Ep.78 桜の下で
昨夜の嵐のような出来事が嘘のように、翌朝は雲ひとつない快晴となりました。
神界への門としての役目を終えたのか、あるいはカイルの覚悟に応えたのか――。丘の上の神樹は、今はただ、世界で一番美しく、穏やかに咲き誇る一本の巨木として一行を迎え入れます。
・ 神樹の丘:やり直しのお花見
「よーし、場所取りは僕に任せてください! 先代様、特等席を確保しました!」
レオンが袴の裾をまくり上げ、神樹のすぐ下に大きな敷物を広げます。
「……たく、昨日はあんなに騒がせやがって。ほら、カイル。日差しが強いぞ、俺の影に入ってろ」
ガイアスは羽織を脱いでカイルに日陰を作りつつ、腰を下ろしました。彼の表情には、もう一欠片の焦燥もありません。
「ふふ、お待たせいたしました。今日のために、極東の食材で『お花見弁当』を作りましたよ」
セシリアが重箱を開けると、そこには色鮮やかな三色団子、桜餅、そして極東の米を使ったおむすびがぎっしり。
「勇者様、さくら、きれい……」
フローラはカイルの膝の上で、ひらひらと舞い落ちる花びらを不思議そうに掴もうとしています。
「はいはい、全員並んで! 昨日の『絶望顔』は全消去して、今日からはこの『満面の笑み』を公式記録にするわよ!」
リリィが録画石を構え、満開の桜と、そこに集う6人の姿を最高の画角で切り取ります。
カイルは、温かいお茶を啜りながら、神樹を見上げました。
昨夜、自分を裁こうとしたその枝からは、今はただ祝福のような花吹雪が降り注いでいます。
「……綺麗だなぁ。みんなでここに来られて、本当によかった」
あなたの独り言に、隣に座るガイアスが「……ああ、そうだな」と、短く、けれど深く同意しました。
過去の罪は消えずとも、今のカイルの手には、こうして分かち合える温かいおにぎりと、隣で笑う家族がいます。
桜の花びらが舞い散る中、ガイアスが作った大きな日影は、昨夜の嵐のような苦しみからカイルを優しく守る「聖域」のようでした。
春の柔らかな日差しと、お腹を満たした幸福感。そして何より、隣に仲間たちがいるという絶対的な安心感に包まれて、カイルの意識はゆっくりと、心地よい微睡みの中へ沈んでいきます。
「……おい、カイル? ったく、食ってすぐ寝るなんて、本当に子供になりやがって」
ガイアスの呆れたような、でもひどく優しい声が遠くに聞こえます。彼はカイルが寝返りを打っても眩しくないよう、自分の大きな羽織の位置をそっと微調整しました。
「しーっ、ガイアス様。カイル様は昨夜、本当に頑張ったのですから。……今のこの穏やかな寝顔こそ、私たちの勝利の証ですよ」
セシリアの囁くような声。彼女は自分の膝を差し出そうとしましたが、既にあなたの頭はガイアスの太ももを枕にしていました。
「……ぐぬぬ。先代様の寝顔……尊すぎます……。リリィ様、今の角度! 指をくわえてるみたいな今の角度でバックアップを!」
レオンが鼻息荒く小声で指示を出し、リリィは「わかってるわよ! 言われなくても、まつ毛の一本一本まで超解像度で記録してるわ!」と、執念の撮影を続けています。
「カイル……すーすー……。フローラも、ねる……」
フローラはカイルの胸元に顔を埋め、一緒に丸くなって眠り始めました。九尾の幻影が、あなたとフローラを優しく包み込む「桃色の毛布」のように広がります。
眠りの中で、カイルは夢を見ました。
それは、かつてのような冷たい「神の夢」でも、泥にまみれた「絶望の夢」でもありません。
ただ、みんなで笑いながら、どこまでも続く桜並木を歩いていく……そんな、普通で、温かい、やり直しの夢。
カイル、この極東の地で、カイルの魂は真の意味で「休息」を得たようです。
カイルは夢路の中で、遠くに聞こえるみんなの笑い声や、心地よい風の音を感じていました。その温かさに誘われるように、カイルは無意識に、一番近くにある大きな、節くれだった「盾」のような手を、ぎゅっと両手で握りしめました。
「……んぅ……。……みんな……大好き……だよ……」
その、熱に浮かされたわけではない、心からの真っ直ぐな寝言が静かな丘に響いた瞬間。
「…………ッ!!!」
枕元にいたガイアスが、雷に打たれたように硬直しました。握られた手から伝わるカイルの体温と、その無防備な告白。元魔王の強靭な精神力をもってしても、顔面が沸騰しそうなほどの赤面を抑えることはできません。
「せ、先代様ぁぁぁ!!……ぐふっ」
レオンはその場に崩れ落ち、あまりの尊さに拝むように天を仰ぎました。
「ちょっとカイル……! 寝言でそんなこと言うなんて、反則じゃない……っ!!」
リリィは真っ赤な顔で録画石を連写しています。
「ふふ……。勇者様、私たちもですよ」
セシリアだけは、聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべ、カイルの寝言に優しく応えながら、その光景を愛おしそうに見守っていました。
「勇者様……フローラも、だいすき……」
あなたの腕の中で眠っていたフローラも幸せそうな笑顔です。
・ 目覚めの夕暮れ
やがて、少しずつ日が落ち、桜の木々がオレンジ色の夕闇に溶け込み始めた頃。
カイルはゆっくりと目を覚ましました。
「……あ、あれ? 僕、寝ちゃってた……?」
目をこすりながら起き上がると、なぜかガイアスが不自然に顔を逸らして黙り込んでおり、レオンは魂が抜けたような顔で空を眺め、リリィは宝物を見るような目で録画石を抱きしめていました。
「……? みんな、どうしたの? 何かあった?」
「な、何でもねぇ! さっさと帰るぞ、寿司が待ってんだろ!」
カイルが不思議そうに首を傾げると、ガイアスは爆発しそうなほど真っ赤な顔のまま、怒鳴るような声で叫びました。そして、カイルの返事も待たずにひょいっと軽々と抱え上げます。
「わっ、ちょっとガイアス! 自分で歩けるよ!」
「うるせぇ、寝ぼけて転ばれたら寝覚めが悪ぃんだよ! ほら、大人しくしてろ!」
ガイアスの心臓が、いつになくドクドクと速く打っているのが背中越しに伝わってきます。知略100のあなたには、彼がどれほど今の寝言に動揺し、そして喜んでいるのかが手に取るように分かりました。
「あはは! ガイアス、もしかして照れてるの?」
「照れてねぇっつってんだろ! ……クソッ、レオン! リリィ! ぼさっとしてねぇで撤収だ!」
「は、はい! 先代様の『大好き』……一生の宝物として刻まれましたぁぁ!」
レオンがフラフラになりながらも幸せそうに荷物をまとめ、リリィは「ふふん、この動揺する魔王と寝言のセット、バックアップ10層くらいにするわ」と勝ち誇ったように録画石をしまっています。
「ふふ、今夜はお祝いですね。カイル様が、心からこの場所を好きになってくださったお祝いです」
セシリアが優しく微笑み、夕焼けに染まる桜の下を歩き出しました。
「カイル……おすし、いっぱい、たべようね」
フローラも、カイルの袴の裾をぎゅっと掴みながら、尻尾を揺らしてついてきます。
・ 宿屋:お寿司の宴
宿に戻ると、囲炉裏の横には極東の職人が腕を振るった、宝石のようなお寿司が並んでいました。
「これが本物のスシ……! 本当に生なんだね。リリィ、これ食べてみてよ、キラキラしてる!」
「ちょっと、私を毒味役にしないでよ……あ、でもこれ、意外と美味しいじゃない!」
賑やかな宴が始まります。カイルは「神界の悪夢」を完全に克服し、仲間たちと新しい文化を心ゆくまで楽しみました。
極東の旅、最大の目的であった「神樹」での一件を乗り越え、カイルたちの絆はもう、どんな過去にも壊されないほど強固なものとなりました。
「……なぁ、カイル」
お寿司をお腹いっぱい食べた後、隣で少し落ち着いたガイアスが、カイルにだけ聞こえるような低い声で言いました。
「……俺も、……嫌いじゃねぇよ。今のこの、不自由な生活も……お前も」
そう言って、彼は大きな手でカイルの頭を乱暴に、けれど世界で一番優しい力加減で撫でました。
昨夜のしんみりした空気はどこへやら、カイルは「いかに効率よく、みんなの思い出を形に残すか」に思考を注ぎ込みます。
「よし、屋敷に持ち帰るお土産を買い占めるよ!予算は昨日の魔物素材の売却益でたっぷりあるからね!」
カラン、コロン、と下駄の音を響かせて、一行は活気あふれる城下町の市場へ繰り出しました。
・ カイル一行のお土産セレクション
1. リリィと選ぶ「和の魔導具」
* 品目: 振ると美しい音色が響く「魔除けの風鈴」と、夜道を照らす「魔法の提灯」。
* リリィ: 「この風鈴、屋敷の廊下に下げたら綺麗じゃない?……あと、この『和紙』ってやつ、録画石のプリント用に使えないかしら」
2. フローラと選ぶ「癒やしの和菓子」
* 品目: 桜の香りがする「干菓子」と、日持ちのする「金平糖」。
* フローラ: 「これ、キラキラ、お星さま……。屋敷で、みんなでたべる。カイル、あーん」
3. レオンと選ぶ「侍の武具」
* 品目: 切れ味抜群の「極東の包丁」と、自分たち用の「予備の袴一式」。
* レオン: 「先代様!この『砥石』、極東の職人魂を感じます!これで屋敷の武器を全部ピカピカに磨き上げますよ!」
4. セシリアと選ぶ「生活の彩り」
* 品目: 繊細な刺繍が施された「手ぬぐい」や「お香」。
* セシリア: 「この香りはカイル様の安眠に良さそうですね。お屋敷が極東の香りに包まれるのが楽しみです」
5. ガイアスと選ぶ「相棒の嗜み」
* 品目: 渋い模様の「特大湯呑み」と、極東の「高級茶葉」。
* ガイアス: 「……おい、カイル。この『茶』ってのは、あの苦いコーヒーよりマシなのか? ま、この湯呑みは悪くねぇな」
「あはは! 両手がいっぱいになっちゃったね」
大量の包みを抱えたレオンと、それを支えるガイアスの後ろ姿を見ながら、カイルは満足げに笑います。
ふと、市場の片隅でカイルの目に留まったのは、一組の「夫婦箸」……ではなく、6人全員でお揃いの色が揃った「六角箸」のセットでした。
「これ……屋敷に戻ったら、みんなで使おうよ」
カイルがその箸を手に取ると、仲間たちは一瞬顔を見合わせ、それから今までで一番温かい、優しい笑顔をカイルに向けました。
極東の神樹での「償い」を乗り越え、カイルたちは本当の意味で、お互いを「欠かせない存在」として認め合ったのです。
【極東編・完】
* カイルのレベル: 40
* 獲得: 大量のお土産、和装一式、家族の絆(真)
カイル、船長バルトが港で「準備ができたぞ!」と呼んでいます。




