博之42歳。異世界8か月目。八か月目、横丁をもう一段広げる。現状の資金状況をみんなで整理、共有。
異世界に来て八か月目。
営業が終わった夜、博之は広いボロ小屋の机に帳面と銀貨を並べた。
「一回、今の銭整理しとこか」
エレナやセラ、子供たちまで何となく集まってくる。
「まずギルドに預けてんのが銀貨九枚」
「結構貯まりましたね」
「で、手元が銀貨十三枚」
博之は銀貨を指で弾いた。
「エレナさんから返してもろた三枚もあるけど、これはすぐ治療費の返済に回すか、
手元に置いとくかまだ考え中」
「私は返してもらって構いませんよ」
「まあ待って。現金なくなる方が怖いねん」
そして借金。
「セラさんの治療分が残り銀貨二十五枚」
「まだあるねえ」
「ちゃんと返してや」
「分かってるって」
「エレナさんの治療分が銀貨三十枚。冷却魔道具があと六枚」
リクが首をひねる。
「おっちゃん、お金持ってるのに借金もいっぱいあるな」
「商売っちゅうのはそういうもんや」
「ほんま?」
「知らん」
「知らんのかい!」
笑いが起きる。
とはいえ、店そのものは順調だった。
そして博之の頭には、もう次がある。
「次な。麺や」
「また飯ですか?」
「飯屋やからな!」
市場で見つけた、乾燥させた細長い麺。
茹でれば食える。
博之の記憶にあるのはスパゲティだった。
「とりあえず三種類やってみる」
まず一つ目。
香りの強い油に、少し辛い香辛料。
そこへ細かく刻んだ野菜を入れて炒め、茹でた麺を絡める。
「これが一番安いやつ。銅貨四枚」
「肉ないん?」
「貧乏飯や」
「自分で言うた!」
「でもうまかったらええねん」
二つ目。
野菜を炒め、トマトを潰して煮込んだ赤い汁を絡める。
「こっちは銅貨五枚」
「これ好き」
ミサキが味見をしながら言った。
「ほんで肉を多めに入れて、具も増やしたやつが銅貨六枚」
「私はそれ」
セラが即答する。
「冒険者は肉ばっかりやな」
「動くからね」
「とりあえず半月。今ある店でちょっとずつ出してみる」
「いきなり小屋借りないんですね」
エレナが言う。
「俺も学習したんや」
「成長しましたね」
「餃子みたいに売れるって分かってから五軒目や」
半月売ってみて、毎日ある程度出る。
それなら新しく一軒借りる。
料理を覚えられそうなおばちゃんを一人。
配膳や皿洗いを手伝う子供を一人。
「でな」
「まだあるんですか?」
「五軒になったら、店の真ん中に机と椅子置きたい」
「道ですよ?」
「せやから許可取る」
五軒の店から、それぞれ好きなものを買って同じ場所で食べられるようにする。
父親は煮込み。
母親はトマトの麺。
子供は餃子。
酒飲みは冷たいビールと肉串。
「家族で来ても、一人ずつ違うもん食えるやろ」
「ああ」
セラが頷いた。
「冒険者のパーティーでもいいね」
「そうそう。一人が餃子買って、一人が魚買って、一緒に食えばええ」
注文をまとめるおばちゃんを一人。
各店へ料理を取りに走る子供を一人。
「なんか店というより食堂街ですね」
「横丁やな」
「おっちゃんの隠れ家横丁」
ソラが言う。
「名前それで定着すんの?」
「もうみんなそう呼んでるで」
「知らん間に……」
問題は道路だった。
「この地区のまとめ役みたいなおっちゃんおるやろ?」
「いますね」
「一回話してくる。机出してええかって」
「お金取られると思いますよ」
「まあ、それはしゃあない」
町で商売する以上、好き勝手にはできない。
揉め事が起きた時に間へ入ってもらう必要もある。
「月何枚か払って、堂々とできるならその方がええ」
エレナが少し呆れたように博之を見る。
「最初、一杯の煮込み作ってただけですよね?」
「そうやで」
「今、五軒目と共同の席と配膳係と地区への許可まで考えてますけど」
「……話でかなったな」
「でかくなりすぎです」
セラまで笑う。
「でも、うまくいきそうなのが怖いんだよね」
「やろ?」
博之は嬉しそうに言った。
「人来てるからな。食いたいもん選べた方が絶対ええねん」
「また利益増やす気や」
「当たり前や!」
「野心家」
「ちゃうって」
博之は出来上がったばかりの油と香辛料の麺を一口すすった。
「……うん。もうちょい塩やな」
「そこ?」
「まず飯がうまないと始まらへんやろ」
銀貨九枚の預金。
銀貨十三枚の手持ち。
そして、まだ残るいくつもの借金。
決して裕福になったわけではない。
それでも八か月前とは違う。
今は、次に何をやるかを考えられるだけの余裕があった。
「ほな半月、麺売ってみよか」
「また忙しくなりますね」
「うまくいったら五軒目や」
「絶対もう出すつもりやん」
「いやいや。試してからやって」
そう言いながら、博之の頭の中にはもう、机と丸椅子の並んだ横丁の景色が浮かんでいた。




