々不採用を突きつけられて、おまけに顔も知らないネットの連中にまで口先だけの嘘つき扱いされるのか。
そう思ったら、変なところで意地が湧いてきた。
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24 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 01:29:10 ID:SuZuki70
よし、旧隔離病棟な。地図見たけど原付でギリ行けるわ。今から準備して出る。2時半くらいには着くから、1000ペリカ賭けた人はそのまま起きて待っててくれ。
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俺はスウェットから動きやすい厚手のパーカーとデニムに着替え、履き慣れたスニーカーの紐をきつく結んだ。リュックの中に大容量のモバイルバッテリーと充電ケーブル、それから防災袋に入っていたLEDの懐中電灯を放り込む。
玄関の鏡には、短い黒髪の、どこにでもいそうな男が映っていた。服の上からでも、肩回りはどうにも頼りない。
……こんな奴が真夜中の廃病院に行ってどうするんだ。いや、そもそも行かなきゃいいんだけど。
冷え込む深夜の空気の中へ飛び出し、原付のエンジンをかけると、俺は街灯の少ない郊外のバイパスへと走り出した。
★★★★★★★★★★★
午前二時四十分。
山の斜面を切り開いた旧道の突き当たりで、俺は原付のエンジンを切った。
ヘッドライトが消えると、周囲は息が詰まるような暗闇に包まれた。風が木々の枝を揺らすザワザワという音だけが、やけに大きく響いている。
懐中電灯を点け、光の筋を前方へ向けた。
赤茶けて錆びついた鉄門の奥に、蔦と雑草に半ば埋もれた三階建てのコンクリート建築がそびえ立っている。窓ガラスのほとんどは割れ落ちており、ぽっかりと開いた無数の窓が、暗闇の中で口を開けているように見えた。
空気が冷たい。走ってきたせいで冷えたのかと思ったが、ヘルメットを脱いだ首筋にまとわりつくのは、どこか地下室のカビと湿った土を混ぜたような、独特の重い空気だった。
「いや、待ってくれ。雰囲気ありすぎだろ、ここ」
さっきまでの勢いが、急速にしぼんでいくのが分かった。
俺はそもそもホラー映画すら得意じゃない。お化け屋敷に入れば一番後ろで前の人の背中を掴むタイプだ。なんでこんな夜中に一人で廃病院の前に立っているんだ、俺は。
それでも、ここまで来て何もせずに帰るのは癪だった。俺は震える指先をごまかしながら、スマホのカメラで鉄門と廃病棟の外観を撮影し、スレッドに投稿した。
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88 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:43:12 ID:SuZuki70
着いたぞ。めちゃくちゃ寒いし、入り口の時点で空気がジメッとしてて最悪なんだが。
[画像:懐中電灯に照らされた錆びた門と旧隔離病棟の外観.jpg]
89 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:43:55 ID:xL02vB99
はい拾い画乙。今のうちに温かい布団で寝ろよ
90 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:44:20 ID:kM33sT12
画像検索かけたけど一致なし。門の錆び方と雑草の伸び具合、最近のやつだぞこれ……マジで行ったのかよw
91 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:44:58 ID:a8K9mP11
おー、行動力だけは採用レベルじゃん。でも門の前でUターンしたら夜の散歩と変わらんぞ。1階の受付とナースステーション跡まで行って写真うpしたら本物と認めてやるよ。
92 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:45:30 ID:SuZuki70
>>91 簡単に言ってくれるなよ、外から見てるだけでも相当気味が悪いんだけど。分かったよ、1階のナースステーションまで行って写真撮ったら秒で帰るからな! 1ミリも奥には行かないぞ!
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スマホをポケットにしまい、片手に懐中電灯を握り直す。
一階の入り口を塞いでいたらしいベニヤ板は、過去の侵入者によって蹴破られたのか、斜めに傾いて隙間が空いていた。
「お邪魔します、写真一枚撮ったらすぐ出ますので、どうかお構いなく……」と誰にともなく小声で言い訳みたいに呟きながら、俺はその隙間から病棟の内部へと足を踏み入れた。
靴底が、割れたガラスの破片と乾いた砂埃を踏んでジャリ、と鳴った。
外よりもさらに空気が澱んでいる。風の音すら届かない建物の中は、耳鳴りがするほどの静寂に満ちていた。
懐中電灯の白い光が、剥がれ落ちた壁紙と、黒ずんだリノリウムの床を照らし出す。
すぐ左手に、窓口のガラスがすべて砕け散った受付跡があった。
そのすぐ横の廊下の壁に、何かが掲げられているのが見えて、俺は光を向けた。
「……病室表か、これ。なんでこんな削れてんだ……」
それは木枠で囲まれた古い一覧表だった。
『一〇一号室』『一〇二号室』『一〇三号室』と縦に並んだ部屋番号の下に、患者の名前を記した細長い木札がいくつもぶら下がっている。ほとんどの文字は湿気と経年劣化で黒く滲んで読めなくなっていたが、ところどころに不自然な空白や、何かを爪で削り取ったような跡が残っていた。
さらに数歩進むと、廊下の角にオープンカウンターのような空間――ナースステーション跡が現れた。
埃をかぶったスチール机の上には、錆びたカルテ棚が倒れている。そしてその奥の壁面に、いくつもの小さなランプと金属製のベルが組み込まれた、古い呼び出しベルの親機が据え付けられていた。
もちろん電気なんか通っていないし、壁から垂れ下がった配線は途中でぶっつりと千切れている。完全に使われていないはずの遺物なのに、丸い金属のベルだけが妙に鈍い光を返していて、見ていると背中がぞわぞわした。
「よし、撮った。証拠品確保。これで文句ないだろ……」
俺は古い病室表と呼び出しベルをスマホで撮影した。フラッシュが焚かれ、一瞬だけ周囲の暗闇が白く浮かび上がって、すぐにまた深い闇へと沈む。
画像をスレッドに送信し、俺は踵を返した。約束は果たした。もう一秒だってこんな場所にいたくない。
――ペタ。
その時、奥の廊下から音がした。
俺は反射的に足を止め、胸の奥で息を詰まらせた。
――ペタ、ペタ、ズルッ。
乾いた床の上を、素足か薄い靴底で足を引きずって歩くような音だった。
ネズミや小動物の音じゃない。明らかに二本の足で体重を乗せて歩いている人間の足音だ。
「……あの、誰か、いるんですか? 先客の人ですか……?」
声が裏返りそうになるのを必死に抑えて、俺は廊下の奥へ呼びかけた。
他の肝試しグループか、それとも廃墟マニアか。そうであってほしかった。けれど懐中電灯の光をどれだけ奥へ伸ばしても、光の届かない闇がどこまでも続いているだけで、返事はない。足音もぴたりと止んでいた。
まずい。もう確認なんかしていられない。俺は走り出したいのをこらえ、早足で来た道を引き返し始めた。
カウンターの角を曲がれば、すぐそこに一〇一号室から順番に並んだ病室の扉があり、その先に受付と出口のベニヤ板があるはずだ。
角を曲がり、廊下を直進する。
懐中電灯の光が、横を通り過ぎる病室の扉のプレートを照らした。
『一〇三号室』。
その次が、『一〇一号室』。
さらにその次が、『一〇四号室』。
「……え? いや、ちょっと待て」
俺は思わず足を止めて、今のプレートを振り返った。
入ってきた時は、間違いなく手前から一〇一、一〇二、一〇三と順番に並んでいた。なのに今、出口へ向かって歩いているはずの俺の横には、デタラメな順番の部屋番号が並んでいる。
いや、見間違いだ。暗くてパニックになってるだけだ。とにかく真っ直ぐ進めば出口に着く。
俺は自分に言い聞かせ、目の前の角を曲がった。
懐中電灯の光が照らし出したのは、ベニヤ板の出口ではなかった。
木枠の古い病室表。そして、呼び出しベルの親機が据え付けられた、さっきのカウンター跡だった。
「なんでだよ……っ! まっすぐ歩いただろ、今!」
俺の口から、かすれた悲鳴のような声が漏れた。
俺は真っ直ぐ引き返したはずだ。曲がり角なんて一つしかなかった。それなのに、どうしてまたあのカウンターの前に戻ってきているんだ。
震える手でスマホを取り出し、スレッドを開いた。
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115 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:50:15 ID:SuZuki70
受付の横と奥のカウンター跡な。ほら、撮ったからもう帰るぞ。マジで空気が重い。
[画像:古い病室表と呼び出しベル.jpg]
118 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:51:04 ID:a8K9mP11
おー、ちゃんとナースステーションまで行ってるじゃん。疑って悪かったわ、イッチやるな
119 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:51:42 ID:dR66yH03
ん? ちょっと待て、>>115 の病室表の写真、なんかおかしくないか。拡大してみろ
120 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:52:19 ID:SuZuki70
おい、誰か聞いてくれ、洒落にならない。入り口に戻ろうとして真っ直ぐ引き返したのに、また同じカウンターの前に出た。しかも途中の病室のプレート、さっきと番号の順番が入れ替わってる。どうなってんだここ!
121 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:52:50 ID:xL02vB99
はいはい、写真撮ったからここからは創作怪談パート突入ですかw 暗いから方向音痴になってるだけだろ
122 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:53:11 ID:kM33sT12
いや待て >>121 、茶化すな。さっきイッチが上げた >>115 の写真の右奥、廊下の暗がりを見てみろ。明度上げたやつ貼る。
[画像:明度調整済み_廊下の奥.jpg]
123 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:53:48 ID:a8K9mP11
は? ちょっと待て、何これ。奥に真っ黒い人立ってないか?
124 :名無しさん@オカルト:2026/10/23(金) 02:54:05 ID:dR66yH03
イッチ、冗談抜きで今すぐそこから出ろ! 入り口が駄目なら壁伝いでもいい、窓でも非常口でもとにかく外の空気吸えるところ探せ!
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スレ民が貼った明度調整済みの画像を開いた瞬間、背筋がぞっとした。
さっき俺が撮影した写真の右端、懐中電灯の光が届かない廊下の奥に、黒く塗り潰したような人影がぽつんと立ってこちらを向いていた。
そこには確かに、何もいなかったはずなのに。
「うわ、うわあああっ!」
俺はスマホを握りしめたまま、なりふり構わず走り出した。
壁に肩をぶつけ、足元のガラス片を蹴散らしながら、必死に周囲を照らす。どこでもいい、窓でも非常口でもいいから外へ通じる場所を見つけないとまずい。
廊下を突き進むと、視界の先に『非常口』という緑色の古いプレートがぶら下がった鉄扉が見えた。最初に入ってきた入り口とは違うが、建物の端にある外扉に違いない。
「あった、出口だ!」
俺は転がり込むようにその鉄扉へ駆け寄り、冷たい金属のノブを両手で掴んで、全体重をかけて押し開けた。
錆びた蝶番がギィィッ、と耳障りな悲鳴を上げる。
外の冷たい夜風と雑木林が飛び込んでくる――そう思った俺の目の前に広がっていたのは、月明かりの差す屋外ではなかった。
鼻を突く強烈な消毒液と腐臭。
鉄扉の向こうには、スプリングの剥き出しになった錆びたパイプベッドがいくつも並んでいた。窓のない、閉鎖された病室だった。
「うそだろ……っ、なんでだよ、ここ建物の外のはずじゃないかよ……!」
後ずさった俺の背後で、突然、音が鳴った。
――ジリ……ジリリッ……。
さっき通り過ぎたあのカウンターの方角からだ。
通電しているはずのない、あの古い呼び出しベルが、暗闇の中でかすれた金属音を響かせている。
そして、それだけでは終わらなかった。
ペタ、ズズッ……ペタ、ペタ、ズルズルッ、ペタ――。
乾いた擦過音と湿った足音が入り乱れ、背後の廊下から迫ってくる。一つじゃない。二つ、三つ、四つと、複数の足音が重なり合いながら、確実に俺のいる場所へと近づいてくる。
前方は行き止まりの病室。後方は足音が迫る廊下。
呼吸が浅くなり、指先が氷のように冷たくなる。自分の目で振り返って確かめる勇気なんてなかった。それでも、後ろに何が迫っているのかを知らなければ逃げ道すら選べない。
俺は涙目になりながらスマホを背後へ向け、画面も見ずにシャッターボタンを連打して、スレッドの送信ボタンを押した。
ワンテンポ遅れて、投稿完了の画面に俺が今撮ったばかりの写真が表示される。
フラッシュに照らし出されたすぐ後ろの廊下には、白衣でも患者衣でもない、闇そのものを人の形に切り抜いたような複数の黒い人影が、すぐ手が届くほどの距離まで迫っていた。




