博之42歳異世界7か月目。収支を付けたら結構残る。ギルドでセラさんの返済と合わせてエレナさんの病気治療の借金相談。
半月が過ぎた。
四軒の店を閉めたあと、博之はいつものように広いボロ小屋の机へ銅貨と帳面を広げていた。
「子供らの給金、よし。おばちゃん、新入り二人……よし。エレナさんは一日銅貨三十枚やろ」
「ちゃんと払ってもらってますよ」
「食材、家賃、薪、炭、酒、魚、肉……冷却の魔道具の維持分も入れて……」
何度か数え直して、博之は帳面に線を引いた。
「銀貨六枚と銅貨五十枚」
「残ったんですか?」
「残った」
半月で銀貨六枚五十枚。
このままなら一か月で、おおよそ銀貨十三枚。
「……結構でかなってきたな」
最初は銅貨数十枚を握って、翌日の食材が買えるかを気にしていた。
今では四軒の店を動かし、何人も雇い、それでも銀貨が残る。
「餃子と冷たいビール、強すぎるな」
「その代わり私、毎日餃子包んでますけどね」
「そこはほんま感謝してる」
ちょうどセラからも、この半月で銀貨十枚が返ってきていた。
「明日ギルド行ってくるわ」
「また借りるんですか?」
「なんで最初から借りる前提やねん」
エレナがじっと見る。
「顔が借りる顔してます」
「どんな顔や」
翌日。
博之はギルドの受付へ銀貨を積んだ。
「まずセラさんの分、十枚」
「ありがとうございます。これで治療費関係の残りは銀貨二十五枚ですね」
「おお、だいぶ減ったな」
さらに銀貨五枚を置く。
「こっちは冷却魔道具の方」
「銀貨十一枚返済の契約ですので、残り六枚ですね」
「よしよし」
借金はまだある。
だが店は毎月利益を出し、セラも順調に稼いでいる。
以前とは全く違った。
博之は受付の前で少し考えてから言った。
「……ちなみに相談なんですけど」
「やはりありますか」
「なんで分かるん?」
「最近、博之さんがお金を返しに来る時は、次のお話がありますので」
「信用されてんのか警戒されてんのか分からんな」
今回考えているのはエレナだった。
薬で誤魔化している体調の悪さを、一度きちんと治療する。
以前聞いた見立てでは、状態次第だが銀貨三十枚ほどを用意できれば、
今よりかなり根本的な治療ができる可能性がある。
「まだ借りるとは決めてへんけど、店の利益が月銀貨十三枚くらい見えてきたんで」
「なるほど」
「エレナさんの治療に三十枚くらい借りられるか、そのうち相談したいなと」
店へ戻ってその話をすると、エレナが困った顔をした。
「そんな無理しなくてもいいですよ」
「無理ちゃうって」
「でも、私のためにまた借金でしょう?」
「早めに治した方がええやん」
博之は餃子の皮を一枚取った。
「しんどい日減るだけでも全然違うやろ。店も休みにくくなるし」
「最後の一言で台無しですよ」
「いや、そこ大事やで」
博之は笑った。
「エレナさん、今うちの大黒柱みたいなもんやから」
「大黒柱は博之さんでしょう」
「俺は思いついたこと言うて金借りてくる係や」
「余計不安になります」
エレナは笑ったものの、しばらくして小さな声で言った。
「でも……ありがとうございます」
「気にせんでええよ」
「治療してもらったら、ちゃんと少しずつ返しますから」
「そこもぼちぼちでええって」
するとエレナが博之をじっと見る。
「博之さん」
「ん?」
「ここまで私のこと見てもらったら、結婚してくれとは言いませんけど……何らかの責任くらいは
取ってほしいですよ」
「えっ?」
博之の手から餃子の皮が落ちた。
「いやいや、まだ俺、何も手出してへんからな?」
「何がセーフなんですか」
「いや、そこは大事やろ」
「もうだいぶ私の領域に入ってきてますよ」
「領域?」
「仕事をくれて、薬代見てもらって、給金上げてもらって、今度は治療までしようとしてるんですよ?」
「それ経営上の判断も入ってるからな」
「はいはい」
エレナが呆れたように笑った。
「別に、今すぐ結婚しろなんて言ってません」
「うん」
「遊びでもいいです」
「え?」
「年齢的に、子供は難しいかもしれません。でも私は一人ですから」
博之が完全に固まる。
少し離れたところで餃子を食べていたセラが、面白そうにこちらを見た。
「エレナさん?」
「博之さんが最近ちょっとモテ始めてるのも分かってますよ。店もやって、
お金も回して、人も助けてますし」
「モテてんの俺?」
「そこからですか?」
「自覚ないねんけど」
エレナは少しだけ頬を赤くした。
「だから別に、他の女の人を見るなとは言いません」
「お、おう」
「ただ」
一歩だけ近づく。
「私も好いてるってことだけは、ちゃんと覚えておいてくださいね」
「……はい」
「返事、小さっ」
セラが吹き出した。
リクまで、
「おっちゃん顔赤いで」
と言い出す。
「うるさいわ!」
「銀貨三十枚借りるより緊張してない?」
「金の交渉の方が百倍楽や!」
小屋の中に笑い声が広がった。
半月の利益、銀貨六枚五十枚。
返した借金、銀貨十五枚。
次に考える治療費、銀貨三十枚。
銭の計算なら、博之にも少しずつ分かるようになってきた。
だが女心だけは。
「……これ、どう計算したらええねん」
「計算しようとするから駄目なんですよ」
エレナは笑いながら、次の餃子を包み始めた。




