博之42歳12か月目中盤。横丁に飯屋以外の店が増え始める
商会の形ができてからも、博之は相変わらず横丁をうろうろしていた。
「飯はまあ、順繰りやっていこ」
「珍しく新しい料理を増やさないんですね」
エレナに言われ、博之は道路に並んだ長机を見る。
「料理より先に、ここやな」
「ここ?」
「暑いやろ」
横丁の中央には長机と椅子が並んでいる。
人が集まるようになったのはいいが、晴れた日は日差しが強い。かといって屋根を全部つけると
なると大工事になる。
「でっかい傘みたいなん何本か立てられへんかな」
「日除けですか?」
「そうそう。雨もちょっとくらいなら防げるやつ」
顔役や職人に聞いて回った結果、数か所分まとめて銀貨五枚ほどで作れそうだという。
「やろ」
「全部ですか?」
「とりあえず何本か。客が嫌がるかもしれへんし」
「嫌がる?」
「日向がええ人もおるやろ。何でも作ったらええいうもんちゃう」
そこでまず数本だけ設置してみることにした。
出来上がってみれば、思っていた以上に目立つ。
「おお。なんか店っぽなったな」
「今までも店ですよ」
「青空感強かったやん」
日中は老人たちが日陰へ集まり、夕方には仕事帰りの客がその下でビールを飲む。
「これは悪くないな」
「雨の日も少し使えそうですね」
「ほな様子見。追加はそれからや」
そして博之は、もう一つ別のことを始めた。
「服売ろかな」
「服?」
帳簿係の三人まで顔を上げる。
「ここら貧乏な人多いやろ」
派手な刺繍もいらない。
高級な布もいらない。
欲しいのは、汚れても惜しくなく、簡単には破れない仕事着だ。
「上着何種類か。下も何種類か。あと下着」
「服屋を始めるんです?」
「在庫いっぱい持たへん」
見本だけ置く。
欲しい人間の数を一週間ほど集める。
十人、二十人とまとまったところで商会が服屋へ注文する。
「一着ずつ買うより、二十着まとめて買うたら安なるやろ?」
「交渉次第ですね」
「安なった分を、ちょっとだけうちが取る」
「やっぱり利益取るんですね」
「商会やぞ!」
とはいえ主な客は横丁で働く者たちだ。
「従業員価格みたいなもんやな」
エレナが服を見ながら言った。
「全部同じ色にするんです?」
「それは嫌や」
「なぜ?」
「全員同じ服で働いとったら囚人みたいやん」
皆が吹き出した。
「生地と形はある程度揃えても、色くらい何種類か選べるようにしよ」
「柄も?」
「ちょっとくらいなら。俺ら制服屋ちゃうからな」
安い。
丈夫。
選択肢は少ない。
その代わり、まとめ買いで普通より少し安くする。
「これ、意外と需要あるかもしれんな」
「また始まりましたね」
「何が?」
「ちょっとやってみよう」
「ええやんけ」
ところが、博之たちがそんなことをしている間にも、横丁そのものが勝手に広がり始めていた。
「博之さん」
「ん?」
商会の受付から呼ばれて出てみると、見知らぬ行商人たちが何人か立っていた。
「ここで店出したいって」
「何の?」
「古着」
「薬」
「日用品」
「乾燥した菓子」
「装飾品を少し」
「……一気に来たな」
五人ほどいる。
すでに乾燥果物を売っている行商人が一人いるので、これが全部入れば外部の店だけで六軒になる。
「ええで」
「本当ですか?」
「ただし場所代は顔役に払って」
「はい」
「それとは別に、うちに月銀貨一枚」
一瞬だけ空気が止まった。
「そちらにも?」
「そらそうやろ」
博之は横丁を見る。
「この人通り、最初からあったわけちゃうからな」
店を作り。
長机を置き。
掃除する人を雇い。
揉め事が起きれば対応する。
「人集まってるんは、うちの店や商会がここまでやってきたからやろ?」
「まあ……」
「銀貨一枚は手間賃やと思って」
その代わり、客はすでにいる。
共用の机もある。
掃除もある程度こちらでやる。
「商売できる場所として考えたら、そんな無茶言うてへんと思うけど」
古着屋の男が周りを見る。
昼飯を食べる労働者。
酒を飲む冒険者。
買い物帰りの女性。
朝から集まる老人。
「……分かりました」
「俺も」
「私もお願いします」
結局、何人かが条件を飲んだ。
「外の店、六軒か」
帳簿係が呟く。
「月銀貨一枚ずつなら、六枚ですね」
「俺、何も料理せんでも入ってくるやん」
「嬉しそうですね」
「そら嬉しいわ」
ただの飯屋だった場所へ、古着が並び、薬が並び、日用品まで置かれ始める。
博之は少し離れてその光景を眺めた。
「なんか市場みたいになってきたな」
「もう横丁というより、小さな商店街ですね」
「やめて。責任重そうやから」
「今さらです」
日除けの大傘の下で朝飯を食べる老人。
その横で仕事着を選ぶ従業員。
さらに向こうでは新しく入った露店が客を呼んでいる。
「……まあ、ええか」
飯を売って人を集めたら、今度は人を目当てに商売が集まり始めた。
おっちゃんの隠れ家横丁は、博之が全部作らなくても、勝手に少しずつ大きくなり始めていた。




