第180話 一審制
改めて侍女とシルビアちゃんに事件の状況を確認する。
あのときは、2階の教室に戻ろうと階段を登ったところで、レーナちゃんに後ろから声をかけられた。そして、落とし物だと言ってノートを渡された。確かにシルビアちゃんのノートだったが、どこで落としたのか覚えがなかった。レーナちゃんは、男の子が拾って、渡してくれと頼まれたと言っていたという。レーナちゃんから聞いた話と同じだ。
お礼を言って教室に向かった瞬間、キャーという叫び声が聞こえて後ろを振り返ったところ、シルビアちゃんが階段から落下していた。驚いていると、近くにいた女子学生がシルビアちゃんたちの方を指差して、この人が突き落としたと叫んだ。すると、今度は馬鹿王子の取り巻きでいつもいる男子学生が、近くにいた衛兵に取り押さえろと叫んだ。その声に応じて衛兵がすぐにシルビアちゃんを捕捉し、連れ去ってしまった。侍女は必死に抵抗したが、衛兵に殴りつけられて抵抗は敵わなかった。学院内で本格的な戦闘を行うこともできず、至急ランカスター家に走りエリカお姉様に報告した。シルビアちゃんはわけもわからず衛兵の馬車に連れ込まれて、王城の衛兵本部に勾留された。侍女とシルビアちゃんの話は概ねこんな感じだった。
「レーナちゃんはどうなったんですか?」
「大丈夫。俺が治したからもう元気だと思うよ」
「良かった」
シルビアちゃんは俺の答えを聞き、心底ホッとしていた。
シルビアちゃんはやっぱりいい子だね。
「それでアルフレッドはこの件に関わっていると思うか?」
陛下が最も気になっていることを質問する。
俺が答えるしかないか。
「いえ、元々私どもの調査では、殿下の取り巻きが誰かの指示を受けて、殿下に知られないよう何か企んでいました。それに、階段から落ちたレーナ嬢に付き添う殿下は必死でした。あの様子では殿下がレーナ嬢に怪我をさせることに同意するとは到底思えません。なので、今回の件に殿下は無関係だと思います」
「そうか。それはせめてもの救いというべきか・・・」
陛下も安堵したような表情になった。それはそうだろう。もし馬鹿王子が関係していたら、自分の息子を断罪しなければならなくなる。
「そういえば保釈金はいくらだった?すぐに用意させるよ」
ジェームス様が思い出したように聞いてきた。
「それがわずか金貨100枚でした」
それを聞いたシンプソン先生が驚きの声を上げる。
「そんなに安かったのか!相場の十分の一だ!」
「ああ、僕の腕じゃないですよ。裁判官が事情を察してくれたようで、交渉なしにこの金額にしてくれました」
「それは裁判官の当たりが良かったな」
「問題は本番の公判の裁判官ですね」
「そうだな。陛下、公判の裁判官は調べられますでしょうか」
シンプソン先生が陛下に聞く。
「すぐに調べさせよう」
陛下が側近の侍従に法務院で調べるように指示を出してくれた。裁判所が所在する法務院は貴族街の外にあるが、王城の中にも法務院の事務部局は当然に存在している。
ついでに衛兵本部長も呼んでくるように付け加える。
「まだまだスタンリーの影響は排除しきれんか」
「そうですね。しかし、まさか聖女様を犠牲にする手を使ってくるとは思いもしませんでした」
「おそらく浄化の力が発現しないので見切りをつけたのであろう」
「そこで最も聖女様を効果的に使う手段というわけですか」
「そうだ。今はまだ彼女は聖女様で通っている。その聖女様を殺めた大罪人に仕立て上げる」
「間違いなく私は失脚ですね。それどころか連座して死罪もあり得る」
「己の欲のためにどこまでも汚いヤツよ」
俺は黙って陛下とジェームス様の会話を聞いていた。
こうしていても腹の底から怒りが込み上げてくる。
わずか15歳の少女を、自身の野望のために無理矢理異世界に召喚して家族から引き離し、望んだ能力がないとなると、他人を陥れるためにその命を道具として使う。
エミーちゃんやシルビアちゃんにしても同じだ。
マックス殿下も暗殺されかけた。
あのオークのような男にとって、他人の命は虫ケラ同然なのだろう。
絶対に許さない!
重い空気が室内に充満し、会話が途切れがちになる中、侍従が衛兵本部長と共に戻って来た。
「陛下。シルビア嬢の件を担当する裁判官がわかりました」
「誰だ?」
「ビクター・ゴーマン卿です」
「ビクターか・・・」
「どうやらスタンリー公爵の代理人が起訴状を持参した際に、たまたま受付にいたゴーマン卿がそのまま自分が担当すると言って事件を受け付けたようです」
「そこまで計画していたか」
ゴーマン伯爵家か。スタンリー公爵家の側近中の側近だ。
用意周到というわけか。これはかなり厄介なことになったぞ。
この国の裁判はすべて単独の裁判官によって裁かれる。日本のように複数の裁判官によって構成される合議体はない。しかも問題なのは一審制なのだ。高等裁判所、最高裁判所などの上級審は存在せず、複数の判断を仰ぐ機会がない。一度の裁判で負けてしまうと基本的にはお終いなのだ。救済手段としては国王に対する嘆願で、再審や恩赦などを願うしかない。しかし、死罪が言い渡された場合は、日本と異なりあっという間に執行されてしまうので恩赦も間に合わないだろう。
おそらく陛下は強引に刑の執行停止してくれるだろうが、その場合陛下のレピュテーションはダダ下がりになる。
「あやつ、さっさと解任しておくべきだった」
陛下が後悔の滲んだ声で呟いた。
ビクター・ゴーマンは、司法界でも強引な訴訟指揮と重罰を課すことで有名だ。この男の裁判例はあまり価値の無いものとして学院の教育でも軽視されている。
裁判官の任命時期は毎年4月1日で、中途の解任は余程の理由がなければ難しい。
となるとシルビアちゃんは出来レースの裁判を受けることになる。
「ジェームス、お前のところの顧問弁護士は誰だ?」
「アルバート・モッセです」
「アルバートか。普通であれば文句なしだが、大丈夫か?」
「結論ありきの裁判になるでしょうから厳しいですね」
再び重い空気が場を支配する。
「いずれにしても至急アルバートと連絡を取り対策を協議します」
ジェームス様が沈黙を打ち破るようにそう告げた。
ここで沈んでいても時間の無駄だもんね。
後は呼び出された衛兵本部長の話だ。
彼の話しによると、俺がシルビアちゃんを保釈で連れ出した後しばらくして、スタンリーの弁護士がシルビアちゃんの取り調べを要求して衛兵本部に訪れたそうだ。
弁護士起訴の場合、衛兵本部は捜査権を失う代わりに、起訴した弁護士が捜査を行うことができる。ただし、勾留されていなければ、捜査拒否すればよいだけだ。
一足違いでシルビアちゃんを責め立てる機会を逃した弁護士は、罵倒を撒き散らして帰って行ったらしい。保釈を急いだ甲斐があったね。
また、シルビアちゃんを逮捕した衛兵は案の定スタンリー公爵家の寄子の男爵家の所縁の者だった。衛兵本部としても、もう一度衛兵の出自を確認し、要注意人物を洗い出すと共に、学院長とも相談して学院派遣の衛兵の人選も見直すことになった。
こうしてこの日は解散となった。




