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第96話 無名の魔術師

 今日の登場は1年生。しかも最初に登場するのは平民中心の7組。

 まだ武術や魔術を始めて数ヶ月。ほぼ初心者だ。

 クラスに割り当てられた時間は20分から30分。


「これより1年生の演武を開始いたします。1年生は入学してまだ3ヶ月。まだ学び始めたばかりの拙い演武となります。しかし、この拙い演武は、2年後には王国を支える立派な若木に成長します。その若木が今日芽生えます。ご来場の皆様、未来の王国の担い手たちの誕生を祝福の拍手でお迎え下さい!」


 アナウンスとともにガチガチに緊張して登場したのは7組の武術組。

 10数人が二人一組でグラウンドに拡がり、先生の「始め!」の声で一斉に模擬戦を開始した。技術的に見るべきものは一つもない。それでも全員が必死で剣を、槍を我武者羅に振り回す。ふざける者は一人もいない。手を抜く者も一人もいない。誰もがこれから強くなって王国を支える一員になるんだ、そんな強い意志を宿した目で拙い剣を振る。美しい若者たちの姿に観客も優しい眼差しで見守る。

 元の世界で訳もわからず戦闘訓練を始めた頃を思い出す。でも、俺の目はこんなに純粋な志に燃えていなかったよな。目の前の彼らが少し羨ましく感じた。


 次に出て来た魔術組は、基礎魔術の的当てだ。用意された的に自分の属性の攻撃魔術を撃って行く。聖女ちゃん、いやレーナちゃんも登場した。レーナちゃんは魔術に関してはこのクラスでは圧倒的に上手い。これなら1年生全体でも上位に入るんじゃないか?

 魔術なんてアニメや小説の世界の日本から無理矢理連れて来られたのにここまでの技術。

 彼女もすごく努力したんだろうな。

 明るく軽い女の子に見えるけど、この魔術を見れば彼女が頑張ってきたことがよくわかる。

 何とか幸せになって欲しいもんだ。


 演武が終了し全員が整列して挨拶をすると盛大な拍手が沸き起こる。

 うん、よく頑張ったね。

 28歳のおっさん目線で感傷に浸っていると、負傷者が次々と治癒班のところにやって来た。

 打撲、切傷、おお骨折もいる。こっちは火魔術の自爆で火傷だ。

 重傷はいないので、新人の俺が実力を披露するということで、治癒に当たることになった。

 まあ、この程度の負傷ならどれも一瞬だ。

 流れ作業のように次々と治癒し、ほんの数分で全員の治癒が終わった。


「わお、ユーちんの治癒チョーすごいじゃん!私より早くてキレイ!ユーちんが聖女様やんなよ!」

「俺は男だ!」


 横で見ていたレーナちゃんの絡みに、昭和の青春ドラマのタイトルで答えてしまった。あの主演の人、県知事になったんだっけ?何でそんな古いドラマ知ってるかって?研修所の年配の教官のお薦めDVDだったんだよ。


 それはともかく、俺の治癒魔術を見た治癒師たちは唖然としていた。

 どうやら、彼らと比べてもはるかに早く治りもいいらしい。

 最初は魔力量は大丈夫かとか心配していたが、俺がまったく問題ないと言うと、今度は少しゆっくりやってくれと頼まれた。自分たちの治癒がへぼく見えてしまうらしい。

 ゆっくりってどうやるんだ?やったことないぞ。仕方ないので、次からは少し長い時間治癒魔術をかけているフリをしよう。


 演武会はクラスが進む毎にレベルが上がっていった。

 今武術の模擬戦を行っている1組になると、十分に武技として成立している。

 剣道で言えば2組で初段、1組だと2段に入ったくらいだろうか。

 上級貴族の子弟は、皆んな幼い頃から武術や魔術の家庭教師などを付けて訓練してきている。

 だが、まだ魔装を使いこなせるレベルの者はいない。

 実際、魔装を纏って戦闘ができるというのは、学院でも3年生の上位に限られる。

 魔力を纏うことができるようになっても、その状態で自由に動くのは、普段との動きや視界が変わりすぎて容易ではない。

 学院生の認識では、魔装の戦闘は学院にいる間に何とか身につけたい技術という感じだ。


 演武は1組の魔術に移行した。

 おっ、シルビアちゃん登場!

 ジェームス様とエリカお姉様は見てるかな?

 うん、シルビアちゃんはやはり上手いね。スムーズに攻撃魔術を繰り出しているし、発動も他の子よりも早い。さすがランカスターのお姫様!


「ビアちゃん!頑張れー!」


 なぜか自分も手伝うと言って、治癒班と一緒にいるレーナちゃんから声援が飛ぶ。

 しかし、ビアちゃんか・・・。エリカお姉様に怒られないかな。


 1組の魔術演武は、最後に全員で信号弾を打ち上げて終了した。

 信号弾も、綺麗に打ち上げるのは結構技術がいるんだよ。


 1組の負傷組がやって来たので、俺とレーナちゃんで手早く治癒魔術を施す。

 なぜか、これまでのところすべての治癒を二人でやってるんだけど・・・。

 他の治癒師さんたちは、即戦力が増えて大喜びだ。

 レーナちゃんの治癒魔術の腕前も中々のものだった。軽傷の治癒なら、今の技術で十分やっていけるくらいに上手い。あとは、重傷の治癒と魔力効率か。

 レーナちゃんの魔力量は俺ほど多くはない。上の下というくらいかな。なので、1回の治癒を効率よくやらなければ、魔力切れを起こしてしまう。

 しかも、負傷した男どもはすべからくレーナちゃん治癒を希望しやがる!おかげで、レーナちゃんの魔力はそろそろ尽きかけてきた。午後は休憩かな。

 レーナちゃんは実践練習ができた上に、皆んなに喜んでもらえてご満悦だ。いい子だ。本当にレーナちゃんのご家族のことを思うと胸が痛い。改めて、馬鹿王子は何てことをしてくれたんだと怒りが湧いてくる。

 最初は特に積極的に関わるつもりがなかったレーナちゃんだが、こうやって見ていると何とか幸せになれるように手助けしたいと思うようになっている。俺もこの世界に来てだいぶ性格が変わってきたかもしれないな。


 午後に入ると闘技会が始まった。

 出場者は200人以上。

 闘技場に四つの舞台が作られ、4ブロックに分かれて行われる。

 昨年実績と授業の成績から、上位4名は別々のブロックに振り分けられている。

 1年生の1、2組の男子や、武術が得意な女子も参加している。武術を志す女子には、将来、王妃様や王女様の護衛騎士などの道がある。


 初日は1回戦と2回戦が行われた。

 実力差が大きい対戦が多く、割合早めの決着が多い。

 魔術師として出場している学生も数人いるが、やはり接近戦での1対1は不利なようで、ことごとく敗退していた。そんな中で一人だけ魔装を使いこなして相手の剣を回避し、魔術で2回戦を突破した者が一人だけいた。すごいなあの人。魔術の発動も段違いに早い。対戦表で確認すると2年生、しかも5組という下位クラスだ。細身で背の高い学生だが、埋もれた逸材というヤツか?ちょっと注目だね。


 一方、怪我人は演武と比較して重い傷の者が増えてきた。

 刃引きしてある武器とはいえ真剣だ。剣筋が鋭くなれば切れることもある。

 待機していた治癒師たちも、ようやくフル稼働を始めた。

「これまで休ませてもらったから、頑張らなきゃね」と言いながら、せっせと治癒に励んでいた。さすがに学院所属の治癒師たち。腕は一流で次々と負傷者の治癒を完璧にこなしている。

 この治癒体制があるから、学生が負傷するような闘技会でも平気で行えるんだな。


 初日の闘技会が終了し、2日目に進む64人が決定した。

 初日終了後の学生会のミーティングでも、2年生の魔術師がちょっとした話題になった。

 しかし、2年生のリッキー殿下もベン先輩も知らないということだった。突然才能に目覚めた?

 いや、そんな感じではなかったな。むしろ実力を押さえている風だった。少し気になるな。明日はもっと注意して見ておこう。




 2日目の2年生の演武は、初日の1年生に比べて一気に派手になる。

 2年生の武技を得意としている学生はほとんどが闘技会に参加しているため、2年生、3年生の演武は魔術が中心だ。

 下位クラスの的当てでは、多彩な魔術で次々と的を破壊していく。

 たった1年でここまで上達するんだなと感心させられた。

 中位クラスでは、動く的や飛んでいる的に向かって魔術を放ち、これも見事に的を破壊する。

 上位クラスでは、土魔術で小山や無骨な建造物を造ったりして、それを集団の魔術攻撃で破壊して見せた。なんだか、自衛隊の総合火力演習を思い出す。ここまでくると、遠距離攻撃なら立派に戦力に組み込めるレベルだ。

 普段攻撃魔術など目にする機会のない平民の観客は、大盛り上がりで演武を楽しんでいた。

 この若い力が、将来の国や民を護る力になることに、心強さを感じていることだろう。


 2時間の昼休憩を挟んで始まった闘技会。

 俺は例の魔術師の2年生に注目して観戦した。名前はアッサム。姓がないところをみると平民なのか。

 昨日勝ち残った相手に、魔術師が果たしてどんな戦いをするのかと思っていたら、なんとコイツ剣をぶら下げて来やがった。

 剣術もできるのか?

 戦いが始まると防戦一方だ。おかしい。コイツ魔装が使えるはずだよな?

 何度も追い込まれては、ギリギリのところで敗北を免れている。

 観客の誰もがアッサムの負けを確信したとき、相手選手が躓いて転びそうになった。その一瞬をついて、アッサムが相手の首に剣を添えた。

 審判がアッサムの勝利を宣告し、悔しがる相手選手。

 俺の背中に冷や汗が伝い落ちる。

 何だ今のは?

 アッサムが勝利する直前の動きがまったく見えなかった。

 どうやって移動した?

 浅黒い肌と彫りの深い頬のこけた顔。うつむいていて見えづらいが、相手を小馬鹿にしたように口元がニヤけている。


 何者だ、コイツ?

 相手選手との力量差は大人と子供以上。

 それどころか、俺でも勝てるだろうか?

 なぜこんなヤツが今まで無名なんだ。そしてなぜ弱いフリをする?何を企んでいる?

 この会場で何人が気づいただろうか。


 次はベスト16を懸けた戦い。

 レベルは上がるがコイツの相手になるほどの実力者が学生にいるはずもない。

 次の相手は槍の選手だった。

 何度も相手の槍がアッサムを掠める。必死を装って逃げるアッサム。ときには転がりながら槍を躱す。観客の目には防戦一方に見えているだろう。

 そしてまたしても転がったアッサムに振り下ろされた槍が床に叩きつけられたところでポッキリと折れた・・・。今のは見えた!手から伸びた魔刃のようなもので叩き折った!

 しかし俺以外の魔力の見えない者には、偶然槍が折れたように見えただろう。

 武器を無くした相手の首に剣を添えて、またしてもアッサムの勝利だ。


 本当にコイツ何を考えてやがる。

 なぜ弱く見せる?相手を油断させるため?

 コイツはそんな必要がないくらい圧倒的に強いはずだ。

 俺は治癒師たちに席を外すと断りを入れて、ブライソン会長のところに急いだ。

 俺が注意喚起しても取り上げてくれないかもしれない。大多数の人には、アッサムがラッキーで勝利したようにしか見えていないから。それでも気になったことは直ちに報告を上げるのは、元の世界で叩き込まれた基本だ。杞憂に過ぎないかもしれないが、自分だけが気づけたことかもしれない。小さな懸念でも、気に留めておくだけで対処が変わる。間違いであればそれで良い。懸念が実現したときに対処できず被害が出ることが最悪だ。


 国王陛下は午前で帰城しているので、会長は今はロイヤルボックスの隣のエリアにいる。

 なぜか不安が収まらず、走って会長の元に急いだ。



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