枯れない言葉と枯れる言葉
バーに来た。 ドアを押した瞬間、安心した。
それが理由だと気づいて、恥ずかしくなった。
純さんがいた。
隣に座った。
グラスが置かれた。冷たかった。
「なんか、うまくいってる気がして」
純さんは何も言わなかった。
「どう言ったらいいか」
「言ってみろ」
「初めて、パートナーって感じがする人です」
純さんがグラスを持ったまま、少し間を置いた。
「パートナーか」
繰り返した。
質問じゃなかった。
確認でもなかった、ただ呟いた、そんな感じだった。
「一緒にいると、楽で役に立とうとしなくてもいい気がして」
「ただ隣にいるだけで、良かったって言われて」
純さんは正面を向いたまま、何も言わなかった。
「前は、何かしないといけないと思ってた。何か言わないといけない、何か渡さないといけない」
「今は、それが少し減った気がする」
氷が、少し溶けた。
「減った、か」
純さんが小さく言った。
「まだあるんですけどね、そうしたいが多いです」
「そうか」
少し間があった。
この感じが似ている、と思った。
「純さんは」
「なんだ」
「パートナーって、どういう感じですか」
純さんが少し間を置いた。 グラスを回した。
「同じ方向を見ている」
それだけだった。
僕は少し笑った。
「それだけですか」
「それがいい」
純さんがグラスを口に運んだ。
「ただそれだけでも、ありがたい」
帰り際、カウンターの端を見た。
造花があった。
いつもの場所に、いつもの光の外れで。
枯れない。
色も変わらない。
何も失わない。
でも、水もいらない。
触れても、温かくない。
遥のガジュマルを思った。
枯れるかもしれない。
思うようにいかないかもしれない。
でも、遥が選んだ。
僕も、何かを選んでいる気がした。
まだ言葉にならなかった。 でもそれで良かった。
立ち上がりながら、造花をもう一度見た。
確かに綺麗だ。ただ、それは僕にはいらない。
「帰ります」
「ああ、またな」
背中に、純さんの声がした。
「はい」
外に出ると、ポケットの中でスマホが震えた。
遥からだった。
今は読まなくていい、後からで。
それを許してくれる。
夜の空気が、冷たかった。
それが、良かった。




