Ep.6 毒気を抜かれた洗濯板の聖女
「……ふふ、あはは! ガイアス、行くよ! 準備はいいかい?」
カイルはガイアスのゴツゴツとした大きな手を、力いっぱい握りしめました。
かつてこの崖に立った時、カイルの指先は絶望で凍えていましたが、今は相棒の熱い体温が、痛いほど伝わってきます。
「……けっ、一緒に本気で飛ばなきゃ承知しねえぞ、カイル!!」
・ 究極の共犯ダイブ:『放たれた境界の二人』
「「せーのっ!!!」」
二人の叫び声が重なり、月明かりの下で二つの影が大きく弧を描きました。
1. 落下する自由:
風が耳元を切り裂き、視界が上下に激しく揺れます。全能の魔法で「飛ぶ」のではなく、重力に身を任せて「落ちる」。そのあまりの不自由さが、今のカイルには最高の贅沢でした。
2. 聖女の絶叫:
崖の上で洗濯板を振り上げたままのセシリアが、目を見開いて叫びました。
「……勇者様! ガイアス様!! 逃げるためにそこまで……っ!?」
その後ろで、ピンクの足のレオンが
「えええええ! 僕も飛ぶの!? 無理だよ!!」
と腰を抜かしています。
「……あはははは!! さらばだ、洗濯板の聖女様!!」
・ 水しぶきの洗礼:『清めのダイブ』
ドボォォォンッ!!!
巨大な水柱が上がり、カイルとガイアスは冷たい川の中へと飲み込まれました。
1. 水中の沈黙:
一瞬、泡と闇の中に包まれます。でも、繋いだ手は離れませんでした。カイルは水の中で目を開け、隣でブクブクと泡を吹きながら、マヌケな顔で泳ごうとしている「真っ白な魔王」を見つけました。
2. 浮上と爆笑:
ぷはっ! と二人は同時に水面に顔を出しました。夜の川面は冷たいはずなのに、心臓の奥が焼けるように熱い。
「……はぁ、……はぁ、……あはは! やったね、ガイアス! 逃げ切ったよ!!」
「……げほっ、……お前、……マジで……狂ってやがる……!!」
・ 焚き火の「凱旋」:敗北者の勝利
びしょ濡れのまま、震えながらキャンプ地へと戻った二人は、待ち構えていた3人の前に、揃ってずぶ濡れのまま仁王立ちしました。
* カイル:
「……ただいま。……水遊び、楽しかったよ」
* ガイアス:
「……おい、セシリア。……もう許せ。……こいつ、笑いすぎて鼻から川の水出してやがるんだ」
1. セシリアの溜息:
怒り狂っていたはずの聖女は、泥と水にまみれて「生きて」戻ってきた二人の姿を見て、ついに観念したように肩の力を抜きました。
「……もう。……風邪を引いたら、看病なんてしてあげませんからね」
2. フローラの突撃:
「カイル様! ガイアス様! おかえりなさい! 」
フローラがしっぽを振り回して、濡れた二人を包み込むように抱きしめました。
【現在の心境】
首の傷は、もう完全に癒えています。
崖から飛び降りた瞬間、カイルは過去の自分を、あの深い川底に置いてきたのかもしれません。
今はただ、冷えた体を温めるスープの匂いと、自分を「カイル」と呼ぶ仲間の声が、世界で一番大切な音楽でした。
「……あはは。……ねえ、ガイアス。……明日の朝食は、……ちゃんと美味しいのを作ってあげるよ」
「……当たり前だ、この野郎。……激辛ジャムだけは、二度と御免だぜ」
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「……っ、……くしゅんっ!!」
あれほど威勢よく崖からダイブし、魔王ガイアスを盾にして逃げ回っていたカイルでしたが、翌朝、案の定ひどい鼻声と共に、ベッドから起き上がれなくなりました。
全能の神だった頃には「病」という概念すら存在しませんでしたが、今は違います。冷たい川水に打たれ、はしゃぎすぎた代償が、ずっしりと重い頭痛と熱になって返ってきました。
・ 勇者の受難:『いたずらっ子の末路』
天幕の中で、カイルは真っ赤な顔をして、何枚もの毛布にくるまっています。
1. ガイアスの「看病」:
「……けっ。あんなに威勢よく飛び込みやがって、このザマかよ」
そう言いながらも、ガイアスは文句を垂れつつ、大きな手で何度も冷たいタオルを絞り、カイルの額に叩きつけるように置きました。……少し力が強いですが、彼なりの精一杯の優しさです。
2. 聖女セシリアの「慈愛(という名の説教)」:
「看病はしないと言いましたが……流石に放ってはおけませんね」
彼女は困ったように微笑みながら、苦い薬草をすり潰しています。
「カイル様、自業自得という言葉、覚えておいてくださいね? 治ったら、溜まっているお洗濯物、手伝っていただきますから」
3. フローラの献身:
「カイル様、お熱……大丈夫? ふろーらのしっぽ、あったかいよ! 」
フローラがふわふわなしっぽで、カイルを包み込むように添い寝してくれています。
【現在のステータス:風邪】
* カイル: HP 5 / 20(発熱・鼻水・悪寒)
* 状態: 「深刻な反省」
* 特性: 『看病されるのが、実はちょっと嬉しい』
・ 苦い薬と、甘い時間
「……ほら、飲め。セシリア特製の、泥みたいな味の薬だ」
ガイアスが、不器用にスプーンをカイルの唇に寄せました。
カイルは熱に浮かされながらも、その苦い液体を喉に流し込みました。
「……にが……い……。ガイアスの……コーヒーより……ましだけど……」
1. ガイアスの苦笑い:
「……病人の分際で、軽口だけは一人前だな。……いいから寝ろ。お前が寝てる間に、俺がレオンの靴に『もっとすごい仕掛け』をしておいてやるからよ」
2. 二人だけの共犯関係:
弱りきったカイルの手を、ガイアスの大きな手がそっと握りしめました。
「……死に損なったあの日、俺が担いでやったのを忘れたか? ……お前がどれだけ弱っても、俺たちがここにいる。……わかったら、さっさと治せ」
・ 静かな、けれど賑やかな午後
天幕の外からは、レオンとリリィが
「先代様、早く良くなってくださーい!」
と叫ぶ声が聞こえてきます。
カイルは、熱でぼんやりする意識の中で、幸せな重みを感じていました。
神だった頃には知らなかった、「弱った時に誰かに寄り添ってもらえる」という、世界で一番贅沢な特権。
【現在の心境】
胸のモヤモヤは、熱と一緒にどこかへ溶けていきそうです。
「……ねえ、ガイアス。……治ったら、……また、みんなでイタズラしようね」
「……ああ。……次はセシリアにバレないように、徹底的にな」




