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博之43歳。異世界14か月目。金貨三枚の治療融資

 十四か月目の終わりが近づいた頃。

 博之は商会の二階で、赤い印の付いた申込書を何枚も机に広げていた。

「……次、鑑定に回すか。それとも治療やるかやな」

 子供の鑑定希望は相変わらず多い。

 一方、怪我で冒険者を続けられなくなった者からの治療融資希望も増えていた。

 その中で、一枚だけ妙に数字の大きな紙がある。

「銀貨三百枚……」

「金貨三枚ですね」

 セラが横から覗き込む。

「高いなあ」

「重傷だからな」

 四十歳前後のベテラン弓使い。

 以前は高難度のダンジョンにも潜っていたが、攻略中に大怪我を負った。

 一命は取り留めたものの予後が悪く、今のままではまともに弓を扱えない。

 ただし、専門の治療を受ければ復帰できる可能性は高いという。

「ギルドの記録どうなん?」

 ユーリが資料をめくる。

「かなりいいですよ。依頼遂行率も高いです。大きな揉め事もありません」

「踏み倒し歴とか?」

「ないですね」

「酒で暴れる?」

「そういう記録もない」

「女癖は?」

「博之、それ必要か?」

 セラが呆れる。

「いや、人間性を見るという意味でな」

「自分のこと棚に上げてないか?」

「うるさいわ」

 ソラが笑った。

 博之はもう一度紙を見る。

「俺としては、一回チャレンジしてもええかなと思ってんねん」

「三百枚を?」

「せや」

 その日の午後。

 本人にも商会へ来てもらった。

 痩せた四十過ぎの男で、歩くことはできるが、片腕の動きが明らかに鈍い。

「今日は面接みたいなもんやと思ってください」

「分かった」

「先に言うとくけど、銀貨三百枚はでかい」

「……分かってる」

 男も苦笑する。

「こんな額、貸してくれる奴はいない」

「普通そうやと思う」

 博之自身、紙を見た瞬間に何度か閉じようと思った。

「でも治療したら復帰できる可能性高いんやろ?」

「医者にはそう言われてる」

「ほな条件付きで考えたい」

 男が姿勢を正した。

「まず一つ」

「うん」

「治ったからいうて、すぐ高難度に戻らんといて」

「……そこか」

「そこや」

 博之は真顔だった。

「銀貨三百枚貸して、翌月また大怪我されました言われたら俺泣くぞ」

 セラが吹き出す。

「笑い事ちゃうねん」

「でも俺は、高難度で稼いできた人間だ」

「分かるよ」

 高難度へ潜れば、一度に稼げる金額も大きい。

 返済だけ考えるなら、その方が早いかもしれない。

「でも早く返せとは言わん」

「え?」

「中難度くらいでええ。じっくり返して」

 博之は続ける。

「一番嫌なんは、返済焦って無茶して、また潰れることやから」

 男が黙った。

「二つ目」

 博之はソラを見る。

「今、こいつら低層中心で潜ってるやろ」

 ソラ。

 ユーリ。

 ミサキも治癒を覚えながら、少しずつ冒険者としての経験を積もうとしている。

「最初のうちは、この辺の若い連中の面倒見たってほしい」

「俺が?」

「毎日ちゃうで」

 自分で稼ぐ日は稼ぐ。

 中難度へ行けるなら行けばいい。

 ただ、月に何度かは若手と組む。

 危ない場所を教える。

 逃げ時を教える。

 索敵。

 魔物との距離。

 弓使いならセラと一緒に、後衛の立ち回りも教えられる。

「ユーリさんもセラさんも、助けてもろた側から次を見る側に回ってくれてる」

「なるほどな」

「治療代の返済だけやなくて、その流れにも入ってほしいねん」

 男はしばらく考えた。

「それで三百枚貸してくれるなら、俺にはありがたい話だ」

「まだもう一個ある」

「何だ?」

「逃げんといて」

「……それは当然だろ」

「俺には当然かどうか分からんから確認してんねん」

 男が少し笑った。

「ギルドに記録を残してくれていい。返済もギルド経由でいい」

「そこまで言ってくれるなら、俺としてはかなり安心する」

 セラも口を開いた。

「私もこの人なら問題ないと思う。昔、一度組んだことがある」

「ほんま?」

「ああ。派手ではないが、撤退判断は早い。仲間を置いて逃げるような人でもない」

 ユーリも頷く。

「記録もいいです」

 ソラは男を少し緊張しながら見た。

「弓のこと教えてもらえるん?」

「お前は槍だろ」

「後ろから何見てるかとか知りたい」

「それはいい考えだ」

「ほら、もう先生役できてるやん」

 博之が笑う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 話が終わったあと、博之は皆を残してもう一度相談した。

「三百枚って、子供三人鑑定できる額やからな」

「まだ迷ってるのか?」

「そら迷うよ」

 だが、成功すれば意味は大きい。

 重傷の冒険者でも、治療して復帰し、長期間かけて返済できる。

 その実績ができれば、今後もっと融資しやすくなる。

「鑑定は一回止めてもええと思う」

 ソラもまだ返済中。

 リクも返済中。

 ミサキに至っては始まったばかりだ。

「今ある三人分の流れがちゃんと回ってから、次の子でも遅ない」

「じゃあ?」

 博之は赤い申込書を持ち上げた。

「このおっちゃん、やってみよか」

 セラが頷く。

「私は賛成」

「私も」

「俺も」

 ソラまで手を上げる。

「じゃあ決まりやな」

 博之はため息をついた。

「金貨三枚か……」

「怖くなった?」

「怖いわ!」

 皆が笑う。

「でもな」

 博之は申込書を見た。

「ちゃんと返してくれたら、この人だけの話ちゃうから」

 次の負傷者にも貸せる。

 返済実績が積み上がれば、ギルドから借りられる額も増える。

 その先には、また鑑定を受けられる子供も増えるかもしれない。

「せやから、おっちゃんにかかってるで」

 博之が弓使いにそう伝えると、男は苦笑しながらも深く頭を下げた。

「重いこと言うな」

「銀貨三百枚の方が重いわ」

「違いない」

「ゆっくりでええから、ちゃんと戻ってきて、ちゃんと返して」

「ああ」

「ほんで若い連中も見たって」

「任せろ」

 こうして隠れ家商会は初めて、金貨三枚という大きな治療融資に踏み出すことになった。

 博之にとっても、今までで一番重い賭けだった。

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