Ep.77 極東の夜
神界での壮絶な体験で心身ともに削りきったカイルは、ガイアスの広くて温かい背中に、吸い付くように身を預けました。
「……たく、重てぇ勇者様だぜ」
口では毒づきながらも、ガイアスはカイルの脚を太い腕でしっかりと固定し、一歩一歩、カイルの眠りを妨げないよう慎重に歩き出します。
その時、夜空を震わせる大きな音が響きました。
ドォォォォン!!
見上げれば、漆黒の空に鮮やかな極彩色の花が咲き乱れています。カイルが本で読み、憧れていた「花火」です。
「カイル様、見てください。あんなに綺麗ですよ……」
セシリアが隣を歩きながら、カイルの顔にかかる前髪を優しく払います。
「先代様……! 絶景ですね。極東まで来て、本当によかったです……!」
レオンが涙を拭いながら横で跳ね、リリィは「……これは、撮らなきゃ損だわね」と、震える指で録画石を起動し、花火と、ガイアスの背中でまどろむあなたの姿を静かに収めました。
「はなび……キラキラ。勇者様……いっしょ」
フローラがガイアスの足元で、カイルの垂れた手を握りながら、夜空を見上げて目を輝かせています。
花火の光に照らされたガイアスの横顔。
彼は、背中に感じるあなたの体温を確かめるように、一度だけ深く、安らかな溜息をつきました。
「……見たか、カイル。お前が望んだ景色だ。神様だった頃に見たどの光より、ずっと温かいだろうが」
カイルは、意識が遠のく中でその声を聞き、小さく頷きました。
神界での冷たい桜の幻影は、もうどこにもありません。あるのは、ほのかに香る火薬の匂いと、みんなの笑い声、そして、自分を運んでくれる相棒の力強い拍動だけ。
・ 宿屋:囲炉裏の間
やがて一行は、予約していた極東の宿へと到着しました。
部屋の真ん中には、パチパチと炭が爆ぜる「囲炉裏」が。そこには焼き立ての岩魚の香ばしい匂いと、湯気を立てるお蕎麦が用意されています。
カイルはガイアスの背中から、ふかふかの座布団の上へと降ろされました。
「さあ、カイル。精のつくもん、しっかり食え。食わねぇと、明日からの観光は中止だぞ」
ガイアスにそう促され、カイルはみんなと肩を寄せ合い、囲炉裏の火に照らされながら箸を手に取ります。
カイル、地獄から還ってきた後の、初めての晩餐です。
囲炉裏の炭火がパチパチと爆ぜ、みんなの顔をオレンジ色に優しく照らしています。
カイルは手に持ったお箸をそっと置き、湯気の向こう側に並ぶ、大切な「家族」の顔を一人ずつ見つめました。
神界の暗闇で消えかけていた意識。でも、今ここにあるのは、火の温かさと、香ばしいお蕎麦の匂いと、自分を必死に連れ戻してくれた人たちの体温です。
「……あのね。……ありがとう」
カイルの小さな声に、賑やかだった食卓がしんと静まりました。
「僕、さっきは本当に怖かった。でも、みんなの声が聞こえた時……ああ、今の僕は僕一人だけのものじゃないんだって、心の底から思えたんだ。……みんなと一緒に、ここにいられて、本当に幸せだよ」
その言葉は、知性で飾られたどんな美辞麗句よりも重く、みんなの胸に響きました。
「……バカ野郎。改めて言うんじゃねぇよ」
ガイアスは顔を背け、不器用に蕎麦を啜りますが、その耳は真っ赤に染まっています。
「カイル様……。そのお言葉だけで、私たちはどんな苦難も越えてゆけます」
セシリアが愛おしそうに目を細め、カイルの頬に付いた炭の汚れを指でそっと拭いました。
「先代様……! ぐすっ、もう、一生……一生離れませんからね!」
レオンは堪えきれずにまた泣き出し、リリィも「……全く、あんたは。その台詞、バッチリ録画したから。一生の家宝にしてやるわよ」と、レンズを拭きながら鼻声を漏らしています。
「カイル……ずっと、ずっと、いっしょ……」
フローラはカイルの膝に頭を乗せ、安心したように喉を鳴らしました。
神樹が突きつけた「過去の罪」は消えません。でも、今のカイルには、それを一緒に背負い、笑い飛ばしてくれる仲間がいます。
夜は更けていきますが、囲炉裏の火は絶えることなく、カイルたち6人を温め続けていました。
【極東の夜】
* カイルのレベル: 40
* 状態: 精神的呪縛からの解放、真の絆の獲得
* 所持品: 家族との忘れられない思い出
カイル、激動の一日が終わりました。




