博之42歳異世界7か月目。エレナさんとの距離がぎくしゃくwwwスパゲティーについて考え始める
おっちゃんの隠れ家、次は麺を考える
エレナの根本治療にかかった金は、結局銀貨三十枚だった。
「月に銀貨三枚くらい返してくれたらええよ」
「そんなのでいいんですか?」
「十か月で返るやん。店ちゃんと回してくれる方が大事や」
「……ありがとうございます」
「そこまで畏まらんでええって」
そう言う博之だったが。
治療の日にエレナの家へ行き、一晩を共にしてからというもの。
「……お、おはようございます」
「お、おう。おはよう」
妙によそよそしい。
目が合えば、どちらかが逸らす。
餃子の皿を渡すだけなのに、
「これ……」
「あ、ありがとう」
「はい……」
と、何とも言えない間が生まれる。
当然、周囲が気づかないはずがなかった。
「なんかあったな」
セラがニヤニヤする。
「何もない」
「おっちゃん、昨日までエレナさんに普通に『餃子足らんで』とか言うてたやん」
ミサキまで笑う。
「今日は声ちっちゃいで」
「まあまあまあまあ」
「なんやその歯切れの悪さ」
「別にええやん」
ミサキが言った。
「おっちゃんも一人身なんやし」
「子供がそういうこと言うな!」
エレナまで顔を赤くしている。
「ほら、エレナさんも赤い」
「ミサキ!」
ボロ小屋に笑い声が広がった。
そんな日々の中でも商売は続く。
四軒の店。
煮込み。
餃子。
焼き魚。
肉串。
ワイン。
冷たいビール。
人件費も払い、材料代も払い、エレナの日当も銅貨三十枚。
それでも半月で残った利益は、
「銀貨六枚、銅貨五十枚か」
十分だった。
一方、セラは少し体調を崩して、一週間ほどダンジョンへ潜れない時期があった。
「今度の返済、銀貨五枚だけ」
「ええよ」
「ごめん」
「なんで謝るねん。休まなあかん時に潜ってまた腕壊したら意味ないやろ」
「……そう言ってもらえると助かる」
「返済期間まだあるんやから、ぼちぼちや」
銀貨五枚を受け取り、博之はギルドへ返済に向かった。
少しずつ借金が減っていく。
店の収益も出ている。
エレナからもこれから月銀貨三枚ずつ戻ってくる。
「なんか、金が回り始めたな」
帰り道。
博之の頭は、もう次の飯へ向いていた。
「パン以外の主食、なんかないかな」
夕食時にそう言うと、セラが答えた。
「細い生地を茹でて食べる料理ならあるよ」
「麺?」
「メン?」
「こう……細長いやつ」
「ああ。それなら市場に乾かしたのがある」
「あるんか!」
博之の頭に浮かんだのは、スパゲティだった。
「それや。それ使える」
「また始まった」
エレナが笑う。
「いや、パンと煮込みばっかりやったら飽きるやろ」
肉を細かく切る。
ナス。
人参。
玉ねぎのような野菜。
それを炒めて、トマトを煮詰めたものを絡める。
「赤いやつ作れるな」
「おいしそうですね」
「あと油だけでもいける」
オリーブ油のような香りの強い油。
そこへ香辛料。
唐辛子に似た辛い実を少量。
「辛いやつ?」
「そう。油に香り移して、茹でた麺を絡める」
「肉は?」
「なくてもええ」
「貧乏飯?」
「言い方!」
博之は笑った。
「安く作れてうまかったら最高やろ」
おっちゃんの隠れ家横丁。
ここへ来れば煮込みだけではない。
魚を食いたい日。
肉を食いたい日。
餃子とビールを楽しみたい日。
ワインを飲みたい日。
そして今度は麺。
「なんか選べる場所にしたいねん」
「また店増やすん?」
「まず試作や。売れてから考える」
「珍しく慎重やな」
「俺も成長すんねん」
ミサキが笑う。
「ほんならエレナさんと市場行ってきたら?」
「なんでエレナさん?」
「二人で食材探したらええやん」
「……」
博之とエレナの目が合った。
また二人とも少し赤くなる。
セラが吹き出した。
「いいじゃん。隠れ家の買い出しデート」
「デートちゃうわ!」
「私は別にデートでもいいですよ」
「エレナさんまで!」
翌朝。
結局、二人で市場へ向かった。
「麺探そか」
「はい」
「トマトのやつも」
「はい」
少し歩く。
妙に会話が途切れる。
「……昨日はよう寝れた?」
「博之さん」
「はい」
「まだそんなによそよそしくします?」
「だってなあ」
エレナがくすくす笑った。
「私は嬉しかったですよ」
「そういうの直接言われると弱いねんて」
「知ってます」
市場の喧騒の中。
博之は照れ隠しに、乾燥した細麺の束を手に取った。
「……これ、何作れるかな」
「また仕事の顔になりましたね」
「こっちの方が楽やねん」
「はいはい」
七か月目。
店も、人も、借金も、恋愛も。
少しずつ面倒なものが増えていた。
ただ博之は、その面倒さを以前ほど嫌だとは思わなくなっていた。




