博之42歳。異世界5か月目。負傷した冒険者弓使いセラとの出会い。何度か依頼をこなす様子を見て銀貨50枚の治療費を貸す話をだす。
三軒目を出して少し経ったところで、博之は四軒目を借りるのをいったんやめた。
「家借りるん、また金かかるやろ」
「じゃあ増やさへんの?」
リクが聞く。
「店は増やさん。でも売るもんは増やす」
朝の市場で、小ぶりの魚をまとめて買ってきた。
三軒分の煮込みを仕込む横で、店先に炭を起こす。
魚に塩を振って網に乗せた。
じゅう、と脂が落ちる。
「おお、ええ匂い」
さらに安い肉を小さく切り、串に刺した。
塩。
香辛料。
少しだけ魚醤もどきを塗る。
「焼くだけ?」
「焼くだけ」
「そんなん売れる?」
「知らん。やってみる」
煮込みを食べに来た客が、焼ける魚を見て足を止める。
「それ、いくら?」
「魚は銅貨三枚。肉串二枚」
「一本くれ」
「はいよ」
新しく小屋を借りる必要はない。
炭と網があればいい。
「こっちの方が手堅いやろ」
少しずつ、この辺りを「来たら何か食える場所」にする。
煮込み。
焼き魚。
肉串。
いつかは他の料理も増やせばいい。
ただ、博之の頭の中にはもう一つ考えていることがあった。
「今日は俺、ギルド行ってくるわ」
「また?」
「情報取らなあかんからな」
ギルドへ行けば、今度は依頼書だけではなく冒険者そのものを見るようになった。
誰でもいいわけではない。
博之なりの条件がある。
怪我をする前までは、依頼をちゃんと達成している。
酒や賭け事で問題を起こしていない。
治療すれば復帰できそう。
そして。
「ごついやつは怖いな」
金を貸した翌日に、
「返さん」
と言われて暴れられたら、博之にはどうしようもない。
剣も魔法も使えない。
だから大柄な戦士より、弓使いや採取役。
あるいは少し年齢が上で、落ち着いた人間の方がいい。
「完全に貸金屋の審査みたいになってきたな……」
自分で苦笑する。
そんな中、一人の女が目に入った。
三十歳前後。
壁際に座り、左腕を布で吊っている。
背中には弓。
「すいません」
「何?」
「弓使い?」
「……だった」
女は少しぶっきらぼうに答えた。
名前はセラ。
数年間、冒険者として活動していたが、半年前にダンジョンで左肩から腕を大きく傷めた。
「治らへんの?」
「治るとは言われた」
「いくら?」
「銀貨五十枚くらい」
「高いな」
「だから無理」
今は簡単な採取や、荷物の見張り。
そんな仕事で食いつないでいるという。
博之は受付で過去の依頼履歴について確認した。
大きな違反はない。
怪我をするまでは、それなりの回数をこなし、失敗も少ない。
「なるほどな」
「何を調べてるの?」
「いや、ちょっとな」
いきなり銀貨五十枚を貸すほど、博之も大胆ではない。
「セラさん、今できる仕事一個やってくれへん?」
「仕事?」
ギルドで低難度の採取依頼を取った。
危険な場所ではない。
数日で終わる。
「報酬は全部あんたのもんでええ。ただ、終わったらちゃんとここ戻ってきて」
「何それ」
「試してる」
「私を?」
「うん」
セラは怪訝な顔をしたが、仕事は引き受けた。
三日後。
約束通り帰ってきた。
採取した物も不足なし。
次はもう少し報酬の高い仕事。
それもこなした。
「ちゃんと働く人やな」
「当たり前でしょ」
「いや、それ大事やねん」
三回ほど仕事を頼んだところで、博之は本題を切り出した。
「セラさん」
「何?」
「銀貨五十枚、俺が出したらどうする?」
セラが固まった。
「……何の話?」
「腕の治療」
「は?」
「治療したら、また弓使えるんやろ?」
「医者はそう言ってる」
「ほんなら俺が貸す」
「待って」
セラが身を乗り出した。
「銀貨五十枚だよ?」
「知ってる」
「なんで私に?」
「返してもらうから」
博之は平然と言った。
「慈善ちゃうで。貸しや」
治療する。
復帰したら、いきなり深い階層には行かない。
まず低層。
採取。
護衛。
安全性の高い仕事から始める。
「それで稼いだ中から、ちょっとずつ返して」
「利息は?」
「手数料くらいは欲しいな」
「やっぱり取るんだ」
「俺も銭欲しいもん」
セラが少し笑った。
「返してもらった金は、また別の人に貸す」
「別の人?」
「怪我して働けん人とか、鑑定受ける金ない子供とか」
今いるソラ、リク、ミサキもそうだ。
「一枚の銭をぐるぐる回したら、何人か働けるようになるんちゃうかなと思って」
「そんなこと考える人、聞いたことない」
「俺も昨日まで考えてへんかった」
「……変な人」
「よく言われる」
セラはしばらく黙った。
吊った左腕を見る。
「本当に……貸してくれるなら」
「うん」
「返す」
「ちゃんと契約は作ろな」
「それでもいい」
セラの目が少し赤くなった。
「誰も、もう一度冒険者に戻れるなんて言ってくれなかったから」
博之は頭をかいた。
「いや、戻れるかどうかは治療してからやで」
「それでも」
「ほな、一回治療院行こか」
飯屋から始まったはずだった。
それが今度は、怪我をした弓使いの治療費を貸そうとしている。
「俺、何屋になってきてんねんやろ」
博之は呟いた。
ただ。
治って働ける人間がいる。
その金が返ってくる。
その金で次の人を助けられる。
そして少しだけ自分にも利益が残る。
「まあ、回るならええか」
こうしてボロ小屋の飯屋から、初めての「人への投資」が始まろうとしていた。




