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Ep.46 筋肉が欲しい元勇者

・ 直面した現実:小柄な器と失われた筋肉


修行の合間、大きな姿見の前に立ち、カイルは木剣を握った自分の姿をまじまじと見つめていた。

かつての勇者、あるいは神であった頃の自分は、重厚な鎧を纏い、戦場を見下ろす堂々たる体躯を持っていた。しかし鏡に映るのは、細い手首、華奢な肩幅、そして以前より一回りも二回りも小さくなった背丈だった。


(……ああ。これじゃあ、どんなに技術を思い出しても、あの『重い一撃』は物理的に不可能なんだ)


一週間、必死に木剣を振って筋肉痛に耐えてきたが、筋肉がつくスピードよりも、今の「人間としての限界」が先に見えてしまったような絶望感がカイルを襲う。


「……悔しいな。これじゃあ、ガイアスの隣に立っても、子供が背伸びしているみたいじゃないか……」


カイルは木剣を床に置き、膝を抱えて座り込んでしまった。


「平凡な顔どころか、体格まで……。僕は、本当にもう『かつての僕』には戻れないんだね」




・ ガイアスの「不器用な慰め」


部屋の入り口で、着替えを届けに来たガイアスが立ち止まっていた。彼はカイルの落胆した背中を見て、すべてを察したように溜息をつき、ドカッとその隣に座り込んだ。


「……おい、何を情けねぇツラしてやがる。体格が小さくなった? 当たり前だろ。テメェは一度死んで、新しく生まれ変わったんだ。デカけりゃ強いってんなら、この世は巨人の天下だぜ」


ガイアスは、自分の熊のような大きな手と、カイルの白く細い手を並べた。


「いいか、カイル。その小さな体は、『速さ』と『精密さ』のためにあるんだ。俺には到底真似できねぇ、針の穴を通すような魔力操作と、風を切るような身軽さ。それが今のテメェの『強さ』の正体だろ」




・ 家族の「全肯定」


廊下から、フローラとセシリアもそっと顔を出した。


「カイル、小さくないよ! 私にとっては、世界で一番大きくて、かっこいいもん!」


Lv 67の頼もしさを湛えた瞳で、フローラが真っ直ぐにカイルを見つめる。


「カイル様。そのしなやかで美しい体躯にこそ、私の編んだ防具は似合います。筋肉など、あまり付きすぎると……抱きしめた時の心地よさが損なわれてしまいますわ」


セシリアが穏やかに、けれど有無を言わせぬ微笑みで付け加えた。


(……あはは。みんな、必死にフォローしてくれて)


カイルは自嘲を捨て、顔を上げた。


(でも、そうだね。かつての自分を追うのはもうやめよう。この『小さな体』で、魔王も勇者も翻弄してやるのが、今の僕にできる一番のイタズラになるかもしれない)




・ 次なる課題:食と肉体


「……とはいえ、筋肉量はやっぱり大切だ。今のままじゃ、魔剣の重さに振り回されて、フローラを守るどころか足手まといになってしまうからね」


カイルがそう呟き、キッチンの家計簿と献立表を真剣に見つめ始めた瞬間。

屋敷の食を司る「支配者」セシリアが、音もなく背後に立った。




・ 肉体改造の三ヶ月 ―― 聖女の糧と魔王の試練


「カイル様。筋肉、体格……そのお言葉、待っておりましたわ。今日から献立を全面的に見直します。リリィが森で仕留めた『剛力猪パワー・ボア』の赤身肉と、私が聖水で育てた『魔力大豆』をふんだんに使い、カイル様の体を一から作り直しましょう」


セシリアによる徹底した食事管理が始まった。朝昼晩と続く高タンパクな「修行食」に、カイルは苦戦しながらも必死に完食し、エネルギーを体に蓄えた。


「……美味しいけれど、セシリア、そんなに笑顔でおかわりを持ってこないで。少し量が多いよ……」



「食ったら全部使い果たすまでシゴいてやるぜ」


ガイアスが課したのは、石を詰めた背嚢を背負っての山道三往復。


「ハァ、ハァ……ガイアス、見ていろ! 重心を低く、体幹で支える……これだ!」


泥にまみれ、一歩一歩地面を踏み締める日々。三ヶ月が経つ頃、カイルの細かった手首には逞しい筋が浮き、小柄ながらも密度を増したしなやかな筋肉を纏った「戦士」の身体へと変貌を遂げていた。



・ カイル(不屈の魔剣士)

* Lv: 15 → 18

* HP: 120 → 250

* 腕力: 38 → 65(基礎体力が向上し、足腰が安定)




・ 魔剣『残響の白銀』、真の解禁


そして今日、カイルは再び中庭の台座の前に立った。

魔剣『残響の白銀エコー・シルヴァ』。かつては「重い」と感じたその柄に、迷いなく手を伸ばす。


「……軽い。いや、僕の体がこの重さを『当然』だと受け入れているんだ」


抜き放たれた白銀の刃が、朝日に鋭く輝く。一振り。空気が裂ける音が、以前とは比べ物にならないほど鋭く、重く響いた。


「勇者様……かっこいい! 背中が、前よりずっと大きく見えるよ!」


隣で短剣を構えるフローラが歓声を上げる。その瞳には、守られる対象としてではなく、共に戦場を駆ける相棒への信頼が溢れていた。




・修行の「完成」と「始まり」


カイルは魔剣を正しく構え、見守っていた仲間たちに向き直った。


「ガイアス、セシリア。待たせたね。今の僕なら、この剣でみんなを守れる。……いや、みんなと共に戦える」


カイルが選んだ泥臭い努力は、ついに彼を「本物の戦士」へと変えた。神としての全能ではない、人間・カイルとしての真の力。その一歩を刻んだ彼の瞳には、新しい世界への理知的な闘志が宿っていた。

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